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雪に解ける約束の声






今まで生きてきた中で、交わしてきた約束は数知れない。



でもほとんどは果たされることもないまま、思い出の中に置いてきてしまった。



けどね



あの日交わした他愛もない約束は、あたしにとっては特別だったよ。



そう思っているのは、あたしだけかもしれないけど。













「えっマジ?!」



うだるような暑い夏の日。

アイスを咥えながらサトシが信じられないって顔してあたしを見た。



「お前、今まで1回も雪だるま作ったことないの?!」



・・何もそんなに驚くことでもないでしょうに。



「・・・何よ。悪い?」



あまりに大袈裟に言うもんだから、ふて腐れたような言い方になってしまった。



「じゃあ小さい時、雪降った日は何してたんだよ?」


「別に何もしなかったわよ。玄関前を雪かきしてただけで。」


「雪見たら遊びたくなるだろ普通。」


「あたしには何で凍えそうなくらい寒い日に外に出るのか、そっちの方が不思議で仕方なかったわよ。
雪かきだって仕方なくやってたし。」


「マジかよ・・」


「特に雪合戦とか正気の沙汰じゃないわよあれ。雪ぶつけ合って何が楽しいんだか。」


「バカだなぁ。めちゃくちゃ楽しいんだぜ?
冬にしかできないし。当たったらスッゲー冷たいけど、それがまたいいんだよ。」



楽しそうに笑ってそう言うサトシを見たら、自然とはしゃいでいる小さなサトシの姿が目に浮かんでしまって、あたしは思わず笑ってしまった。



それと同時に少し羨ましいと思った。



「・・そうね。確かにもったいないことしたのかも。
昔からお姉ちゃんたちがあんなだったから、あたしたまに普通の子がやってきたことすっ飛ばしてたりするのよね。
本当言うと・・雪遊びもちょっと気にはなってたんだけど。」



結局出来ないまま大人になっちゃった。


そう言ってクスクスと笑ったあたしを、サトシはポカンとした顔で見つめてきて、ガシガシと髪をかきながら「仕方ないなぁー」と言った。



「なら今年の冬は俺が付き合ってやるよ、雪合戦。」


「へ?」


「俺がカスミに雪遊びの楽しさを教えてやるって言ってんの。
来年もそのまた来年もな。そうすりゃ子供時代の分取り戻せるって。」


「・・い、いいわよ別に。」


「またまたぁ、素直にうれしいって言えよ。可愛くないなぁ。」


「なっ?!だからいつも一言多いのよあんたは!」


「いってぇ!痛いってカスミ!!」





結局、その年は雪が降らなくて


そんな冬は来なかった。


ーーそれでも。



あんたと交わした約束は、あたしの宝物だったよ、サトシ。






「あれ?お姉ちゃん出掛けるの?」


「お友達と初詣に行ってくるわ。アヤメとボタンも遅くなるって。カスミは?」


「ふーん。あたしは家にいると思うわ。」


「あらそう。じゃあ行ってくるわね。」


「いってらっしゃーい。」



サクラ姉さんが出掛けて行って、あたしはソファに身体を沈めて携帯を見た。



「初詣かぁ・・。」



そういえば去年は、ケンジやサクラと行ったっけ。



「今年もケンジ達誘って行こっかなぁ。」



メールボックスを開いてみると、メールが何通も届いていた。



あ、タケシからもハルカ達からも新年のメールが来てる。



フフ、嬉しいなぁ。



サトシからは・・・やっぱり来てないか。



「まぁ、来るわけないわよねぇ・・」



サトシはそんなにマメでもないし。
前に会った時には、また遠い地方にいくって言ってたし。



きっと毎日が騒がしくて、今もどこかで何かに夢中になってるんだろうな。



ていうか、今日がお正月なこと気付いてなかったりして。


・・それはないか。



「しかしまぁ、一晩で結構積もったわねぇ。」



窓の外は、一面真っ白な銀世界が広がっている。



昨日の晩から降り始めた雪はしんしんと積もり続けてる。



「雪かきしなくっちゃ・・」



雪を見ると、あたしはいつも少しだけ胸のどこかが痛くなる。




ーーあの日の約束を



ーーサトシはきっと覚えてさえいないと思う。



あの頃。
旅を繰り返す毎日の中でも、同じ毎日は1日もなくて、毎日が新しいことの連続だった。



つい昨日のことを思い出す暇もないくらい、刺激的な出会いに溢れてた。



そんな日々をあの3人で共に過ごしたけれど、永遠に続くようで、あっという間だった気がする。



今思えばたった3年間の出来事。



あんなにも短かった日々の中で、他にも約束はたくさん交わしたはずなのに


それなのに、


あの夏の日に交わした2人だけの約束を


あたしは忘れられずにいる。


その理由は、他人からしてみればきっとくだらないと笑われるだろうけど。



「・・バカねぇ。新年早々考えることじゃないって。」



雪のせいで、少しだけ気弱になってるのかな。



あたしはソファに身を深く預けて、雪が視界に入らない様に両腕で目を覆った。



その時ピリリ、と突然携帯が震えた。



名前を見て、咄嗟にためらってしまったけどすぐに通話ボタンを押した。



「はい。どうしたの?新年早々サトシから電話が来るなんて珍しいわね。」



・・なんてタイミング。



「雪でも降るかもね〜って、もう散々降った後か。あのね、カントーは今雪がーー・・」


『カスミ』


「え?何?」


『どうした?』



いつも通りを装って見たけど、やっぱり見抜かれてしまったらしい。



『元気なくね?』



サトシが優しい声であたしを気遣う。



「・・そう?寝起きなだけよ。」


『お前なぁ。もう昼だぞ?』


「フフ。サトシにそれを言われる日が来るなんてね。」


『なんだよ。』


「べーつにっ」



あたしが笑っていると、『まぁいいや』とサトシはいつもの明るい声で言った。



『それよりカスミ。
俺今、公園にいるんだけどさ。』


「公園?」


『こっちに帰って来たとき、よくタケシと3人で寄った公園。』


「え?」


こっちに帰って来たときって・・。


それじゃあ今サトシ、カントーにいるってこと?


よく立ち寄った公園って、あの広い公園よね・・



「サトシ今帰って来てるの?」


『そうだよ。暇だからお前来いよ。』


「暇だからって・・何で先に連絡くれないのよっ」


『まぁいいじゃん。で、来れるのか?』


「いい、けど・・どうしたの?みんなで集まるの?」


『いや、カスミしか声かけてないし。』



サトシの言葉にドクンと胸が高鳴った。



「え、なんで・・?」


『外見ろよ。』


「外?」



外を見れば、さっきと変わらず雪がふわりふわりと舞い散っている。



『雪、すげー積もってるだろ?』


「うん・・そう、だね?」


『雪合戦・・・俺とお前で約束しただろ。
カスミとじゃなきゃ意味ねーじゃんか。』



サトシから出て来た言葉に、あたしは一瞬息をするのも忘れた。



「あ・・えっと・・」



嘘でしょ。


まさか、覚えてたの?


もう何年も前の、他愛もない約束だったのに・・



言葉にならないあたしに、電話越しでサトシが小さく笑ってるのが聞こえる。



『ほら、いいからさっさと来いって。
寒くて凍死しそうなんだよ。』



『待ってるからな』、そう言って電話が切れた時には、あたしはコートを取るためにすでに立ち上がっていた。




ーーたったの3年だ。一緒にいたのは。


タケシにとっては、サトシにとっては、


あたしが抜けてからも何ら変わらない毎日が続いていたのかもしれなくて、


取りこぼしたものもたくさんあって、


それでもあの3年があたしにとっては、こんなにまだキラキラと輝いている。



サトシと交わしたあの約束は、これから先も一緒にいるのが当たり前だと約束してくれる約束だった。



それは叶わなかったけど、この数年で色んなものが形を変えてしまったけど、
この約束があの3年間と今を変わらず繋いでくれているような気がしてた。



サトシ。


あんたにとってもそうだったらいいのにって、


何度願っただろう。




雪の中なんて走ったことがなくて、頼りない足取りで公園までなんとか辿り着いた時、サトシの背中が見えた瞬間もう本気で走った。



「サトシー!!」



そしてサトシが振り返るよりも早く、その背中に抱きついた。



「おまっ・・!いきなりビックリするだろっ」


「うん・・」



サトシの背中に顔を埋めながら、こっそり涙を拭った。



「ごめん、嬉しくて・・。ありがとう、サトシ。」



サトシから離れないあたしに戸惑いながらも、サトシは少しだけ遠慮がちにあたしの手に自分の手を重ねてくれた。



「・・何泣いてるんだよ。」


「何だろうね。あたしもよく分かんない。」


「何だそりゃ。」



サトシの声をこんなに近くで聞いたのは初めてで、ドキドキするのと安堵感とで、あたしの心臓は忙しなく高鳴りっぱなしだ。



「・・じゃあカスミ。そのままでいいから、聞いてほしいことがあるんだ。」


「うん?」



あのな、とサトシが落ち着いた声で続ける。



「俺、お前ともう一度旅がしたい。」



あたしは思わず目を見開いた。



「え・・」



顔を上げて、サトシの顔を見ようとしたら思い切り頭を押さえられた。



「ちょっと!」


「そのまま聞いてろって言っただろ!」



・・今、顔見られたら困るんだよ。
とサトシがいつになく恥ずかしそうに言うから、



仕方なくあたしはサトシに頭を押さえられたまま話を聞くことにした。



「前の旅でも、離れてからも、言えなかったこととか、出来なかったことがたくさんあるんだよ。
今更どうなるものでもないって思ってたけど・・」


「・・・」


「朝起きて一面積もってんの見たら、なんかたまらなくなった。」




ーーきっと、あの頃と全く同じものは2度と手に入らなくて



だけどそれでもーー・・・




「本当、今更なんだけどさ。全部伝えるから、聞いてくれないか?」



意を決したように振り返ったサトシは、あたしを真っ直ぐに見つめてきて、その瞳は昔と同じように優しくて、あたしはまた涙を流した。



「うん・・。あたしも、いっぱいあるよ。」



伝えたかったことが、たくさん。

伝えられなかったことが、たくさん。



「これでもすげー決心して来たんだから、まずは俺から言わせろよ。」


「うん。どうぞ?」


「・・カスミ。」



今度は素直に答えたい。


ここからもう一度、始めるんだ。



「好きだ。」



また一緒に、全力で走りたいから。





end



暑いので冬の話を。

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