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いちばんend






あたしはフラフラと立ちあがり、洗面所に立った。



「夕飯・・食べてないや。」



最後だから。

せっかく好きなものばっかり作ったのに。



バタン、と扉の音が聞こえて、サトシがリビングから歩いてくる音が聞こえた。



「カスミ・・?」



さっきまでいた部屋を見て、あたしがいないことに驚いているのが分かる。



(ここにいるけど。)



そう言いたいのに声が出せない。



あたし、ファーストキスだったのにな・・。

まさかこんな風に経験するとは思わなかった。



「カスミ!カスミ!!」



サトシがあたしを探している。


あたしを呼ぶ声を、ただぼんやりと壁越しに聞いていた。



「外・・?まさかあいつ、ヤケになって・・俺があんな・・・。」



くそ!と吐き捨てて、サトシがあたしを探しに家を出て行こうとしているのが分かった。



「え、ちょっ!」



慌てて洗面所から出たけど、間に合わずサトシは家を飛び出してしまった。



「・・どうしよう。」



別に変な気起こしたりしてないのに。



とにかく携帯に電話してみようかと手に取った瞬間、着信音が鳴り響いた。



「タケシ・・?どうしーー・・?」


『カスミ?!今どこにいる?!』



電話に出た途端、焦っているタケシの声に遮られた。



サトシ、連絡早すぎだよ・・。



「えーっと・・今家。」


『分かった。とりあえずそこを動くな・・・って、え?家?』


「う、うん・・」


『あれ?サトシがお前を押し倒・・・あーーとにかくどっか行ってヤバいって、』


「ううん、どこにも行ってない。サトシ勘違いして・・」


『そ、そうなのか・・。でも、その、大丈夫か?カスミ』


「うん・・なんか、思ったより平気。平気すぎて、逆にダメね。」


『・・うん?』


「最初は本気で抵抗してたんだけどね・・。
サトシの奴、無理矢理押さえこんでくるくせに、泣きそうな顔してあたしを見るから・・。
それにキス以上は何もしてこなくて・・、
そしたら抵抗する元気なくなっちゃった。」


『カスミ』


「こんな時までバカじゃないのって・・。
何大事にしてんのよって思っちゃって・・。」


『カスミ、もういいから。
・・辛かったな。』


「・・・・」


『ところで、なんでそんなことになったんだ?』


「・・・ケンカしたの。」


『ケンカ?なんで。』


「結婚式には呼んでねって言ったら、キレちゃったの。」


『・・・・は?』


「ポケモンリーグに入ったら、ちゃんと支えてくれる素敵な見合った人を探してねって言ったの。
そしたら、ケンカになった。」


『・・・』


「だって、これからいろんな女の子が寄ってくるでしょ?
ポケモンリーグに入ったら今まで以上に責任もあるし、きっと大変だと思うから支えてくれる誰かが必要になるんじゃないかなって。
あたしはこんなだし、明日どうなるかも分からない状況だから、これから先支えるなんて約束出来ないもの。
それなら、素敵なサトシに見合った人を見つけて欲しいってそう思ったの・・。」



無言になったタケシの代わりに、ピピピと電子音が電話の向こうから聞こえてくる。



「タケシ?ねぇ聞いてる?」


『あ、すまん。』


「どうかしたの?」


『ちょっと連絡してたんだ。
あ、ちょうど近くにいたみたいだな。』


「へ?」

「っカスミー!!」



玄関の扉が勢いよく開いて、驚いて飛び跳ねたあたしの耳に『それはお前が悪い。じゃあまたな。』とタケシが電話を切る声が聞こえた。



「お前っ!どこにもっ!行ってねぇじゃねぇか!!」


「ひっ!!」



息も絶え絶えに走り寄ってくるサトシに後ずさりしてしまいそうになったあたしを、サトシは力のまま抱き寄せた。



「っよかった・・。ほんと、居て。」


「サトシ・・」


「見つかんねぇかと、思った、じゃん。」



力強く抱きしめてくれる腕に、さっきまでのギスギスした気持ちが消えていく。



少し恨めしくて、背中に回した手でつねってやった。



「・・そんなわけないでしょ。」


「そんなわけなくてよかったぜ・・。」


「・・あたし別に許してないんだけど。」


「俺だって許してねぇよ。」


「はぁ?」


「・・ひどいことしたのは悪いけど、お前がめちゃくちゃひどいこと言ったのには変わりねーもん。」


「・・別に、ほんとに、そうなればいいなって思ったんだもん。・・友達だから。」


「友達じゃねぇよ!!」



あたしの肩にうずめられたサトシの顔をなぞって、優しく髪を撫でた。



「友達。そっちが正しい。」


「・・なんでだよ。
好きとか、大事にしたいとか、欲しいとか、そういうの全部取り上げて、友達でいろっていうのがお前の“正しい”なの?」


「・・うん、正しいよ。」



サトシの背中に回した手を、ぎゅっと握りしめた。



「あたし別に今日のことで死んじゃったりしないけど、
あんたがあたしのせいで叩かれて、サトシの名前に傷がついたりしたら、」



そんなことになったら、



「・・・あたし死んじゃうかもしれない。」



ーー期待の新人としてサトシの名前が上がり始めた頃、お互いの気持ちが分かったときにハッキリさせた。



世界は普通の形でないものに厳しくて、

なおかつあたし達が夢見るその場所は、さらに少し、優しくない。



ポケモンマスターは、みんなの憧れの的になるということ。



つまりポケモンマスターになるということは、プライベートも人目に晒され、イメージもその地位とセットで不可欠となる。



もちろんバトルの実績もだが、行動一つ一つも世間から注目される存在となるのだから、イメージを保たねばいけなくて、余計な噂やスキャンダルは避けなくてはいけない。



まだ実績もない新人だったら、尚更だ。



・・あたしのハナダジムは、もうずいぶん前からギリギリの経営で火の車と言っても過言ではない状態だった。



借金だってしているし、そのせいで評判が悪いのも知っている。



お姉ちゃん達はもう諦めていて、あたしがなんとかするしかなかった。



そんな地に落ちかけているジムのジムリーダーが、今やポケモンリーグの時期スターとすでに騒がれているサトシの恋人だなんて言ったら、世間はきっと許してはくれないだろう。



これからというときにそんなことが噂されたら、世間からどんな風にサトシが言われるか想像もしたくない。



初めは納得してくれなかったけど、サトシのマネージャーもあたしの意見に賛成で、現実というものの厳しさを説明されて、サトシも最後には渋々了承してくれた。



お互いの気持ちは分かっているから、お互い“友達の未来”のために、



片思いのままにしておこうと、そう決めたんだ。



立派なジムリーダーになって、何年かかってもジムを立て直すと心に決めた瞬間、あの時願った夢はあたしから取り上げられた。



「サトシ」



そして新しく出来たあたしの夢は、サトシを世界で1番にすること。



「シャワー浴びよ。明日朝早いし、早く寝ないと。」



そのためなら、恋人として側にいられなくてもかまわない。



「・・寝ない。」


「寝るの。」


「もっかい、無理矢理キスする。」


「え・・?」


「で、今度は最後まで全部奪う。」



乱暴な言葉とは裏腹に、サトシの手が優しくあたしの顔の輪郭をなぞる。



親指であたしの唇を撫でて、優しいキスを落とした。



「・・全然、無理矢理じゃないじゃない。」


「似たようなもんだろ。」


「どこが・・。」


「・・・お前さっきは泣かなかったくせに、何で今は泣くんだよ。」



そんな風にキスするから、

気持ちが伝わってくるから、涙が溢れて止まらない。



「ちゃんと見送りたかったのに。こんな日にしたくなかったのに・・・。」


「わり。でもさ、俺だって・・ずっとこの先も俺のことで泣かせたかったし、誰に何言われても関係ねぇって分からせたかったし、
大事に・・大事にしたくて。
でも例え友達でも、ずっと一緒にいるんだし、どれもいつか出来ると思ってたんだ。」



サトシの目から、一筋涙が流れた。



「お前も一緒に、ポケモンリーグに行くんだと・・・。」



一緒にポケモンリーグに入り、ライバルとして競いたかった。



「ひどいなぁ。あたしもう行けないのに。」



・・本当はね、あたしポケモンマスターでも四天王入りでもどちらでもよかったの。



「いってらっしゃい。・・元気でね。頑張って。」



サトシと一緒に夢を追いかけられるなら。



「あたしのヒーローは、1番の中の世界で1番になるんだから。」



“俺はもっともっと強くなって、絶対にあそこに行く”



「いちばん・・?」



“1番強い奴らばっかのとこで、1番になる”



「・・うん、いちばん。」



“どっちが先だか競争だ!”
“どっちが先だか競争よ!”



「いつだってサトシが・・いちばん、」



“ポケモンマスター!!!”



「いちばん、好きか・・?」



サトシの首に、自分から手を回して抱きしめた。



「・・・うん、いちばん。」






ーーー・・・



『さて今回は、現在絶大な人気を誇るポケモンマスター、サトシさんにお話をお伺いします!』



『お願いします』



『ポケモンリーグ入り5年目、もうすっかりポケモンリーグの人気者ですね!
異例のポケモンマスター5年連続を達成されていますがいかがですか?』



『あー、最初ポケモンリーグに入った時は、これやべぇなって思ってましたよ』



『どうしてですか?』



『もっと鍛えないと、すぐにポケモンマスターの座は奪われるなって。
挑んでくるのは本当に強い奴ばっかりで、あの頃は毎日すっげぇ焦ってたし、トレーニングやバトルに毎日追われて心が折れそうでしたね』



『そうなんですか。その後何か転機が?』



『・・ご褒美が』



『ご褒美?』



『ご褒美ももらえないのに、1人でやってこいって放り出すのってずるいなって気づいて。
勝手にご褒美にしたのがあるんです』



『・・はぁ、なるほど。ご褒美のために頑張ったってことですかね?そのご褒美はもうもらえたんですか?』



『はい、もう無理矢理手に入れました。
やっと1年前に』



『あぁなるほど、そういうことですね!
それはそれは素敵なご褒美でしたね、羨ましいです!』



『だろ。でもやんねーよ?』



『ハハハ、それは世界中の男性が悔しがりますね。あんなにお綺麗な方が奥さんなんて、世の男性の憧れの的ですよ!
そういえば、結婚されてもう1年になりますが、以前からお友達だったんですよね?』



『初めは友達でしたけど、俺はもうずいぶん前から友達とは思ってなかった。
俺の気持ちは変わらないって分かってたし、あいつも同じだって自信があった。
だから、ポケモンマスターになって確かな地位を確立したら、友達をやめさせてやるって決めてたんだ。』



『なるほど。だから頑張って努力されて、1年前に友達をやめさせることに成功した、ってことですね。
それほどサトシさんにとって、かけがえのない方なんですね』



『いやー、あいつ本当めんどくさい奴なんだぜ?
難しいことばっか考えて、1人で勝手に決めつけたりしてさ。
・・・でも、ライバルで、友達で、パートナーでもあって、自分の夢が俺の夢を叶えることだって言ってくれる奴なんて、そんないい女いないでしょ?』



『そうですね!お話を聞いていたら、お2人の深い絆を感じて感動しちゃいました!
そんな素敵なお2人の新婚生活はいかがですか?』



『もうやっとって感じで、今めちゃくちゃ幸せです』



『ハハハ、今日は惚気てばかりですねサトシさん。
では最後に、サトシさんにとって、奥さんはどんな存在か教えてもらえますか?』



「そりゃあもちろん、」



指に嵌まっている指輪を撫で、幸せに溢れた笑みがこぼれた。



『世界で“いちばん”です』





end




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あきゅろす。
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