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君といた道3
アンタといたかった。
それがあたしの願いだった。
アンタの願いに、気付かないフリをして。
君といた道3
あの日、サトシがポケモンマスターでなくなった試合の後、このままみんなと一緒に帰るのかと思っていたら、サトシはいつも通りあの部屋に戻ってきた。
そして、労いの言葉をかけるタケシに、ちゃんと向き合って返事をしているその顔はとても柔らかくて、その雰囲気は本当に昔のサトシみたいで、タケシは少し涙ぐんでいた。
窓の近くからそれを遠巻きに眺めていたあたしに、サトシが「帰るぞ。」と言ったので、あたしはただサトシの後ろをついていき部屋を出た。
なんて声をかけていいのか分からなかった。
悲しそうでも、辛そうでもなくて、むしろスッキリしたような顔をしたサトシに、あたしがかける言葉なんてなかった。
少し距離を開けたまま、サトシの後ろを黙って歩くあたしに、サトシは振り返ることもなく言った。
「・・あいつらに、感謝しねぇとな。」
「え?」
「次は、絶対に勝つ。」
そう力強く言ったサトシは、遥か前を見つめていた。
キラキラした光を宿してーー・・・
あたしには取り戻してあげることが出来なかったそれは眩しくて、見ていられなくてあたしは俯いた。
ーーあたしは、次の日から風邪を引いたと言って家に閉じこもった。
『カスミ、まだ風邪治りそうにないか?』
「あー・・もうだいぶ治ってきたんだけどね。心配かけてごめんね。」
タケシからは、毎日のように電話がかかってくる。
心配してくれてもいるし、正直仕事を大半に兼ねてだけど。
ポケモンマスターでなくなったとはいえ、サトシの人気は衰えることなく、むしろ応援する声が強くなった。
負けを知ったサトシが、もう一度ポケモンマスターになるべく挑み続けることを正々堂々と表明すると、世のトレーナー達にとって、サトシは崇められる存在から慕われる存在になったようだった。
だから仕事の内容が減ることはなく、あたしは家に閉じこもりながらも、自分の仕事は家でこなしていた。
『いや、今までの疲れがたまってたんだろ。
それなのに仕事させて悪いな、カスミ。」
「いいのよ。あたしが体調管理できてないのが悪いんだから。」
『サトシにもカスミを休ませるように言っておいたからな。
サトシの奴、今は1人でいろんな場所に出向いてはいろんなトレーナーとバトルしてるみたいだぞ。
無茶してなきゃいいけどな。本当に、まるで昔のあいつを見てるみたいだよ。』
「そうなんだ・・。フフ、またポケモンバカに戻ったってわけね。」
『そうだな。お、そろそろ時間だ。今からちょっと仕事で出るんだ。じゃあまたな、カスミ。』
「ありがとう。またね。」
電話を切って、あたしはパソコンを閉じて顔を腕にうずめた。
・・考えても仕方ない。
いくら考えても、答えはもう出てる。
あたしには、まだ踏み出す勇気がないだけ。
とりあえず今あたしに出来るのは、毎日仕事をこなすことだけだ。
そう言い聞かせて、今日の仕事を一通り終えていたあたしは気分転換にと外に出た。
外に出た途端、吹いた風がひんやりとしていて、もう秋がきたんだと思った。
外の空気が気持ちよくて、そのまま歩いていたら、よくサトシとバトルをしていた場所に辿り着いた。
「・・1人で来たってしょうがないのに。」
自然と向かってしまったこの場所を見た途端、思わず情けない顔で笑ってしまった。
「あれ?カスミ!」
「え?あ、ハルカ。」
「久しぶりねカスミ!あ、もしかしてサトシが呼んだの?」
「え?・・サトシが何?」
「さっきまでみんなで一緒にバトルしてたんだけどーー・・」
ハルカが指をさした方向を見ると、そこにはサトシがヒカリやセレナ、デント達と一緒にいた。
楽しそうに、声を上げて笑いながら。
「カスミは偶然通りかかったの?でも、ちょうどいいかも!カスミも参加しようよ、ちょうどね1人足りなくて・・・」
「ごめんハルカ。せっかく誘ってもらったんだけど、あたしこの後用事があって・・じゃあね!」
「え、ちょっと、カスミ?!」
ハルカを置いて、あたしは走ってその場を後にした。
・・・あの場所に、あたしはいる資格がない。
ーーーバカだ。
傍にいれるだけでいいなんて、
アイツの傍にいていいのはあたしなんかじゃなく、
あたしよりずっと長くアイツを支えていたあの人達なのに。
みんなと別れて出来た穴に、あたしは入り込んだだけなのに。
離れてから、成長してきたサトシの姿をあたしは知らないのに、無理矢理傍に居座っただけなのに。
最後にアイツが本当に欲しがるのは、
心の底でアイツが欲しがってるのは、あたしじゃないのに。
「・・・バカだ、あたし。」
ーー返さないと。
返さないと、みんなに。
アイツは、あたしのものじゃないんだから。
ーーーー
「おはようタケシ、お休みもらってごめんね。」
「カスミ!もう大丈夫なのか?」
あたしは1週間ぶりにポケモンリーグに顔を出した。
タケシが仕事場として使っている部屋には、いつも以上にサトシ宛のファンレターが積まれていて真っ先に目に付いた。
「すごい量ね。」
「あぁそうなんだよ。こんなに届いたのはアイツがポケモンマスターになった時以来じゃないか?」
「あー・・懐かしいわね。」
そういえばあの試合の後も、部屋に入りきらないくらいのファンレターが届いてたっけ・・。
サトシとタケシと3人で丸2日かかって読んだのよね。
あの頃はただ真っ直ぐにサトシのことが好きだったのに、いつからあたしは、こんな風に・・・・
「カスミ、本当に大丈夫か?」
「え?大丈夫よ、もう治ったから。」
「それならいいけど。まだ少し顔色悪いぞ。無理するなよ?」
「うん、ありがとう。」
そう言って笑ったあたしを見て、タケシは大きなため息をつくと、ワシャワシャと髪をかくように頭を撫でて来た。
「ちょっとっ、な、なにすんのよ!」
「そうそう、カスミはそれくらい威勢いい方がカスミらしいぞ。」
「なによそれっ、失礼ね!」
「そうそう、その調子。」
そんな言い合いをしていたら、おかしくなってきて吹き出して笑ってしまった。
「もうなんなのよ、タケ・・ぎゃっ!」
突然頭をぐいっと後ろに引かれて、変な声で叫んでしまった。
見なくても誰か分かる。
以前はこの部屋にくることなんてなかったから驚いた。
「・・・冷てぇな。」
「ちょっ、何よサトシ!」
「お前身体冷たいぞ。」
「え?当然でしょ、さっきまで外にいたんだから・・」
「ふーん。まぁいいや、行くぞ。」
「へ?どこに?!」
「タケシ、こいつ連れて帰るよ。なんかダルそうだし。」
「えぇ?!おいサトシ!今来たばっかなんだぞぉ?!それはちょっと待・・・」
「悪いな、明日は連れてくるから。またな。」
バタンとドアを閉めて、サトシはあたしの手を掴んだまま歩き始めた。
「ちょっとっ、ねぇ待ってよサトシ!」
「んだよ。」
「どうしたのよ。本当にこのまま帰っちゃうわけっ・・・?」
立ち止まったと思ったら振り向いて、ピタっとおでこに手を当てられた。
「熱はないな。」
「・・平熱だと思うけど。」
サトシは納得いかないという顔をしたまま手を下ろした。
「お前が変な顔してるから、熱でもあるのかと思ったじゃねーか。」
「ちょっと何よ変な顔って!世界の美女に向かってなんてこと言うのよっ」
「あーハイハイ。」
んあーっと大きく伸びをしたサトシは、ぽりぽりと頭をかくと背中を向けて言った。
「あー・・けど今から戻んのもアレだな。ちょうどいいや、バトルの練習しようぜ。」
あたしはその一瞬少しだけ目を見張って、すぐにおどけた顔をした。
「うわぁー・・サトシから練習しようって誘ってくるなんて、どういう風の吹き回し?」
「んあ?風なんか吹いてねーぞ?」
「いやそういうコトじゃなくてっ。」
サトシはあたしを変なヤツとでも言いたげに見つめてくる。
「サトシ、変わったね。」
「え?あー・・・それあいつらにも言われたな。」
「やっぱり、ヒカリ達のおかげ?」
「・・・まぁ、それはあるだろうな。」
「ーーー・・サトシ」
「ん?」
「バトル、楽しい?」
サトシの視線があたしから離れて、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「ーーー・・そりゃあな。」
記憶の中の、笑うこともなく勝つことに飽きてしまったサトシの横顔が頭を過る。
まるであたししかサトシの世界にはいないんじゃないかってくらい孤独な顔をしていた。
もう、あのサトシはいない。
あたしは今のサトシの横顔を改めて見つめながら、目を細めた。
「・・・そっかぁ。」
あたしは笑ってそう返事をした。
「あっ!!」
「んだよ?」
「あたし寄らなきゃ行けない場所があるんだった!サトシ、先にいつもの所に行ってて。」
「いいけど、あんまり待たせると帰るからな。」
「えー?そこは待っててよー。」
「ハイハイ、んじゃ早く来いよ。」
呆れたような顔をしてサトシが背中を向けて歩いていき、あたしは力が抜けたように床に視線を落とした。
そっ、とおでこに触れる。
「・・心配、してくれたんだろうなぁ。」
ホント、勘違いするからやめてほしいのに。
あんなでもアイツは優しいから、
だからーー・・・
「・・あたしが手を離してあげないと。」
1人でする息の仕方を、思い出さないと。
ーーーー
「遅かったなカスミ・・って、え?」
「あれ?サトシ?」
「なんでヒカリがここにいるんだよ。」
「サトシこそ・・。わたしはカスミと待ち合わせしてたのに。」
「はぁ?んなことアイツ一言も言ってなかったけど。」
「あ、カスミから連絡きてる。」
「なんて?」
「ごめん、用事が長引いて行けそうにないから、ヒカリとサトシで思う存分バトルの練習して・・・だって。」
「なんだそれ。
ていうか、なんで俺じゃなくてヒカリに連絡すんだ?待たされてるのは俺の方だろ!」
「・・サトシが怒るのはそこなのね。まぁいいけど。」
ヒカリは来た道を引き返そうと踵を返した。
「カスミがいないなら帰るわ。何かあったのかと思ってたから。最近、様子もおかしかったみたいだし。」
「様子?あぁ・・そういや、変だったな。」
「本当?」
「うん。なんつーか、トイレ我慢してるみたいな顔してた。」
「・・・お願いだから、それカスミには言わないであげてね。」
「なんでだよ?」
「なんでも!・・まぁ、我慢してるのは合ってるかもしれないけど。」
「え?トイレを?」
「ハアアァァァァ・・これはカスミも苦労するわ。
あんまり無茶させないでよね。」
「おい!ため息のボリュームがでけぇんだけど!!」
クスクスと笑って去っていったヒカリの背中を見送った後、
「・・・なんだよ、カスミのやつ。」
1人呟いた声は秋空の風にさらわれていった。
to be continued
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