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◆Main
君といた道2





サトシのそばに居ること。



それがサトシのためにあたしがしてあげられることで、それでいいんだと思ってた。



だけど、分かってたの。



本当はあたしには、それ以外何も出来ないってこと。










「今日の挑戦者はサトシさんと同じ年齢で、ポケモンコーディネーターとしても経験を積んだ有名なトレーナーです!サトシ選手、果たして今日はどんな試合を見せてくれるのでしょうか!!」



スタジアム内に響く実況者の言葉をきっかけに、会場の歓声が湧き上がる。



そのかたわらでは、サトシが無表情のまま突っ立って前を見据えていた。



今にもあくびをしそうなサトシの顔には、何の感情も見えない。



仕事をひと段落したあたしは、控え室の窓からそんなサトシを今日も変わらず眺めている。



タケシがサトシのマネージャーのような役割を担うようになったのはサトシがポケモンマスターになってすぐのことで、あたしはその頃まだハナダジムのジムリーダーとしてバッジを守っていた。



サトシが夢を叶えた瞬間は、今でもよく覚えてる。



それはあたしたちの夢が叶った瞬間でもあったから。



自分のことのように嬉しくて、その日はサトシと一緒に泣いて喜びを分かち合った。



そしてポケモンマスターの役割やこれからの仕事の話などを一緒に聞いて、とてもじゃないけどサトシだけでは無理だと思ったタケシはマネージャーになると申し出て、あたしも時間がある時は自然とサトシの身の回りの仕事をするようになった。



慣れないことも多くて正直戸惑いはあったけど、それ以上に毎日が楽しかった。



少なくともあたしは、またサトシと一緒にいられるようになって柄にもなく浮かれていた。



・・だから、サトシの様子が少しずつ変わり始めたとき、あたしはまるで縋り付くようにサトシにベッタリと寄り添ってしがみついた。



サトシの力になりたくて。

どんな時もサトシのそばにいたくて。

サトシにあたしを必要として欲しくて、ただ必死だった。



そして、サトシがあたしに「頭を冷やしてくる」と背を向けたあの日、ハナダのジムリーダーの座を捨てた。



ーーそれからずっと、あたしはサトシのそばに居る。





「カスミ、久しぶりね。」


「うそ!ヒカリじゃない!来てたの?」


「うん、ちょっと用事でね。」


「そうなんだ!きっとサトシも喜ぶよ。
あ、せっかくなら一緒にここから試合見ない?
終わったらサトシもここに戻ってくるし。」


「ありがとう。・・でも今日は大丈夫。」



ヒカリは窓に視線を向けて、サトシがいる場所を見た。



「わたし、試合に出るから。」


「え?」



試合に、出る・・・?


ヒカリが・・?


あたしは驚きから目を見開いてヒカリを見た。



「・・ヒカリが、今日の試合相手なの?」


「うん、そうだよ。」


「・・どうして、ヒカリが・・?」



ヒカリはサトシからあたしに視線を移して、いつになく真剣な顔であたしの目をまっすぐ見つめた。



「サトシが笑ってバトルする姿を、もう一度見たいの。」



ヒカリの言葉に一瞬身体が固まった。



でも、あたしはすぐにフと笑みを浮かべた。



「何よそれ。今だって笑ったりするよ?
まぁ、ちょっと仏頂面かもしれないけど。それでもサトシーー・・」


「そういう意味じゃないよ。」



ヒカリは訴えかけるようにあたしを見る。



「わたしはサトシに、心の底からバトルを楽しんでほしい。あの頃みたいに。」


「・・ヒカリ何言って・・・」


「ーーカスミも、そう願ってたんじゃないの?」



ヒカリの言葉に、あたしは何も言えず見つめ返した。



「カスミは、何の為にサトシの側にいるの?」


「何の為って、あたしは・・・」



あたしはーー・・?



「形は違っても、カスミはわたし達と同じだと思ってた。
サトシに関しては特に。」


「わたし達・・・?」


「わたしだけじゃなくて、ハルカもシュウもシンジも、アイリスもデントもセレナも。
昔のように心から楽しんで、夢中になってバトルをしてほしいって思ってる。
カスミは、違うの?」




ーーあたしは、サトシに・・・




「カスミは誰よりも、サトシのバトルを楽しんでる姿が好きだったじゃない。」




ーーサトシにあたしを見てもらいたくて


ーーサトシを誰にも渡したくなくて




「その為に、ジムリーダーまで辞めたんだと思ってた。」




ーーいつからかバトルなんて関係なくなって




「サトシと同じ場所を選んだのは、サトシの笑顔を取り戻すためだと思ってたよ。」




ーーーぜんぶ、ぜんぶ、自分のために・・・




「・・・そんな風に、考えたことないよ。
ただあたしはサトシがいる場所にいたかっただけで・・」


「でもカスミは、サトシに挑み続けてた。」



ヒカリの目が、気持ちが、突き刺さる。



「それとも、もう諦めてしまったの?」




ーーー諦めたワケじゃない。




「・・ヒカリの言ってること、よくわかんないわ。」




ーーー本当は最初からそんなこと、望んでなんかいないから。




「もう昔みたいになんて、出来ないのよ。」




ーーー誰にもアイツは変えられない。




「例え今日わたしが負けても、次はハルカが挑みにくるよ!その次はシュウやシンジ達が来る。絶対に諦めないから。
カスミも、諦めないでよ!」



背中を向けたあたしに、ヒカリがそう叫んだけど、振り返らなかった。





ーーー変えられるわけがない。






「決まったー!!!優勝はサトシ選手ーーー!!!」






ーーーほら。


ーーー誰にも、変えられない。







ーーーーーー



「もう一回!もう一回バトルしようよ!」


「はぁ?お前それ何回目だよ。」


「いいじゃない。軽いバトルなら疲れないでしょ?」


「疲れたんだよ。昨日ハルカとバトルしたばっかなんだぜ?もう帰るぞ。」


「えー・・・」



不貞腐れるようにサトシにジロリと目を向けると、サトシの背中が視界に映った。



・・サトシの背中、いつの間にこんなに広くなったんだろう。



「ヒカリもハルカも・・あいつら、寄ってたかって一体何のつもりなんだよ。」



いろんなものを背負った背中が、急にとても遠くて、切なくて、愛おしく思えた。



「うおっ、なんだよ?」



あたしは思わずサトシの背中に飛びついた。



「なんだよカスミーー・・・」



振り返ったサトシの言葉を遮って、あたしは唇を重ねた。



角度を変えてなんども重ねると、サトシがあたしの頭に手を回してくれる。



髪の間をすり抜ける指が優しくて、温かくて、胸が高鳴る。



「サトシ」


「ん?」


「今日家おいでよ。泊まってっていいから。」




ーーあたしじゃ変えられない。



でも、それでいい。



こうやって体温を分かち合って、お互いだけがここにいればそれでいい。



あたしの側にいてくれるだけで、あたしを映してくれるだけで。



それだけでいい。



それだけでーーーーー・・・・







「なんと!!セレナ選手!!!まさか、あのサトシ選手を破りましたー!!!!」





目の前で、スタジアムに地響きのような歓声や悲鳴が沸き起こる。



でも、あたしにはその歓声がすごく遠くから聞こえてくるみたいだった。



その光景の中、ぼんやりとたった1人だけを視界に写していた。



いつまでも止まないその歓声の中。



あたしがいつも見ている窓から見えるのは、呆然としたサトシの顔。



スタジアムの真ん中でたたずむ姿からは、もう誰も寄せ付けないような、孤独な無敵のポケモンマスターの面影は消えていた。



そこにはただ、負けを受け止めきれずにいる無防備なサトシの姿があった。



放心したような顔から、少しずつ悔しそうに歪んでいく。



俯いたサトシの顔から、ポタリと涙が落ちたのがハッキリと見えた。



それでも、セレナやシンジ、シュウにハルカやヒカリ達みんなが笑顔でサトシに歩み寄り、真っ直ぐに手を伸ばしている。



サトシは顔を上げて、何も写さなかった瞳で真っ直ぐにみんなを見つめていた。



そしてみんなに応えるようにゆっくりと歩いて行き、みんなとハイタッチを交わしてーーー・・






そして、笑った。






ーー知ってたよ。


あたしは無力だって。


アンタを変えることはできないって。


アンタにとって、あたしの存在なんて


大したものではないんだって。


だからきっと、いつかは終わりが来るって。


そんなこと、初めから分かってた。


でもあたしは


あたしはーー・・・



・・・あたしがサトシの側にいる価値がなくなった瞬間を、あたしはただ離れた場所から何も出来ずに見つめていた。



to be continued



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あきゅろす。
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