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◆Main
君といた道1






「・・お前さぁ、からかってるのか?」


「え?」


「本気出してやってないだろ。」


「何言ってんのよ。これがからかってるように見える?」


「つまんないんだよ。もっと本気出してバトルしてくれよ。」


「はぁ?ちょっと勝ってるからって調子に乗らないでよねっ。あんたのせいでもうこっちはヘトヘトなんだから。」



あたしがそう言うと、サトシは視線を落として窓の外に顔を向けた。



「・・そう、だよな。わりぃ。」



寂しそうな、まるで一人ぼっちのような顔をして、サトシは「頭冷やしてくる」と言って、背中を向けて歩き出した。



・・あの顔を、いつから見るようになったんだろう。



「・・・ふざけてるのはどっちよ。」



無邪気に笑うアンタを、もういつから見なくなったのか分からない。



アンタからどんどん笑顔が少なくなって、バトルしてても全然楽しそうじゃなくなっていって、



「サトシ!」



いつまでこうやって一緒にいてくれるのかって、いつも不安でーーー



「今のあたしじゃ満足させてあげられないかもしれないけど、勝ち逃げなんて許さないから!」



そんなこと、アンタは知りもしないから。



「いつか絶対負かしてやるんだから!」



ずっと、あたしはこうやってアンタを追いかけ続けるんだ。



大声で宣言したあたしに足を止めてサトシは振り返ったけど、何も言わなかった。






ーーーあの時あたしは、


アンタのそばにいるために必死で


ただ繋ぎ止めておくために必死で


アンタが何を考えて、何に苦しんでいたのか


アンタのためにあたしは何が出来るのか


何も考えてなかった。




ただひたすら好きで、


傍にいたくて、


一人占めしたくて、


ただ、それだけで。





あたしはーーー


何も、分かってなかった。













ーープルルルル、プルルルル



「はーい・・」


『サトシ!!お前今どこにいるんだ?!』


「ふあぁ。どこって、家だけど・・」


『家だけどじゃないだろぉ!!後1時間で試合始まるんだぞ?!』


「あーそうだった・・。」


『そうだったじゃない!!今すぐ来い!分かったな!!カスミにも連絡しとけよ!』


「いや今からじゃ間に合わ・・あ、切りやがった。」



電話から漏れるくらいの大声で目が覚めた。



「んん・・。誰?」


「あータケシ・・。今日試合だったのに寝過ごしちまった。」


「え、試合・・?ああっ!!」



飛び起きて、ベッドのそばに置いておいた目覚まし時計を勢いよく手に取った。



「えっうそ!!なんで目覚まし時計止まってるのよぉ!」


「あー・・わりぃ、また俺止めたかも。」


「はぁ?!なんであたしの横に置いた時計まで止めてるのよ!あーもう、タケシにサトシの身の回りの世話頼むって言われてたのに・・」


「いや、カスミ目覚まし時計が鳴っても起きなかったじゃんか。どっちにしろ寝坊してたって。
まぁ昨日あんなに激しく抱き合ったから無理もな・・っていってぇ!」


「何をバカなこと言ってんのよ!ほらさっさと起きなさい!!」



ベッドからサトシを押し出すように起こして、あたしもベッドから飛び起きた。



シャワーを浴びているサトシにコーヒーを淹れて、あたしはタケシに同じ匂いだとバレることがないように、香水を少し身体につけた。






ーーーサトシがポケモンマスターになって、7年が経った。



無鉄砲で頼りなかったサトシも、今では世間から絶大な人気を集める憧れの存在となっている。



ポケモンマスターを目指すトレーナーなら、サトシを知らない人なんてまずいないだろうし、ジムリーダーの間でも一目置かれている存在だ。



ポケモンマスターは元々みんなの憧れだから、有名になるのは当然のことなのだけれど、
サトシがここまで人気を集めるようになったのには理由があった。



それはどんな相手にでも圧勝するほどの強さを誇っていること。



あの頃では考えられないけど、経験を積んだサトシの実力とポケモン達の力は気づけば群を抜いていて、最初に出したポケモン1匹で相手のポケモンを全て倒してしまうことも少なくない。



この7年間変わらずポケモンマスターに君臨していることさえ前代未聞なことなのに、バトルでは毎回圧倒的な差を見せつける。



そんなサトシが注目を浴びるのにさほど時間はかからなかった。



めまぐるしくはあったけど、幼い夢物語だったはずの日々が目の前に広がっていて、あの頃夢見ていたもの全てがそこにあった。




ーー・・だけど、強くなれば強くなるほど


サトシはあまり笑わなくなっていった。



いつからか試合の当日もスタンバイ前ギリギリまで来なくなって、勝利を重ねても、どれだけ観客が盛り上がっても、喜ぶ顔を見せることもなく静かに試合会場を後にするようになっていった。



まるで勝つことに飽きてしまったような、そんな顔をして。



サトシを取り巻く空気も変わっていって、まるで誰も寄せ付けないような、近寄りがたいものになっていった。



夢が叶ったというのに、強くなればなるほど、サトシは孤独になっていくようだった。



でもあたしとのバトルにはたまに付き合ってくれて、なんだかんだ言いながら傍にいてくれて、・・気付けば体を重ねるようになった。



好きだと言われたわけではないけど、あたしは別にかまわなかった。



たとえサトシの退屈しのぎに過ぎなくても、変わらず傍にいてくれるならそれでよかったから。



試合の時も傍にいて、それ以外の時間も傍にいる。



サトシの世界には、あたししかいないんじゃないかってぐらいにーー・・



「おっそいぞ!!サトシ!!」


「あーごめんごめん。でも間に合ったじゃん。」


「こんなにギリギリで何が間に合っただよまったく」


「タケシごめん。あたしも今日は寝坊しちゃって・・」


「いや、カスミが手伝ってなきゃ間に合わなかっただろ。いつもカスミには世話をかけて悪いな。」


「ううん、サトシの世話なんて昔から慣れてるから。」


「あぁ?世話ってなんだよ。いつ俺がお前の世話になったんだよ。」


「もう数え切れないくらいお世話してるわよこっちは。毎日こんな世界の美女が付きっ切りでお世話してあげてるんだから、もっと感謝してほしいくらいだわ。」


「よく言うぜ。料理もまともに作れないくせに。」


「あ!言ったわねぇ!!」


「こらこら2人ともやめろ。
サトシ、お前はさっさと準備しろ。カスミ、試合終わったらサトシの取材がまた殺到するだろうからそっちの調整にまわってくれるか?今日は人数が多くてハードかもしれないが。」


「分かったわ、任せて。」


「じゃあタケシ、試合終わるまでこいつこの部屋に置いといて。」


「え?」


「こいつ眠そうな腑抜けた顔してて見てらんないんだよ。」


「ちょっと、サトシっ」


「あぁ、そうだな。昨日も遅くまで仕事やってたんだったな。
カスミ、試合終わるまでここでゆっくり休んでてくれ。取材の段取りはある程度進めとくから。」


「・・うん、ありがとう。助かる。」



確かにここのところ仕事で夜が遅くて、昨日も遅くまで仕事してサトシの家に行ったからほとんど眠れてない。



それでサトシが気遣ってくれたんだろうけど。

まぁ、それは嬉しいんだけど、ね・・



「・・・こういうの、やめてほしいのよね。」



本当はそんなこと気にかけないでほしい。



カン違いしそうになるから。



部屋から出て行くサトシとタケシの背中を見送りながら小さく溢れた声は、ドアの音でかき消された。



ーーー試合はやっぱり、サトシの圧倒的な勝利の元に幕を閉じた。



特設された観覧席の窓から見えるサトシは、やっぱり無表情のまま立っていて、そのままフィールドを後にする。



いくらポケモンマスターって言っても、いつもあんな顔してたら無愛想だって叩かれそうなもんだけど、それもクールでカッコイイと賞賛される声の方が多いんだから世の中って分からない。



「カスミがいて本当よかったよ。」


「え?」



いつの間にか隣に立っていたタケシの顔を見上げた。



「なによ?急に。」


「いやサトシにはさ、カスミとのバトルがいい練習になってるみたいだからな。」


「えーそれはどうかな。あたし負けてばっかりだし。」


「それでも対等に近いバトルが出来るのはお前しかいないし、
サトシの腕が落ちないのは、お前のおかげだと思うぞ。」


「・・そう、かな。」



タケシにそう言われて、思わず少しだけ微笑みが浮かんだ。



・・・そうだとしたら、少しは傍にいる価値があるってことかな。



「ありがと。でもどうせ褒められるなら、サトシ本人から褒められたかったなぁ。」


「ハハ、フラれちゃったか。」


「だってそしたら、サトシにギャフンと言わせられるじゃない。」


「もう十分言わせてやれると思うがな。お前はよくやってるよ本当。」


「タケシこそ。」



サトシが戻ってきたのか、廊下がガヤガヤと騒がしくなってきた。



「カスミ、あんまり無理するなよ。」


「え?あぁ、寝不足のこと?もう十分寝かせてもらったから大丈夫よ。
だからサトシのことなら心配いらないわよ?
アイツをお世話できるのはあたしくらいしかいないしね、しっかりしなきゃ。」


「そうじゃなくて。あんまり我慢してるともたないぞ?たまには吐き出せ。」


「なんのこと・・?」



タケシが何を言ってるのかわからなくて、ポカンと首をかしげるあたしの頭を、タケシはポンポンと撫でた。



その瞬間グイッと手首が後ろに引っ張られた。



「ーーサトシ?」


「帰んぞ。」



戻ってきて早々サトシがあたしの手を掴んだまま、ドアに向かって歩き出した。



「え、もう帰るの?」


「取材は今済ませたしもういいだろ。いいよな?タケシ。」


「お前取材ちゃんと答えたんだろうなぁ・・。まぁいい、今日はもう帰れ。気をつけてな。」


「おう。」



軽く返事をしたサトシは振り返ることもなく、真っ直ぐ帰路に向かうその姿は1人にしてくれと言わんばかりなのに、あたしの手はしっかりと握られていて・・・それがすごく嬉しかった。



「・・・しょうがないわね。」



そんな自分に対してなのか、サトシに対してなのかわからないけど、そう言ってあたしは少し笑ってサトシの後をついていった。






「ーー危ういんだよなぁ・・」



2人がいなくなった部屋でタケシはぼそりとそう呟いた。



「サトシじゃなくて。カスミ、お前がな。」



あんな全身でサトシに寄り掛かって・・・



「壊れるなよ、カスミ。」



そう言ってタケシは祈るように2人が出て行ったドアを見つめていた。




to be continued

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