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◆Main
記念日






「あちゃー、お客さんこりゃダメだ。当分動かないね。お客さん急いでるーー・・」


「じゃあここで降ります!」


「えっ」


「お釣りはいらないんで!」


「ちょ、ちょっと!お客さん!」



タクシーのおじさんの声を無視して、俺は外に飛びだした。



(・・・そういや、3年前の今日も遅れて走ってたっけ。)



毎年、俺の誕生日恒例のやりとりをするために。



ーーーカスミに、フラれるために。













『俺カスミが欲しい。カスミが好きなんだ。』





最初に告白したのは6年前。



カントーに帰ってみんなでバトルして、2人でベンチで休憩してる時に、我慢できなくて告白した。



カスミは少し驚いた顔を見せたけど、すぐに視線を戻して平然とした顔をして言った。





『丁重にお断りするわ。』





ーー・・一番最初にこのやりとりをしたのは、17歳の誕生日。



『えっと、その・・それって、ちゃんと意味分かって返事してくれてんの?
俺の好きっていうのはーー・・・』


『分かってる。』



俺の言葉を遮って、カスミは俺の顔を真っ直ぐに見た。



『分かってるよ。』



真正面から見つめ合った瞳は逸らされることもなく、強い意志が窺えた。




(あー・・やっぱ好きだなぁ。)




こんな時にだってまっすぐに本当だけを突きつける、優しくて残酷なこいつを、



俺はこの先もずっと好きで居続けてしまうんだろうと分かってしまった。



だからせめてものお願いをした。




『俺の誕生日だけは、これからもカスミが好きだって言わせて欲しい。』




それから毎年俺の誕生日は、カスミに振られる日になった。



隕石が落ちるのと同じくらい可能性はないと思っていたけど。



そう、3年前のあの瞬間まではーーー・・





『丁重にお受けします。』





2人でご飯を食べ終えて、恒例の告白をした後、今までと違う答えに俺はまぬけな顔をしていたと思う。



そんな俺に、眉を下げて優しい笑顔を向けたカスミは、



『隕石が落ちるよりは可能性があったわね。』



そう言って笑った。



そのはにかんだ笑顔は、今まで見た中で最高に綺麗な笑顔だった。





(・・・そう、もう3年なんだ。)



いまだにどうして俺を好きになってくれたのかさっぱり分からない。



一度言われたのは、



『いつの間にか、待っていたのはあたしの方だったのよ。』



という台詞だったけど。



・・・正直、意味がよく分からなかった。



(カスミの言うことはたまに難しすぎるんだよ・・。まぁでも。)



大事なのはカスミが俺の隣にいてくれることだ。



この先もずっとーー・・・




(よし、この路地を入ればすぐーー・・って、え?)



角を曲がった瞬間目に入ったのは、通行止めの看板。



「あ、兄ちゃんここ今から通行止めなんだよ。悪いけど他の道を通ってくれるか?」





ーーー・・・だからっ、



今日は一世一代の大事な日なのに、



なんでさっきからこうもトラブル続きなんだよー!!!



(こんなことなら、今日は丸一日オフにしとくんだった・・。)



去年の今頃はカスミといて、めっちゃくちゃ幸せな旅行の真っ最中だったのになぁ。



そんなことを思いながら、トボトボ来た道を引き返す。



・・2人では初めての旅行だったから俺は浮かれっぱなしで、行く場所行く場所で写真を撮りまくってたっけ。



そしたらカスミの奴、写真撮りすぎだって怒り出したんだよな。



『もういい加減にしてよね!』


『なんでだよー!大事な旅先の思い出だろ?』


『どこが旅先なのよ!
ほぼあたしとサトシの顔しか写真に写ってないから、どの写真も同じじゃない!』



それなのに何枚も撮る意味が分からない!って怒るカスミを宥めるのにかなり苦労したのは今もよく覚えてる。



・・・俺的にはどの写真も全然違うし、見ればどこで撮ったのかもすぐ分かるんだけどなぁ。



逆にカスミは景色ばっかり撮ってて、俺が撮った2人の写真も欲しがらないし、



やっぱ、俺ばっかり好きなのかなぁって1人落ち込んだっけ・・。



でも、ついこの間ーーー



『なぁ、本当に泊まってかないのか?せっかくの週末なのに。』


『うん。明日朝早くからジム戦があるから帰らなくちゃ。』


『ちぇー。』



拗ねつつもカスミを家まで送ろうと立ち上がった俺は、床に手帳が落ちてることに気がついた。



『カスミ、手帳忘れてーー・・』


『え?あ!触っちゃダメ!』


『へ?』



カスミの大きな声に驚いて手帳を落とした拍子に、1枚の写真が滑り出て来た。



『これ・・』



手に取った写真に写っていたのは、後ろから撮られた俺の写真。



『もしかして、去年の旅行のーー・・?』



そう尋ねながらカスミを見ると、カスミは顔を真っ赤にして目を逸らしていた。



思わず俺までつられて赤くなった。



『・・隠し撮り?』


『ーーっうるさい!』



そう言って顔を手で覆ったカスミ。



ーーそっか。カスミから見えてる俺は、こうなのか。



『・・カスミ、ちゃんと俺のこと好きなんだな。』


『何を今更・・。当然じゃない。』



“当然”



そう口にしたカスミの顔はキョトンとしていて、俺は口許が自然と緩んだ。



俺が好きなのが当たり前だと、そう言ってくれるなら、俺はーー・・



「いくじなし!!」



突然聞こえて来た大きな声にビクッと肩を揺らした。



後ろを振り返ると、カップルが道端で言い争いをしていた。



「ひろくんいっつもそうじゃない!」


「いやだから・・」


「だから何よ!」



他愛もないケンカを繰り広げているカップルを背に、俺は苦笑を浮かべながら先を急いだ。



(いくじなし、ねぇ・・・。)



苦い思い出が頭をよぎる。



ーー俺も言われたっけ。



しかも初めて身体を重ねようとした時。





『サトシのいくじなし!!』


『いや、でも・・』


『どうして最後までしないの?』


『今日は無理だよ。少しずつ慣らしていかないと。』


『あたしはっ。』



カスミが握ったシーツにギュっとシワが広がった。



『今日は覚悟を決めてきたの!痛くたって構わないから。』


『カスミ・・』



俺は苦笑をもらして、宥めるように髪を撫でた。



『こういうのはさ、お互いに気持ちよくならないと意味ないと思うんだ。自分のためだけにするとか、そんなのしたくないし。』


『でもサトシっ・・』


『これがもうちょい若かったら我慢できなかったかもしんないけど、もういい大人だしさ。
だから、ゆっくりいこう?』


『・・わかった。』



少し不満は残るようだったけど、しっかりと頷いたカスミを、俺はうんと優しく抱き寄せて腕枕をしてやった。



『それにさ、傷でもついて病院に行かなきゃいけなくなったとして、医者だろうとカスミの裸見られたら、俺そいつ殴りかねないんだよな。』


『・・・あんた、少しも落ち着いてないじゃない。』


『えっ?なんで?』


『ハァ。まぁいいわ。』



そんなことを言いながらその晩は2人で眠りについて、結局最後まで出来たのは一カ月後で、



ようやく繋がれた時は、お互い少し泣いたっけ。



『カスミ、大丈夫?』


『う、うん・・』


『痛くないか?』


『大丈夫。変な感じはするけど、痛くはな、い・・・』



クスッと笑みをこぼしたカスミは、細い指先を伸ばしてきてそっと俺の目元に触れた。



『サトシ、泣いてるよ?』



優しく目元を拭われて、俺もクスりと笑みを浮かべてカスミの目元に手をやった。



『カスミもな。』



カスミの手に手を重ねて、少しずつ律動を繰り返す。



ゆっくりゆっくり、何度もカスミに深く入り込む感覚に頭が蕩けそうになったのを覚えてる。



そしてカスミの中で締め付けられる度に、眉を寄せてなんとか耐えていると、カスミがまたクスッと笑って言った。



『サトシの、そういう顔も、ちょっといいね。』



そんなカスミに俺は頬を膨らませた。



『・・そういうお前はめっちゃ余裕あるじゃん。』


『フフ。サトシの忍耐と努力のおかげかな。』


『・・ふーん』



カスミの口から舌を絡めとって、噛みつくようなキスをしてやった。



『じゃあ手加減しないでいいってことだよな?』



耳まで上気して赤く染まったカスミの顔を見下ろして、その後は色っぽいカスミにうんと酔いしれた。



(いやぁ・・あの後はめちゃめちゃ盛り上がっ・・ってじゃないや。急がないと!)



あぁー早く会いたい。



もう2時間半も待たせてる。



ほんとごめん。



ごめんな、カスミ。





次の次の信号を曲がれば、店は左だ!



(つーか、電話も出てくれないし、メールも返してくれないし。
とりあえず店まで行って、いなかったらカスミの家までいこう。)





ーーーもし、万が一倒れたり事故に遭ってたとしても、俺に連絡は来ない。



(あぁっくそっ・・!)



こんな時のために、今日俺はーー・・



(よしっ、ここを曲がれば!)



「うっ!」

「キャッ!」



曲がった瞬間誰かとぶつかって、その拍子に思い切りカバンの中身をぶちまけてしまった。



一番大事な箱が相手の足元に転がってって、慌てて拾おうと手を伸ばすと、



「サトシ?」



頭の上から聞きたかった声が聞こえた。



「カスミ?」



見上げたら、いつも部屋にいる時のような普段着で、髪にも寝癖がついたカスミがいた。




「って、どうしたんだ?その格好。」


「あ、えーっと・・ごめんね、あたし1時間だけ眠るつもりが寝坊しちゃって、今走ってきたところなの。
って、これサトシの?」



バツが悪そうに苦笑いをしたカスミが、ひょいと足元に転がった小さな箱を掴んだ。



(・・あーぁ、色々シミュレーションしてきたのになぁ。)



カスミの前じゃいつも格好がつかない。



・・まぁでも、それは最初からか。



「・・俺、全然連絡つかないから、なんかあったんじゃないかって心配でたまらなくて。」


「あ、ごめん、携帯家に忘れてきちゃって・・」


「あーいや、怒ってるんじゃなくてさ。
そうじゃなくて・・
もしも万が一にさ、そういうことがあった時には、お互いに真っ先に連絡がいくような、その・・・」



いつも今日は告白してたのに。


今頭が真っ白だ。



「えっと、だからその、」



あぁー、もう一か八かだ!



「とりあえず、その箱開けてみて。」



ゆっくりと開けられた箱には、小さな石のついた指輪。



「それ、婚約指輪。」


「え?」


「俺と、結婚してください。」



カスミが大きな目をさらに見開いて俺を真っ直ぐに見つめている。



まるで初めて告白をしたあの時みたいだ。




「一緒に暮らして、一緒に泣いて笑って怒って、そうやって一緒に生きていって欲しい。」



スゥと息を吸い込んで、もう一度口を開いた。



「俺カスミが欲しい。カスミが好きなんだ。」



何年も何年も、みっともないくらいカスミが好きだ。



俺を好きなのが当然だと言ってくれるカスミと、ずっと一緒にいたい。



カスミの瞳に、じわりと涙が滲んでいく。



「丁重にお受けします。」



そう言って笑ったカスミに、俺もつられて涙を流しながら笑って抱きしめた。



「カスミっ!」


「わっ!」


「カスミーーっ!」


「フフ。このセリフ返すの2回目ね。」


「俺、絶対幸せにするから!だから一生側にいてくれよな!カスミ!」


「フフ、うん!」



俺の首に手を回して、カスミが俺に身体を預けて言った。



「信じてる。」



10月5日午前0時。



カスミに振られる日から、カスミと家族になった記念日へと変わった。





end
やっと書けました。
日付に意味はありません^_^笑

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あきゅろす。
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