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恋をしたのは・完・













サトシに全てを話した、とタケシから連絡があって3日。



サトシからの連絡はない。



つまりは――――そういうこと。





『先日過労で緊急入院した、ポケモンマスターのサトシさんですが、報道陣の前に元気な姿を見せてくれました。』




“関係者やファンの方にご心配をおかけして大変申し訳ありませんでした。
もうこの通りピンピンしてますから、ご安心ください!”




「元気そうで、よかった。」




テレビから流れてきたサトシの姿を見て、安心して電源を切った。




「早く片付けしないと・・・」




今後の身の振り方はまだ決めていないけれど、あたしはこの家を出ることを決めた。




ここは、サトシとの思い出で胸が詰まる。






―――『今日から、ここに一緒に住むんだな。なんかくすぐったいな。』――




―――『カスミ、おはよう』――




―――『どうした?なんかあったか?』――




―――『カスミ、好きだぜ。』――






サトシ・・・・




カラン、と手に持ったグラスの中の氷が音を立てて、ハッとなった。




いけないいけない。


これじゃいつまでも進まないじゃない。




あたしは気を取り直してグラスの中のジュースを飲み干すと、片付けに取り掛かった。





―――ピンポーン





「・・・今度は誰かな。」




この前からあたしを心配して、誰かしら訪ねてくる。




心配しなくても大丈夫だって伝えたのに。




「はい」




あたしはカギをガチャリと開けて、そのまま相手を見ずにドアを開いた。




――その瞬間、懐かしい匂いに包まれて、思い切り抱きしめられた。





「だから・・・相手を確認せずにドア開けたらダメって言ったじゃんか。」





――・・・どうして





「サト、シ・・・君?」




――・・・どうして




「あたしのこと・・まだ・・覚えて・・・?」





サトシが息を整えながら、あたしの髪を撫でた。




「うん、あれから寝てないからね。」




「え?!」




「俺、記憶戻らないかいろいろ試してみたり、事務所の人間にも話を聞いたりして、他にも色々準備してたら、いつのまにか3日も経っちゃってさー。
・・・でもそろそろヤバいかなって思って来た。」





あきらかに体力を消耗しているサトシは、あたしを抱きしめながらペタと床に膝をついた。





「でも、ごめん・・。結局昔のことは思い出せてないんだ。
あぁー、カスミちゃんに会うと力抜けるな・・・。」





・・・もう、ほんっとに・・・





「思い出そうとすると頭痛が酷くなって気失いそうになるし。
でも、気失ったら全部忘れそうで怖くてさ・・・。」





・・・サトシのバカ!!!!





ギューっと思い切りサトシのマフラーを引っ張った。





「・・・ってあの、カスミちゃん?!何してんの?!
苦しいぐるしい!!落ちるからやめてくれぇ!」




「落とそうとしてるの!!」




「はいぃ?!」




手を解かれて、あたしはサトシを真っ直ぐに見つめた。




「いいからっ!寝て!」




「なんでだよ?!」




「あたしのことなんか忘れていいの!
お願いだから、もうこれ以上そんな無理しないで・・・っ」




「カスミちゃん・・・」




「お願い、もう苦しまないで・・」





―――――・・・・





俺を真っ直ぐに見つめてくれるカスミちゃん。




やっと、やっと




本当に、俺を見てくれた。




そっと、その頬を手で包み込む。





「ねぇカスミちゃん、本当は俺のことどう思ってた?」




「え・・・?」




「人から聞いた話じゃなくて、ちゃんとカスミちゃんの口から本当の気持ちが聞きたい。」





戸惑うように揺れる瞳がそっと閉じて、カスミちゃんの頬に涙が伝った。





「・・・好き。」





目を開いて、俺の手に手を重ねる。





「サトシ君が、好き。」





涙を流しながら俺の胸に顔を埋めて





「好きになって、ごめんなさい・・・」





カスミちゃんはそう言った。





「・・・ハハ、 最後のは余計だよ。」





そんなカスミちゃんが愛しくて、もう一度その頭を抱き寄せた。





――――





「手紙・・・?」




俺の苦肉の策を前にして、カスミちゃんがキョトンとしている。




「うん。とりあえず時間がないから、もうこれに託すしかないかなって。」




「これは・・・」




「そこにみんなから聞いた話や、俺がカスミちゃんをどれだけ好きかが書いてある。」




「え・・」




「この後俺が眠気に負けて、記憶がリセットされても、これを読ませてくれれば自分の状態とか把握できると思う。」




「分かった・・・。」




小さく微笑んで、手紙を見つめるカスミちゃん。




・・・君が何を考えているかなんて、考えなくてもわかる。




君はきっと、この手紙を見せるつもりはないんだろう。




「サトシ君・・・」




「うん?」




「最後に、抱いて・・?」




1人で、2人の思い出と一緒に持っていくつもりなんだろうな。




「カスミちゃん・・・一旦忘れちゃうかもしれないからって、最後だなんて言わないでよ。」





だけど・・・





「悪いけど、手紙はその一通だけじゃないんだぜ。」




「え?」




カスミちゃんの身体をベッドに押し倒して、細い首筋に唇を滑らせた。




「ここに来るまでに同じ手紙を託せるだけ託してきた。カスミちゃんが知ってる人にも、知らない人にもね。
携帯やパソコンのメールにも、手紙と同じ内容がメールで届くように設定してあるし。」




「そんなっ・・・」




「だから、カスミちゃんがそれを持って逃げ出したとしても、俺は思い出せるまで、諦めるつもりはないよ。」








“思い出せないことに苦しむ前に、全てを話して忘れさせてやってほしい。
それが、カスミの願いだ”







『・・・で、お前はどうするつもりだ、サトシ。』





どうするって、そんなの・・・





『諦めるわけないじゃん。」





みんなが俺の言葉を聞いて、笑顔を浮かべた。





『そうこなくっちゃかも!』




『でも正直、サトシの記憶にはわたしたちもお手上げっていうか。』




『そうそう。カスミは知らないけど、わたし達、サトシの頭痛が酷かろうがかなり色々試したもんね。』




『お前らなぁ・・・・』




感謝するとこなんだか、なんなんだか・・。




『記憶もどうにかしなきゃだけど、それより問題はカスミちゃんの方だな。』




『ん?』




『こっちはやっとスタート地点に立ったとこなんだから、1人で全部終わった気になってもらっちゃ困るってこと。』









「・・・ん、あ・・・サトシ、君・・」





だんだん、カスミちゃんの力が抜けていくのが分かる。




いつもよりゆっくりと時間をかけて身体に触れて、カスミちゃんの思考を快楽で溶かしていく。




今必死に、手紙やメールをどうやって回収しようか考えてるんだろうなぁ・・。




「サトシ・・・君・・」




「うん・・?」




「なんで、動かないの・・・?」




「焦れったい?」




「っそんな、こと・・・」




「んー・・この前はひどい抱き方しちゃったから、今日はゆっくりしたくて。それに・・・」




「んんっ・・・」




「俺が知ってる限りでは、カスミちゃんが1番素直になるのはこの状態の時だし。」





優しく頬を撫でながらそんなことを言っても、カスミちゃんは蕩けた顔のまま大人しくされるがまま。





「うん、いい感じに緩んできた。・・・それじゃあ、カスミちゃん。」




「・・・う、ん?」




「俺に言いたいことや、してほしいこと、今まで我慢してきたこと全部、思い切り吐き出して。」




「え・・・?」




「ほら、カスミちゃん。」




一瞬目を閉じたカスミちゃんは、また切なそうな顔を見せる。




「手紙を・・・処分して。」




・・・全く、カスミちゃんはほんと。




「そういうことじゃなく、って。」




「んんっ・・や・・・いきなり、そんな、深く・・」




昔から素直じゃないんだよな。



あれ?・・昔、から?・・・




「痛っ・・・」




ズキンと走った痛みに思わず顔を歪めると、カスミちゃんがまた涙を流した。




「サトシ君にこれ以上・・・っ、苦しんで欲しくないっ」




「・・・うん。うん、それはよく・・・わかってるつもりだよ。」




「だったらっ・・・」




「俺はここ1年間の記憶しかないから、今までどれだけ辛い思いをさせてきたのか、想像するしかなくて。
本当は、もう全部なかったことにして、カスミちゃんを楽にしてあげた方がいいのかもしれないけど。
でも――・・・ごめんね。
どんなに苦しくても、俺はカスミちゃんと幸せになりたい。」




「サトシ・・君・・」




「カスミちゃんは?俺がいなくても、幸せになれるの?」




「っ・・・」




カスミちゃんがまた切なそうな顔をする。




もう無理しないで、カスミちゃん。




カスミちゃんこそ、もう苦しまないで。




「サトシ君・・の・・」




「うん?」




「やりたいこと・・邪魔したくなかった・・」




「うん・・」




「別れたくなかった、けど・・・他にいい方法浮かばなくて・・」




「うん・・」




「忘れられても仕方がないって、思ってたけど・・・」




「うん・・・」




「・・寂しくてっ・・・」




「・・っうん・・」




「サトシ君が好き・・・
ずっと側にいたい。もう離れたくない。
あたしを――――忘れないで・・」





頬を引き寄せて、優しく唇を重ね合わせた。





「ありがとう、気持ち聞かせてくれて。
今まで1人で苦しませてごめん・・。」





カスミちゃんの思い出、2人の思い出。



記憶喪失になってしまうくらい、俺にとっては全てで、幸せで、大切な記憶だったに違いない。



なら絶対に、消し去る訳がない。






「絶対記憶取り戻して見せるから。
俺のこと諦めないで。
カスミちゃんに信じてもらえたら、俺何にでも勝てる気がするから。」




「・・・っうん。
信じてるから・・・・サトシ。」







――――





ここ、どこだろう―――・・




ドアの前に立って、ハッとする。




「カスミちゃんっ」




ドアを開けると、目の前に座っているカスミちゃんの俯いた姿が。




「サトシが好きだよ。だから――――・・
“どうか、あたしのことは忘れて・・・”」





――――あれ・・?




俺、誰を探してたんだっけ。




「眠い・・・。いや、寝てるのか・・?」




“サトシ君”




「・・・声・・?」




“サトシ君”




「どこから・・?」




“サトシ君、寂しい”




「・・・手紙・・・?」




“サトシ君が好き・・・
ずっと側にいたい。もう離れたくない。”




“あたしを――――忘れないで・・”





『信じてるよ、サトシ―――!」






―――――






「・・危なかったー・・。せっかく準備してきたのに、大事なもの忘れるとこだった。」




「・・・?」




「あ・・・ごめん、起こしちゃったな。
まだ早いから寝ててもいいよ。」




くしゃっと撫でた柔らかい髪が揺れて、開いた目から涙がこぼれた。




「サトシ・・・君?」




「うん・・・・。ハハ、改めて聞くと、慣れないなその呼び方。」




「え・・・」




細い手に自分の手を絡めると、記念日に2人で買った指輪が触れて音を奏でた。




「遅くなってごめんな。ただいま、カスミ。」





end


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あきゅろす。
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