[携帯モード] [URL送信]

◆Main
恋をしたのは・8・





あの時は思いもしなかった。



こんなことになるなんて―――・・





君のいない君と暮らした部屋で、


1人で眠る日が来るなんて。




あたしを知らない君を、


見ることになるなんて。





全てを忘れて現れる君に好きと言われるたび、切なくて愛しくて、後悔で胸が締め付けられた。





あの時は思いもしなかった。



こんな日がくるなんて。





どうか、今度こそ



幸せになって。












病院から1人家に帰ると、廊下にアルバムが落ちていた。




そっと手に取りページを開くと、そこには彼の笑顔が溢れていた。




いつも隣で見ていた無邪気な笑顔が、今も変わらずそこに写っている。




幸せそうな彼の笑顔をそっと撫でて、アルバムをパタンと閉じた。




椅子に座り、日に照らされた部屋を見渡す。






――この部屋は、彼との思い出で溢れてる。






あたしは引き出しから紙を取り出し、ペンを取った。







――――・・サトシへ




こうして気持ちの整理をつけるために、出す宛てもない手紙を書くのも、もう何度目になるのかな。




今でも、まるで昨日のことのように


あの日のことを思い出すよ。






『サトシっ!大丈夫?』



『・・・・』



『サトシ・・・?』



『えっと、ごめん・・・――誰?』



『・・え・・・?』



『あ、タケシの知り合い、かな?・・初めまして。』






・・・正直あの事故からしばらくの記憶はあたしも曖昧で、断片的にしか思い出せない。




人はあまりにショックなことが起きると、脳が心を守るために記憶を改ざんするというのは本当みたい。




みんなは、サトシがあたしのことを忘れたくて忘れたわけじゃないと言ってくれた。




お医者様も頭を強く打っていることから、ストレス性の健忘性ではない可能性があるって説明してくれた。




だけど、



それでもやっぱり、あの時のあたしの身勝手な行動が、サトシを記憶喪失にまで追い込んでしまったのだと、あたしはそう思ってる。




―――あたしに向けられる他人を見る様な目。



―――あたしのことを説明されるたびに、激しい頭痛に苦しむ姿。




あの時



あたしはもう、



友達としてサトシの傍にいることも叶わないんだと思い知った。






・・・それなのに―――




君は―――・・・






『すいません、注文いいですか?』





何度も―――





『あ、すいません!怪我はないですか?』





何度も―――





『あの・・・あそこの本屋で働いてる人ですよね。その・・ちょっと、話いいですか?』





あたしの前に現れた。




いつも真っさらな記憶と共に。








『うわっ、びっくりした。
君、大丈夫?』






1度目の再会は、



時間が少しずつ痛みを誤魔化し始めた頃―――




なんとかジムリーダーとして復帰をして、空いた時間によくコーヒーを飲みにきていたお店に、偶然サトシがやってきた。





『えっと・・顔色悪いけど大丈夫?』





サトシはあたしと病室で顔を合わせたことさえ、覚えてない様子で




コーヒーが入ったカップを落として固まってしまったあたしに、心配そうに声をかけてくれた。





―――本当に、サトシだ・・・




―――会いたかったよ・・・





口から出そうになった言葉を必死に飲み込んだ。




思い出させようとすれば、サトシの脳に負担をかける。





『・・・はい、すいませんでした。』





必死に初対面を装いながら、叫ぶ心を抑えてすれ違った。




もう一度、元気そうな顔を近くで見ることができてよかった。




そう自分に言い聞かせることにして。






けれど―――・・・






『あ、君こないだの子だよね。ここよく来るの?』




―――・・




『1人?隣座ってもいい?』




―――・・




『おはよう。また会ったね。』






偶然の、1回きりだと思われた訪問は回を重ね、そして―――・・






『あの、こんなこと言ったら困るかもしれないんだけど・・・俺、君が好きなんだ。よかったら、俺と付き合ってくれませんか。』







―――あたしはずっと後悔していた。




あの時、もっと別の道を選んでいれば




あんなことは起こらなかったんじゃないかって。




だから―――





『あたしも・・・サトシ君のことが好きです。』





たとえこの先、昔の記憶が戻ることが無かったとしても




もう一度、ここから始められたら―――・・と甘い期待をした。







だけどその日を境に、サトシからの連絡は途絶えた。







後日、定期検診に立ち会ったタケシに




再びサトシの記憶からあたしが姿を消していることを知らされた。




そんなことをこの6年―――・・何度も繰り返している。






あたしから会いに行ったことは一度もない。




それは記憶のないサトシも同じはずで。






それなのに――――・・・





『カスミちゃんか。じゃあ、カスミって呼んでいい?』





再会と別れを繰り返しながら、サトシとの思い出から逃げるようにジムリーダーも辞めて、仕事も転々とした。




それでもカントーから遠く離れるのには抵抗があって―――




・・・そんな言い訳をしながら、心の底ではサトシとの再会を願っていたのかもしれない。




その証拠に、いろいろなものを捨ててきたのに、サトシと暮らした家を出ることはできなかった。




そして何度目かの再会から、これ以上忘れられるのが怖くてサトシを避けるようになった。




だけどあたしは―――――・・・





『やっと俺を見てくれた・・カスミちゃん。』



『サト、シ・・君・・』





サトシに求められたら、





『ねぇお願い。俺だけを見てよ。カスミちゃんが好きなんだ。』





抗う術を知らない―――・・





『カスミちゃん、俺のこと、好きって言って。』





・・・ずっと、サトシしか見てない。



ずっと、ずっとサトシのことが・・・





『好き・・・
好きだよ・・・サトシ君っ・・』






だけど、想いを告げて迎えた朝―――






『えっ君誰?!ここどこ?!え、ご、ごめん、俺なんて言ってお詫びすればいいか・・。俺、初めて会った子になんてことを・・!』






・・・その時、唐突に理解した。




思えばいつもそう・・・




記憶のリセットのきっかけは―――・・






――――――






「おそらく、カスミからの告白だ。」



「・・・どういうことだよ・・・?」



「カスミからの告白直後に記憶が消えることはないことから、その後の睡眠時に、脳内で記憶のリセットが行われている可能性が高いんだ。」



「そん・・・な・・」





それじゃあ、俺は今まで――――・・・・





『・・ね、カスミちゃん。俺のこと、少しは好きになってきた?・・』



―――



『好きって言えよ。』



―――



『俺のことが、好きだって言えよっ』



―――



『なぁどうして・・・俺を好きだって言ってくれないんだよ・・』






カスミちゃん――――・・・・






―――――





―――――あたしは・・・・




半年前の、サトシを拒否しきれなかったあの日




起きたらきっとまた、全てがリセットされるのだと思っていた。




けれど――――




『好きだよ、カスミちゃん。』




あの日、朝を迎えても、君はあたしを忘れていなかった。




気持ちを伝えなければ、忘れられることはないのかもしれない。




身体だけの関係ではあったけど、半年も関係が続いたのは、事故の後では初めてのことだった。






だけど―――・・



綻びは最初から・・・・






『俺のこと好きだって、認める気になった・・?』




あたしの気持ちにほとんど気付き始めたサトシの、頭痛はひどくなる一方で・・・




『好き。好きだよ、カスミちゃん。』




だからもう、これ以上―――




『カスミちゃん、俺だけを見てよ・・・』




応えれば終わってしまう、こんな不毛な関係にサトシを縛り付ける訳にはいかないと、そう思った。





どうすればいい?



好きだと伝えて、記憶をリセットさせる?



でもそれではきっとまた繰り返す。





だったら――――・・・



記憶をリセットしないまま、



この関係を終わらせられたなら・・・



あるいは・・・





『も、いかせて・・・』



『俺のこと好きって言ったら、いかせてあげる。』




―――好き・・・・


―――好きだよ、サトシ・・・・




『・・・サトシ君、なんか、』




―――サトシのことが・・・



―――今も、昔も・・・




『嫌い、だよ・・』




―――いつまでも、大好きだよ・・・






――――




ペンを置いて、書いた手紙をそのままゴミ箱へと捨てた。




向けた視線の先にあったアルバムを手に取り、溜息を吐く。




「失敗・・・しちゃったな。」




こんなの、未練がましく取っておくからだ。




―――誰とでも寝る女だと思われたまま、


嫌われて、愛想をつかされて


二度と「初めまして」を聞くこともなく、もう会うことさえなくなれば。




そんな終わり方をすれば、記憶がリセットされることもなく、サトシの頭痛も治るんじゃ―――・・なんて、やっぱり都合が良すぎた。




あとはもう・・・二度と会うことのない場所へあたしが行くくらいしか・・・・




サトシと出会い、告白をして、一緒に暮らしたこの街を捨てるしか・・・





『あたし、サトシのことが、好きなの・・。』





・・・そもそもあたしが告白なんてしなければ、こんな終わらない恋のループに、サトシを巻き込むこともなかったのに。




あたしさえ、いなければ――――・・





――――プルルルル・・・




突然鳴り響いた携帯にビクリとして、表示された名前を見てボタンを押した。




「もしもし。」



『カスミちゃん、起きてたんだね。』



「うん。」



『・・・この前は、突然抱きしめたりしてごめんな。』



「ううん・・。心配してくれてありがとう、ツトム。」



『俺、本気でカスミちゃんのことが好きだから。どうしても、それだけは伝えたくて。』



「うん・・ありがとう。ごめんね・・。」



『ハハ、またフラれたね。』



「あ、いや、そんなつもりじゃ・・」



『いいって、分かってるから。
今日はね、別の要件で電話したんだ。』



「何?どうしたの?」



『知り合いが、海洋系ポケモンの研究で海外に行くらしいんだけど、助手を探しててさ。
カスミちゃん、どうかなと思って。』



「え?」



『その人女性の博士なんだけど、昔から世界の海洋系ポケモンの勉強をしてる人だから現地にも詳しいし、住む場所もあって、勉強もできるんだよ。よかったら考えてみて。』



「海外・・・」



『やっぱり、引っかかる?』



「・・・・」



『・・・・さすがに、日本を出れば彼と再会することもなくなるかもしれないよ?
僕にはチャンスさえないことはよく分かったけど、でもやっぱり、このままだとカスミちゃんが心配なんだ。』





――――もう、選択肢はない。





ここを離れて、君のいない場所で・・・





「・・・分かった。」





別々の道を生きて、





「考えてみる。」





君との、終わらない恋を終わらせる。







―――――




「・・・ちょっと、待てよ。
それじゃあ、今の俺の記憶は・・・?」




タケシやヒカリが眉を寄せ、視線をそらせる。




「カスミちゃんから直接聞いてなければ、大丈夫なのか・・・?そんな都合のいい話・・・」




顔を俯かせる3人を見て、拳を握りしめた。




「俺が忘れるって分かってて・・!?全部・・っ話したのかよ・・・!!」




タケシは壁にもたれかかりながら、俺の顔は見ずに続けて言った。




「・・・本当は、お前が繰り返しカスミを忘れていることは言わないでくれって言われてたんだけどな・・・。」




「・・・・。」




「サトシが目を覚まして、まだ今のカスミのことを覚えていたら、
思い出せないことに苦しむ前に、全てを話して忘れさせてあげてほしい。」





――――・・・ねぇ、サトシ





「それがカスミの願いだ。」





――――・・・どうか幸せに、今度こそ








――――・・・あたしと出逢わない人生を。







to be continued





←前次→

32/303ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!