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サクラ咲き、A




あたしが好きなお祭りや、花火大会。




どれも今年はまだ行ってないものばかり。




だから、きっとそのせいなのかもしれない。




こんなに胸がドキドキしているのは。




、A




桜祭は午後7時から。





まだ時間はたっぷりあったけど 、
1人で浴衣を着るには時間がかかるあたしはもう浴衣を着付けて、鏡の前に立っていた。




「似合ってる、かな・・・・」




新しく買った浴衣は、シンプルなピンクの生地に、淡い黄色の花が咲いている。




久しぶりの浴衣は締め付けられて苦しいけれど、自分ではなかなか似合っていると思う。




だけど。




・・・あたし何で浴衣なんて着てるのかな。




ふと、胸に手を当ててみる。




・・・・・なんだか、さっきからずっと心臓がドキドキしてる。




ふぅ、と自分を落ち着かせるように息を吐いてみた。



・・なんだろうこの感じは。
なんで、こんなにワクワクするような不安なような、落ち着かない気持ちになってるんだろう。




鏡の前で、少しだけ不安げな表情をしてる自分の顔をじっと見つめる。




いつだったか、ずっと昔に浴衣を着たときもこんなことがあった。




あのときもあたしはこんな気持ちになってた。




浴衣を揺らして、慣れない下駄で人並みを掻き分けて




あの時はサトシに早く見て欲しくて。




逸る気持ちで、あたしはただ・・・・




「・・・・・懐かしいなぁ。」




恋をしてた。




あの頃のあたしは、サトシが好きだった。




毎日、サトシがいるだけで楽しかった幼かったあたし。



あの日は特に、ドキドキしたり、ワクワクしたりしてたっけ。



なんだか懐かしくて、甘酸っぱい記憶にほんの少しくすぐったい気持ちになってしまう。



今思えばキラキラキラキラと毎日が夢のようだった。




こんな毎日が永遠に続くと、そう思って疑わなかったあの頃。




ただ、必死に恋をしていたあの頃のあたし。




だけど・・・・




どんなに好きだったとしても、
どんなに懐かしくても、
あれはもう過去のことで、今はもう昔のこと。




なのに――・・・・・・・




もう一度、浴衣を着た自分の姿に視線を滑らせる。




なのになんで、あたしは今こんなにもドキドキしてるんだろう。




あの時と同じような・・・




・・・・・同じ?




ううん、そんなはずないよ。



だってあたしはもう、サトシへの想いなんて忘れたはずだもん。



いつのまにか思い出さなくなったのが何よりの証拠でしょ?




あの気持ちはもう、あたしの中でいい思い出になってる。




だから、きっとこのドキドキは、サトシと久しぶりに会うからだ。




だからあたしは、ちょっと緊張しているのかもしれない。




うん、きっとそう。



やんなっちゃう。



緊張するなんて、あたしらしくない。




―――ピンポーン




このドキドキの正体を自分に言い聞かせていたとき、家のチャイムが鳴り響いてあたしはピクりと撥ね、慌ててドアに向かった。




「はぁーい!」




「やぁ、カスミ!」




ドアを開ければ、紺色の浴衣に身を包んだケンジが立っていた。




「へぇ、浴衣似合ってるじゃない、ケンジ。」




「ありがとう。わぁカスミも浴衣似合ってるよ!」




「本当?ありがとう。」




ケンジに褒められて少しだけ気分よくなったあたしは、ニッコリと笑った。




うん、浴衣もたまにはいいかもね。




「こうして会うのって結構久しぶりだよね。どう?最近ジムの調子は?」




「それがねぇ、最近挑戦者が増えて大変なのよ。」




「あぁ、今は新米挑戦者が増える時期だもんな。」




「そうなのもう大変なのよ。本当、あたしの1日は24時間じゃ足りないわ。」




「アハハ。でもカスミはたまには休まないと駄目だよ。」




カスミは働きすぎだからね、とケンジは注意するようにそう言うと、時計に目を向けて




「さぁ、そろそろ行こっか。サトシ達とは向こうで待ち合わせしてるんだ。」




そうサトシの名前を口にしたケンジに、あたしは小さな声で「・・・うん」と答えると、歩きはじめたケンジの背中を追って歩き始めた。




ふと見あげた星空は、何かを伝えたいかのようにキラキラと輝いているように見えた。




「あ、カスミ。もうライトアップされた桜が見えてきたよ。」




「うわぁ本当だ!綺麗〜!」




リニアに乗って、駅を降りてからずっと歩いていくと、いつも見ていた桜の並木道がライトアップされているのが見えてきた。




神社に近付くにつれ、ちらほらと夜道を照らすオレンジ色の提灯が増えはじめ、そこを歩く人達も増えていく。




「すっごい人ね。ケンジ、迷子にならないでよ?」




「それはこっちの台詞だよ。」




そんな風景も祭りならではのもので、あたしの気持ちはウキウキと高鳴っていた。




初めて浴衣を着たのか、繋いだ親の手を振り回しはしゃいでいる子供、恋人や、おじいさんやおばあさん。




そんな周りの風景1つ1つに、どんどん胸が弾んでいく。




「あ、もう屋台が出てる!ねぇねぇケンジ!何からする?」




「カスミぃ、そんなに腕引っ張らないでくれよ。」




痛いじゃないか、と苦笑しているケンジの腕を引っ張り回していたあたしは



「あぁごめんごめん!」



と慌てて腕を離して謝った。




「もう、腕が抜けると思ったよ。」




「えへへ、ごめんね。つい楽しくって。」




腕をさすっているケンジを前に、それでも楽しくて仕方がないあたしはキョロキョロと周りを見回していた。




もしかしたら今のあたしは、そこらにいる子供よりも子供っぽいかもしれない。




「まだサトシ達も来てないみたいだね。先にちょっと回っとこっか。カスミは何食べたい?」




「えーっとねぇ、綿飴に、りんご飴でしょ?それにかき氷ははずせないわよねぇっ!」




「えぇ?そんなに?お金なくなっても知らないよ。」




「だーいじょうぶよっ。ちゃんと厳選して買うから。」




でも、トサキントすくいもしたいし、お面も欲しいなぁ。




ケンジにああ言いながら、全然厳選出来そうにない自分にほんの少し苦笑しつつ、
あたしはがやがやと騒がしい周りに目を向けた。




色とりどりの浴衣に彩られ、花のように咲き乱れているたくさんの満面の笑顔。




こんなにたくさんの人がいるのに、浮かない顔をしている人は1人もいない。




たくさんの人達で賑わう会場は、始まってそんなに時間も経ってないというのに、もうすでに熱気に溢れていた。




辺りを見渡しながら、そんな楽しそうな人達につられて、ほんの少し目を細めていた時




ふと、1つの場所から目が離せなくなった。




「・・・・・・・あ、」




人の流れで見え隠れするその姿。




くせっ毛のある黒い髪。




力強い眼差し。




「・・・・サ、トシ・・・・・」




久しぶりに自分の口から、その名前が出た気がした。




ずっと口にすることはなかったその名前。



いつのまにか忘れかけていたその名前。




急に目に映ったその姿に驚きが隠せなかった。




嫌でも分かるくらいサトシが大人になっているのが分かった。




淡いオレンジ色の提灯に照らされた横顔からは、前のような幼さは感じられず



昔ではありえなかったはずの黒いシンプルな浴衣が似合ってると思ってしまえるほど、大人びていた。




ふと髪に触れた時に垣間見えた腕も、たくましいわけではないけど昔のように細くはなく、



それだけであたしの知ってるサトシとは結びつかなくて、更にあたしの中のサトシの像は崩れた。




まるで違う。



あの頃のサトシとは全然。




そんなサトシの姿に、あたしは瞬きすらできずに見入っていると




サトシが急に弾けるように笑った。




――・・・あ、よかった。



笑顔は変わってない。




その横顔には、まだ昔のような無邪気さが残っていてあたしはなんだかホッとした。




あれは間違いなく、あたしの知ってるサトシだ。




そんなことに、勝手に1人で胸を撫で下ろしていたあたしに、サトシが急にこっちを見た。




――トクン、




その途端、胸がざわついた。




ざわついたのと同時に、ぐっと鷲掴みされたように胸が締め付けられて苦しくなった。




溢れる何かを抑えるように、胸に手を当てぎゅっと握る。




――・・・・ドキドキ、してる。




なぜか、目が反らせない。




するとサトシの方が、一瞬ニッコリと微笑み、右手をすっと上にあげた。




そんな表情にも、勝手に胸がギュッと締め付けられる。




・・・・人の気も知らないで。



そんな落ち着いた目で、あたしを見ないでほしい。




これじゃなんだかドキドキしてるあたしが、1人バカみたいに思えるじゃない。




そしてあたしもゆっくりそんなサトシに答えるように右手をあげると、



サトシが弾けたように笑ったのが見えて、
それを見たあたしは、意を決してサトシに近寄ろうと足をあげた。




・・・・・・だけど。




サトシが後ろを振り返った瞬間、その奥に女の子の姿が見えて




その弾けたような笑顔を向けたのはあたしではなくて、その女の子に何かを言われたからだと知り、




胸が苦しくなった。




to be continued

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あきゅろす。
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