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恋をしたのは・3・







どうしても。


どうしようもなく。


君が好き。













頭痛も治まって、浮足だって外に出てみれば、秋晴れの空が広がっていてさらに気分が上がった。



(よく考えたら、いつもより早めに仕事終わったんだよな。)



いつもすっかり暗くなった時間に会うことが多かったから、こんな時間に会うのは初めてかもしれない。



もちろん仕事があるから会う時間はだいたい遅くはなるんだけど、カスミちゃんもバイトがあるから、なんとなく夜に会うのが当たり前になっていた。



(今日はカスミちゃん、バイト休みなのかな・・・。)



バイトの日を含めて外にいる時のカスミちゃんはメールの返事をすぐ返してくることはない。



たぶん携帯をめったに見ないんだと思う。



でもさっき送ったメールの返事はすぐに返ってきたし、今は家にいるってことなんだろう。



このまま家に行ったら、たぶん朝までそのまま過ごすことになる。



でもそれでは、なんだかもったいない気がする。



ふと目の前の横断歩道を向かいから歩いてくるカップルが目に映った。



カップルの2人が俺を見てハッとした顔になって、察した俺はニコリと笑ってすれ違った。





「今のサトシ君だよね!?」


「俺昨日ちょうどテレビで見たよ!やっぱりオーラが違うよなぁ。」


「ね!すごくカッコよかったね!」


「あ、そういうこと言うんだ。俺には言ってくれないのに。」


「あーっごめん!でもきっと私生活ではモテモテだろうねサトシ君。」


「だろうね。ポケモンマスターだし、男から見てもカッコいいし、綺麗な有名人とデートとかしてるんだろな・・・いいなぁ、羨ましい。」


「あー!そんなこと言うんだ!」


「ち、違うって!手に入らないものなんかないんだろうなぁって思ったからさ。案外わがままな性格だったりするかもだよ?」


「ちょっと聞こえるよ!でも、確かに羨ましいかもー。あ、そういえば何年か前のさーー・・・」






(・・・全部聞こえてるんだけどなぁ。)






後ろから聞こえてきたカップルの会話に小さく苦笑が漏れる。




もしも彼らが、



俺が好きな子と会えるってだけで浮足だってるなんて知ったら、どんな顔をするんだろうか。



しかもその子に1年も片想いしてるなんて言っても、今の会話からするともしかしたら信じてもらえないかもしれない。



ていうか、欲しいもの全部手に入れてるって・・

俺は世間からそんな風に思われてるのか・・。



・・・仲睦まじくデートしてる君たちの方が、俺には羨ましくてたまらないっていうのに。




そう思った途端、ふと考えてしまった。




もしも、カスミちゃんと手を繋いで街中をデート出来たら・・


いろんな場所に2人で行けたら、すっごく幸せだろうなぁ・・・


綺麗なレストランで食事をしながら「好きだよ」なんて言い合ったりして


そして一緒に家に帰って、カスミちゃんの身体の隅々まで愛して・・ってそれじゃいつもと同じか。




「デート、か・・」




そういえば、デートらしいことなんてカスミちゃんとしたことないんだよなぁ。


・・・デートしたら、カスミちゃんともっと近付けるかな。




かすかな希望が胸の中で芽生えてしまった。





(よし・・・決めた!)





しばらく考えながら歩いていた俺は、意を決してカスミちゃんの家に向かった。






ーーーーー






「・・・ごめん。サトシ君、今なんて?」


「だから、デートしよ!デート!」


「・・・・」




玄関先でキョトンと呆気にとられた顔をするカスミちゃんの前で、
俺はドキドキしながら返事を待っていた。





つい先程、上がった息を落ち着けながら、カスミちゃんの部屋の前に着いた俺は、ドアが開くや否や、
「デートしよう!」とカスミちゃんに言った。




顔を確認せずにドアを開けるのがクセなカスミちゃんに、「ちゃんと確認してから開けないとダメだってば。」と続けて言うと、「あ、うん。」とハッとして返事をしたカスミちゃんは、




ようやく呆気にとられた顔から表情を変えて、今度は不可解だと言わんばかりに眉間にシワを寄せて首を傾げた。




「・・それより何でまた急にそんなこと。」


「何でって、ただのデートのお誘いだよ?」




体の関係だけだと言われたのは分かってる。

それでも、カスミちゃんと出掛けられたら、と思ってしまったんだから仕方ない。



全く変わらないこの関係の中で、ちょっとくらい足掻いたっていいんじゃないかって思ったんだけど、ダメかな・・。



期待半分、諦め半分の面持ちで見つめていた俺の前で、カスミちゃんは大きく溜息を吐いた。





「・・サトシ君。」


「うん?」


「言ったよね?そういう関係にはならないって。」


「で、でも別にデートくらいっ・・」


「それでもこういうのは、困るの。」





カスミちゃんが下を向いて、本当に困ったように目を逸らした。



それを見た俺のさっきまでの希望は、みるみる萎んでいく。





ーーーただ、カスミちゃんと外に出かけたかっただけなのに。



・・・それもダメなの?





「そっか・・・。やっぱ、ダメだよね・・。」





笑ってそう言ったつもりだけど、声は思い切り暗かった。




ーーーどうして。



どうしてそんなに、頑なに俺との距離を守ろうとするんだろう。



どうして、俺をカスミちゃんの心の中にいれてくれないんだろう。



それとも・・・
俺といるところを誰かに見られたら困るのかな・・・。




どんどん悪い方向に思考だけが落ちていく。




静かな沈黙の、気まずい時間が流れる。



シュンとする俺を見て、カスミちゃんはまた1つ溜息を吐いた。




「・・・・そんなに、遠くじゃなかったら。」


「え・・?」


「そんなに遠くじゃなかったら、いいけど・・・・」


「え!マジ!?」




カスミちゃんが言い切る前に前のめりになった俺に、ビクッと肩を震わせたカスミちゃんは、俯き加減になって、小さく頷いた。




途端に俺の口元に笑みが広がっていく。




「うん!いい!遠くじゃなくてもいいよ!
カスミちゃんと出掛けられるんならどこでも!」




そう満面の笑みで言った俺を、カスミちゃんは大きく見開いた目で見て、

そして切なそうな顔で笑った。




(あ、またあの顔してる。)




なんで、そんないつも切なそうな顔して笑うんだろう。




そう思ったけど、今の俺にはそんなことを考えるよりもどこに行こうかということで頭がいっぱいで、すぐに頭の中から消えていった。







ーーーー・・・カスミちゃんとデートが出来ることになって、浮かれ過ぎていて忘れていた。







「あれ?あの人サトシ君に似てない?」


「え、うそ!あのポケモンマスターの!?」


「いやぁー、違う気もするけど・・似てるね。」






ーーーー自分がある程度、世間に顔が知られているということを。




(参ったなぁ・・・・。)



さっきまで楽しく会話していたのに、周りの目が気になり出してから落ち着かなくなってきた。



帽子を深くかぶり直して、恐る恐る横目にカスミちゃんを見ると、

カスミちゃんももちろん周りの目に気づいてて、キョロキョロと心許なさそうにしていた。




そんなカスミちゃんを見て、心底申し訳ない気持ちになる。




俺は見られたって気にしないけど、むしろ恋人に見られるのは大歓迎だけど、世間なんて言いたい放題で何を言われるか分かったもんじゃないし、そのせいでカスミちゃんに迷惑はかけたくない。




人混みを避けて歩いてはいても、何人かはまだ俺たちのことをジロジロ見ていて、バレるのも時間の問題だと思った。




とにかくどこか隠れる場所はないかと考えて、ハッとひらめいた。




「カスミちゃん、こっち。」


「へ?」




ギュッと手を握って引っ張って行き、俺は少し裏道にある雑居ビルのカラオケ店に入り、ささっと名前を書いて部屋に入った。




「サトシ君、ここ・・・」


「こんなとこでごめんね。ここなら誰の目も気にしないで済むし。
あ、ここ、料理もうまいんだよ。」


「・・・そうなんだ。」


「カスミちゃん」


「え?」


「ごめんね。」




そう言うと、部屋を見渡していたカスミちゃんが俺に視線を向けたのが分かった。



でも俺は顔を上げられなくて、テーブルの上のご飯のメニューを見つめていた。




「俺、絶対にこのデートでカスミちゃんを楽しませたかったのに。
結局気を遣わせることになっちゃって・・。
こんなの、デートって言わないよね。」


「サトシ君・・・」


「ハハ、ほんとダメだなぁ俺。」




これじゃ、カスミちゃんとの距離を縮めるどころじゃない。



ちゃんとした考えもなしに連れ出して、カスミちゃんを好奇の目に晒してしまうところだった。



こんな街中に連れ出すなんて、本当に迂闊だった。



今回だけじゃなくて、きっと今後もこういうことは避けられないんだろう。



俺がポケモンマスターである限り・・・



自分の立場にどうしようもない歯がゆさを感じずにはいられない。



遠くに行かない代わりに、せめてオシャレなお店でカスミちゃんが好きなご飯でも食べさせてあげたかったのに・・・。



それ以上何も言えず、肩を落とす俺の横に




「サトシ君」




カスミちゃんはふわりと座って、俺の顔を覗き込んだ。



そして少し驚いて顔を上げた俺に、優しく微笑んでくれた。




「ね、ここのお店のサトシ君のオススメが食べたいな。」


「え?」


「で、ここのご飯代はサトシ君が払って?
暗くなったらここを出て、水族館に行きたいかな。
水族館なら暗くて顔も見られないし。
チケットはあたしが買いに行くから。」


「え・・?」


「だって、デートなんでしょ?」




そう言って、いたずらっ子のような笑みを見せたカスミちゃんに、



俺もつられて笑みがこぼれた。




「・・・うん!そうだね。ご飯食べて、少ししたら行こうか。」


「うん」


「カスミちゃん、ありがとう。」


「こちらこそ。」




そう言って微笑むカスミちゃんを見て、彼女を心の底から好きだと思った。



理屈とかじゃない。

ただただ、彼女の全てが好きだ。




絶対に諦めたくない。




多分俺はこの先もずっと、彼女を想い続ける。





そう確信した俺の前で、メニューを手に取ったカスミちゃんは、ペラペラとページをめくり、ハンバーグのページで手を止めた。




そして、



「サトシ君、ソースはどの味にする?」



迷うことなく俺にそう尋ねてきた。




・・・あれ?




そんなカスミちゃんを前に、俺はキョトンと首を傾げた。




「カスミちゃん、なんでこの店のハンバーグがオススメだって知ってるの?」




俺がそう言うと、カスミちゃんはあからさまにピクンと肩を震わせた。



そして心なしか、カスミちゃんの顔に緊張が走ったように見えた。



・・それを見た俺に嫌な予感が胸をよぎる。





「・・・ーーここ、よく来るの?」





目立たない雑居ビルの中にあるこんなお店、女の子のカスミちゃんがよく来るはずがない。



だから来るとしたら、



“誰か”と来たことになる。



そしてそれはきっと、女の子ではない。





・・・頼む。そんなことないって言ってくれ。




たまたまだって、そう言って。




祈るような気持ちで横顔を見つめた。




だけど、現実はーーー・・・




「・・・時々、ね。」




あまりにも残酷だ。





to be continued





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