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◆Main
金魚と海






前だけ見ていればいいと言った。




その内アンタの背中は見えなくなると思っていたのに。




アンタが何度も何度も振り返るから、




あたしは、恐くなったの。













「ねぇサトシ。」



「んー?」



「今度の土日、温泉いかない?」



「は?」






オーキド博士の研究所の庭。




寝そべっていたサトシが眉を寄せてあたしを見る。




急に何言ってるんだって顔に書いてる。




相変わらず分かりやすい。




その横で、あたしは手に持っていたアイスを口に運びながら平然とサトシに視線を返す。






「それ旅行ってことか?」



「そうよ。」




「えー、こんな暑い時に温泉旅行とか絶対やだぞ。」





・・・そう言うと思った。




気だるそうにそう言って欠伸をしたサトシを見て、次の作戦をとることにした。





「そっか・・・残念。ポケモンマスターを目指してるトレーナー達がたくさんトレーニングにきてるっていう海の近くにあるんだけど、ポケモンセンターも近くにあるから、きっといっぱいバトルが楽しめると思ったんだけ――・・」




「行く。」





・・・ちょろい奴。




ちょっと心配になるくらい簡単に落とせた。






「で、何時に出発するんだ?」と手のひら返したようなワクワクした目を向けるサトシに呆れたことは内緒にして、あたしは旅行当日の予定を話した。







予定としては、昼過ぎには到着して荷物を置いたら、さっそくトレーナーたちを探しに行く。







「―――――・・・って言ったくせに」



「うん?」



「これは一体どういうことだよ?!カスミ!」






さっそく到着した旅館は、見渡す限りおじいちゃんやおばあちゃんばかりで、トレーナーは1人も見当たらない。






「カスミお前・・・騙したなっ!」



「まぁ何もない温泉街で平日だもの。そりゃトレーナーなんて来るわけないでしょ。」



「カスミぃぃ!」



「いいじゃないたまにはのんびりするのも。ついでに温泉で煩悩も洗い流しなさいよ。」



「くっそぉぉ!バトル三昧旅行がぁ!」





本気で悔しがってるサトシの横を通り過ぎて、思わず笑ってしまった。




「ごゆっくりどうぞー。」




部屋に案内されて、仲居さんが出て行くと
サトシはすぐに畳の上に横になった。




「あー・・・暑ぃ。夕飯何時からだっけ?」



「17時だって。ねぇねえまだご飯まで時間あるし、これ着て散歩しない?」



「・・・お前満喫する気満々だな。」




苦笑してるサトシを用意された浴衣に着替えさせ、あたしも意気揚々と着替えて外に出た。




久しぶりにカントーに帰ってきたサトシを連れ出して、ママさんやポケモン達にはかわいそうなことしたかもしれないけど、
今回は長めの帰省にするって言ってたし、気にせず目一杯楽しもうと決めていた。




いつものようにふざけ合うのもいつもと違う場所にいるとさらに楽しくて、あっという間に時間は過ぎた。




「こちら採れたての自家製夏野菜の天ぷらと、季節の盛り合わせでございます。」



「おおーー」




豪華な食事を前に自然と声も上がる。




「なんだこれスゲーな。刺身に揚げ物に・・・あと何だっけ?」




「仲居さんの説明聞いてもよく分かんない料理名ばっかりだったわね。」




「本当にここタダなのか?怖くなってきたぞ・・・」




「おばあちゃんから、腰を痛めてしまったから代わりにってチケットもらったんだけど、こんなに立派な旅館だとは思わなかった。」




「じゃあ帰ったらお前のおばあちゃん家行ってお礼言いに行かなきゃな。ついでにお見舞いも持って。」




そう当然のように言ってくれるサトシに、思わず目を細めた。




「・・・サトシが来たらきっと喜ぶよ。」




そのあと箸をつけたご飯は全ておいしくて、あっという間に食べてしまった。




「お腹いっぱいになっちゃった。」




「カスミ、ここついてる。」




「えっ?・・取れた?」




「取れてねぇ。ったく。」




スッとサトシの手が口元に伸びた途端、ドアが開いた。




「失礼します。器を下げてもよろしいですか?」




「あ・・・どうぞ。」




「取れたぞ、カスミ。」





少し気恥ずかしいあたしとは違い、サトシは平然とした顔で仲居さんにお皿を渡している。




鈍感なんだか肝が据わってるんだか。




「お料理は口に合いましたか?」




「うまかったです!」




「あたしも美味しかったです。」




「それはよかった。」




「俺はまだ腹八分目くらいだけどな。」




「それはアンタが大食いなだけでしょ。」




「ふふ、それは良いことですね。まだ時間も早いから出店も開いてるんじゃないかしら。」




「出店?」




「海岸沿いにある神社で夏祭りをやってるんです。小さなお祭りだけど、提灯がいっぱいあってとても綺麗なの。」




「へぇ・・・楽しそうですね。」




「お祭りは好き?」




「はい。でもあたし去年は忙しくて夏祭り行けなかったんです。」




「まぁ。では丁度いい機会ね。
あなた方が外出してる間お布団の準備もしておきますから、どうぞいってらして。」





仲居さんの言葉に後押しされて、あたし達はお祭りに出かけた。




温泉に入った後だし、サトシは嫌がるかと思ったのにあっさりと了承してくれて少し意外だった。




少し暑さの残る夜の時間、お祭り独特の熱気も肌に感じて胸が踊った。




「意外と人多いわね。」




「だな。」




「サトシよく素直に出てきたね。こういうの前はめんどくさいって言ってたのに。」




「あぁー・・」





サトシがあたしから人混みへ視線を向ける。





「別に。お前が行きたそうにしてたから。」





その言葉に不意を突かれて、思わず足を止めてしまった。




そんなあたしに気付いたサトシがキョトンとした顔で振り返る。





「おい、はぐれるぞ?」





そう言って差し出された手に、あたしはさらに動けなくなって、マジマジとその手を見つめてしまった。





「・・・何よこの手は。」




「お前ほっといたら迷子になるだろ。」




「ならないわよ。」





小さくため息を吐いたサトシはガシガシとあたしの髪を掻き撫でた。





「ここ来てからずっとボーッとしてるだろーが。いいから手ぇ出せ。」





・・・さっきからサトシには不意を打たれっぱなしだ。




振り回してるようであたしの方が振り回されてる。





・・ほんと、タチが悪い。





差し出された手を見つめながら、あたしもそっと手を伸ばし・・・その手を通り過ぎてサトシの服の裾をつかんだ。





「これで十分。」




「いいけど、手を離すなよ。」




変な意地をはるあたしに、何も言わず歩き出すサトシに引かれて歩いた。





「・・分かっててやってるのアンタは。」




「そりゃ分かってるだろ。カスミの迷子グセは昔からじゃん。」




「そういうことじゃ・・・もういいわよ。」




「なんだよ。」




「もういいのっ。あ、かき氷屋さん見つけたらお願いね。」




「俺には食べすぎって言ってたの誰だよ。」




「デザートは別腹だもん。」





いくつもの屋台を回って、たくさん買って、たくさん食べて、たくさん歩いた。




その間もあたしの手は、サトシの手を握ることは一度もなかった。




「ん?何、やりたいの?」




あたしがトサキントすくいの屋台を見ていると、気づいたサトシが尋ねてきた。




「うんん、懐かしくて見てただけ。昔お姉ちゃん達とお祭り行ったときよくやったなぁって。」




「ふーん。あ、カスミ、すぐ後ろ海だぜ。」




「ほんとだ。」






―――・・最近、よく見る夢がある。




小さなトサキントになって、海を目指して泳ぐ夢。




暗い中でひとりきり。




それでもきっとたどり着けると、光り輝く海を夢見て泳ぎ続けた。




そして行き着いた先で見た海は、




――――広くて大きな闇だった。




心細くて、不安で、けれどもう戻ることはできなくて。




そのまま、溺れてしまうところでいつも目が醒める。




1人広くて大きな海の中で、そっと目を閉じて溺れて、沈んで―――・・






「何してんだカスミ!!溺れる気か!」





後ろから腕を掴まれて、驚いて振り向いた。





「え・・と?ごめん、海が思ってたより透明で綺麗だったから、足つけたくなっちゃって夢中になってた。」




「はぁ?!ったく、待ってろっつったのに、気づいたらいないし、驚かすなよな!」




「ご、ごめん・・。」




「ハァ・・・やっぱり俺よりカスミの方が危なっかしいだろ。ったく世話がやけるぜ。」




「一番サトシに言われたくないんだけど。」




「うるせぇ。」




よく見ると、サトシは浴衣の裾を手で持ち上げずに海に入っていた。




「ていうか、あたしよりサトシの方がビショビショじゃない。」




「へ?うわぁっほんとだ!くっそーカスミのせいだからな!」




「ちょっと!暴れないでよ!」




「あーぁ。まぁ、暑かったし丁度よかったってことにしておくか。
でも、夜だと足元見えねぇから危ないな。」




「・・・そうだね。このまま進んでったらほんとに溺れちゃいそう。」




サトシが振り返ってあたしを見る。




「お前は泳げるだろ。」




「でも水の中に何がいるか分からないでしょ。水ポケモンは好きだけど、下からガブッとされたら恐いじゃない。」




「変なドラマの見過ぎだっつの。
それに、潜ってみたら意外と綺麗かもしれないぜ?」




「そうかな・・・こんなに真っ暗なのに。」




「朝になれば明るくなるだろ。」




「・・・そうだね。」





―――今日という日を、ずっとアンタと過ごしていたいって思ってた。




今この瞬間で、時を止めてしまえたらって。





「ほら上がるぞ。帰って温泉入ろうぜ。」





だけどサトシは平気な顔で、朝が来るという。





「・・うん、そうしようか。」





ただそれだけのことなのに、すごく虚しくなる。




浴衣をかわかしながらゆっくりと歩いて、部屋に戻ると布団が敷かれていた。




案の定恋人だと勘違いされたらしく、布団をくっつけて敷かれていて、それを見て2人で笑い合った後、少しだけ布団を離して部屋を出た。




温泉にも入り一息ついて、少しだけ距離の空いた布団に横になった。




「そういえば昔、シゲルと布団くっつけてよく寝てたっけなー。」




「へぇー、昔は仲良しだったんだ。フフ、あたし達も仲良しだって思われてるんだろうね。」




「だろうな。」




「それ、結構嬉しいような気がするかも。」




「ハハ、曖昧だな。」




「だってサトシとじゃ姉弟に見えるかもしれないし。もちろんあたしがお姉ちゃんね。」




「はいはい、よく言うぜ。」





耳を澄ますと波の音がかすかに聞こえてくる。




こんな穏やかな時間、旅をしている最中にもなかったかもしれない。





「ねぇサトシ」




「うん?」




「手、繋いでもらってもいい?」




「さっきは嫌そうな顔してたくせに。」




「だって汗かいてたから。
ね、ちょっとしたごっこ遊びだと思って。」




「何だそりゃ。仲良しごっこ?俺と?」




「そう。ダメ?」




「・・・はぁ。ほら、手出せ。」




布団の上を滑る音が聴こえたと同時に、差し出していたあたしの手を掬うように握られた。




「これでいいか?」




仰向けのサトシが目を閉じたままそう言ったから、口元を緩ませたままあたしも目を閉じた。




「ありがとう。」




「・・・なぁ」




「うん?」




「お前はこれで満足なのか?」





突然聞かれた質問の意味がわからず目を開けた。




手を繋いでることを言っているのかな。





「これで・・・?十分だけど・・」




「違う。」




月の薄明かりの中で、サトシの横顔がこちらを向き、目が合った。





「俺とどうなりたいかって聞いてるんだよ。」





―――また不意を突かれた。




その目に真っ直ぐ見つめられたら、あたしは目をそらすことも出来ない。





「何よ急に・・・。どうも何も、あたしが何か言ったところで何も変わらないよ。」





自然と本心に近い言葉を零したあたしの目を、じっと見つめた後サトシはゆっくりと起き上がった。





「・・・そのカスミの言いたいことってのは、俺が来週から向こうへ旅に出るのが気にくわねぇってことか?」




「ちが・・・っ、そんなんじゃ」




「違うんなら何で俺を誘った?ここに姉さんたちを誘うことも出来たし、誰かに譲ることだって出来ただろ。」





あたしを見下ろすサトシの顔にはさっきまでの穏やかさはなく、突き刺さるような目を向けて追い詰めてくる。




「・・・意地悪ね。」




「お前が言わないからだ。」





―――先の見えない海が、真っ暗なのを知っている。





「・・・だって、これがアンタとの最後の夏かもしれないから」





あたしは1人じゃきっと泳げない。



サトシにはきっと、追いつけない。





「今のサトシがあたしには遠いから・・・。
今日だけは一緒がよかった、それだけ。」





どんどん先に泳いでいくサトシの姿が、背中が
、見えなくなっていくのが恐い。




いつかサトシが振り返らなくなった時、1人広い海に取り残されるのが恐い。




・・・これ以上、好きになるのが恐い。





「なんだ・・・ちゃんと分かってたんだな。」




「え・・?」




「要するに、本当はこれからこの先も一緒にいたいってことだろ。お前は今更何を弱気になってんだよ。」




「な、ちが・・・っ」




「ならこれはごっこ遊びじゃねぇよ。」




「・・・え、何・・・?」




顔を覗き込まれて、サトシの唇があたしの唇に重なった。




一瞬の出来事で、驚いて目さえ閉じれなくて、触れた唇が離れていくのを目で追う。




「俺は遊びじゃない。」




初めて受け止めたキスの余韻が残り、ふとサトシの顔を見た途端、あたしは顔に熱が集まるのを感じた。




「・・・サトシは、あたしと付き合いたかったの?」




あたしと同じくらい頬に熱を帯びているサトシの顔がそれ以上見れなくて、目を腕で隠した。




「俺は今日、そのつもりで来たんだけど。」




「・・・あたしはそのつもりで来てない。」




「だな。1人でお別れムードだったもんな。」




「言わないでよ・・」




目の上に乗せた手を握られて、あたしは熱の引かない顔のままサトシを見た。




「俺はお前と思い出を作りに来たんじゃねぇ。」




強く握りなおされた手から伝わる熱さが、心地良い。




「だから今度はちゃんと握ってろよ。さすがに2度目は怒るからな。」





2度目・・・?



あ・・お祭りの時か。



うそつき。



やっぱり分かっててやったんじゃない。





―――明日なんて、来なければいいと思っていたのに。




今はこうしてゆっくりと流れ落ちていく時間が、愛おしい――・・・





手を繋いだまま眠りに落ちたあたし達は、朝になっても手を握り合ったままだった。




布団をたたんで、朝食を食べて、昨日の仲居さんに見送ってもらいながら旅館を出た。




潮風に当たりながら、海のすぐ側の道を歩いていく。




「なぁカスミ、今日はこれからどうするんだ?」




「そうね、ここの温泉街のグルメ探索とかどうかな。温泉まんじゅうとか、海の幸なんかも有名みたい。あ、あと足湯も――・・・」




「・・なぁ、カスミ」




呼ばれて振り返ると、サトシが眩しそうに海を見ながら立ち止まっていた。




「昨日言ってた夢の話なんだけど・・・たぶんお前は海で溺れることなんかねぇよ。」




「え・・?どうして・・?」




「お前なら、溺れそうになったら海に合うように突然変異しそうじゃん。」




ガクンと拍子抜けしてしまった。


何を言い出すのかと思ったら。




「と、突然変異って・・」




「だってお前、海好きじゃんか。」




そうニッと笑って言われて、暗くて広い海の先に、たしかに光が見えた気がした。




「・・ならあたしも、サトシと海を渡っていけると思う?」




「それを決めるのは俺じゃねぇよ。」




「あー・・そっか・・。」




「でも俺は、向こう行っても離すつもりねぇから。」




目の前に伸ばされた手に、迷うことなく自分の手を重ねる。




「そう言われると、なんだか頑張れる気がしてきた。」





―――海に焦がれながら泳いだその先が、暗く苦しいものだとしても



辿り着いた瞬間がかけがえのないものならば、それなら――・・





「サトシがいる海なら、溺れるのも悪くないかな・・・」




「なんだそりゃ。ていうかお前みたいな突然変異、そう簡単に溺れねぇよ。」





楽しそうに笑うサトシを見て、あたしもつられて一緒に笑った。





「サトシが言った通りだったね。」




「ん?」




「気づかなかった。」





海がこんなに綺麗なんて―――・・・




果てしない未来も、君がいるなら




きっと進んでいける。




end



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