◆Main
掌の中3
もう一度やり直せたら。
もう一度出会い直せたら。
何度もそう、頭の中で繰り返し考えてきた。
だけど、現実は
「久しぶりだな。カスミ」
あの頃の延長線上にあるままで、何も変わらない。
掌の中3
「ふぅ・・・」
控え室のドアが閉まる瞬間、外から聞こえる歓声や声援の大合唱が途切れて、やっと一息つけた。
あたしがスタジアムに足を踏み入れた瞬間、大勢の人から名前と一緒に盛大なエールを送られて、自分にもそこそこ知名度があったんだな、とここに来て改めて気づかされた。
でもまぁ―――・・
あいつに比べれば全然だけど。
「・・・あ。緊張、してるかも。」
シゲルとのリベンジマッチを数日後に控えているサトシと今、同じスタジアムにいる。
そう思うと少しだけ、手が震えた。
昔の熱さを思い出したのはあたしだけじゃない。
サトシもだ。
まるで昔のように、予測不能で流れが読めなくて、それでいてポケモンとの見事なタッグを披露する、人の心を惹きつけるようなバトルをするようになったサトシに、世間からは今まで以上に注目度が高まっている。
だから、いつのまにか四天王カンナさんの次期後継者とまで言われるようになっていたあたしに、サトシとのバトルの声がかかったことは別に不思議なことではなかった。
予想していたことでもある。
こんな日が来ることは。
あたしがもう一度水ポケモンマスターを目指そうと決めた時からずっと。
そしてついに今日、サトシと対戦者として対岐する。
ついに、ここまできたのね。
血が沸騰するような、全てを注ぎ込むような、魂が研ぎ澄まされるバトルを思い出したあたしとサトシの、数年ぶりのバトル。
考えただけで手に汗がにじむ。
きっとこの妙な興奮と闘志を、サトシも感じているだろう。
絶対に、絶対に―――
突然ここまで届くくらいの歓声が聞こえて、あたしは部屋の隅の大きなガラス窓の前に立ち、フィールドを見下ろした。
―――コンコン
「失礼します。カスミさん、そろそろお時間ですが、その前にサトシさんと顔を合わせておきますか?」
あたしはフィールド上から目が離せなかった。
「・・・いえ。」
―――サトシ。あたし、ここまで来たよ。
「大丈夫です。もう挨拶は済んだので。」
フィールドの中心に立ち、周りを見渡してから
ゆっくりとこっちを見たサトシと目がかち合った瞬間、少しだけ口角が上がった。
サトシもあたしから目を離さない。
かなりの距離があるのにこちらにまで伝わってくる、楽しそうな、挑発的な目。
その目を見ただけで分かる。
“早く来いよ”って。
“早くバトルしようぜ”って、そう言ってる。
――・・上等じゃない。受けてたってやるわよ。
「行きます。」
絶対に、絶対に、
勝ってみせる
*****
フィールドに足を踏み入れた瞬間、ありがたいことにさらに歓声があがった。
その歓声の中、あたしはただそこに向かって歩いていく。
あいつだけが視界に入って、目を外らせない。
さらにどんどん近づいていくと、サトシはニッと口角を上げた。
「久しぶりだな。カスミ」
あたしだけを写すその瞳に、少しだけ過去が過って胸が軋んだ。
「・・あんたこそ。元気にやってるみたいね」
だけど、それは一瞬だった。
「まぁな。そんなことより1つ言っておくぞ。」
「何?」
「俺、手加減なんてしないからな。」
その言葉に目を見開いた瞬間、フッと吹き出した。
「あら奇遇ね。あたしも最初からそのつもりよ。」
そう言ったら、サトシもさらに楽しそうに口角を上げた。
「なら話は早いな。準備はいいか?」
「ええ。」
お互いがモンスターボールに手を伸ばす。
目の前の勝気な鋭い瞳に輝きが増した。
―――あぁ、この感覚。懐かしい。
「よっしゃ!バトルしようぜ!カスミ!」
あたしはいつもこの輝きに
どうしようもなく、胸が焦がされる。
*****
「リザードン!回り込め!」
「させないわ!ギャラドス、ドラゴンテールからのはかいこうせん!!」
「何?!」
リザードンが俊敏な動きで、ギャラドスののしかかりを避けて後ろに回り込もうとする。
あの体格であの俊敏さが出せるなんて、さすがサトシのリザードンとしか言いようがない。
でもね。
それもちゃんと見越した上で、あたしはここに来たのよ。
くるりと身を翻したギャラドスが、背中に回ったリザードンにドラゴンテールをぶつけ、はかいこうせんを繰り出す。
「っくそ!」
もろにくらったリザードンがフィールドの壁目掛けて吹き飛んでいく。
砂埃で辺り一面が一瞬見えなくなった。
でも、キラりと光ったその目をあたしは見逃さなかった。
「やるじゃんか。」
「そうでしょ。」
「でも、これで終わりだと思われたら困るぜ。
リザードン!ほのおのうず!」
突如、砂埃を払うように炎が舞い上がる。
「ギャラドス!ハイドロポンプよ!」
「リザードン!オーバーヒート!!」
「え?」
そんな技まで出来るようになってたなんて・・!
これはギャラドスのハイドロポンプだけじゃ・・
こうなったら・・いちかばちかね。
「ギャラドス!ハイドロポンプからのたきのぼり!!」
「っ負けるなリザードン!!打ち消せ!!」
激しい炎と水のぶつかり合いに、周りの歓声すら聞こえなくなる。
2勝2敗、もう後には引けない。
・・勝つんだ。
絶対に勝つんだ、サトシに。
お願い、負けないで…!!
ほのおのうずの威力に飲まれそうになった瞬間、ギャラドスのハイドロポンプが上空へと巻き上がった。
「今よ!ギャラドス!たきのぼり!」
ギャラドスが最後の一撃を加えるべく、リザードンへと狙いを定めた。
勝った……!
そう思った瞬間だった。
突然、リザードンがハイドロポンプの渦の下へ急降下しだした。
「・・・え?」
その華麗な動きに目を奪われ、気づいた時にはもう遅かった。
・・・しまった。
目を向けた先、眉を寄せていたサトシが
少しだけ笑った。
「リザードン、フレアドライブ!!!」
「っギャラドス避けて!!」
身を翻そうとした瞬間、あたしのギャラドスのハイドロポンプが飲み込まれるほど大きな炎が舞い上がり、あたしはその熱風の衝撃に足を崩して・・・その視線の先でギャラドスが、床へと倒れた。
響き渡る地響きのような歓声。
総立ちになった観客の姿。
全てがスローモーションのように感じられた。
負けた・・・。
あたし、負けたんだ・・。
しゃがみ込んだまま、行き場のない思いを握り潰すように手の平を握りしめる。
・・・勝ちたかった。
本当に。絶対に、勝ちたかったのに。
・・・だけど。
「・・ほんと、悔しい」
―――全力で悔しいと思えるほど
・・・楽しかった―――
あたしはフッと息を吐くように笑うと、ゆっくりと立ち上がり、サトシの方へ歩いていった。
汗をぬぐいながら、サトシはあたしを真っ直ぐに見つめ返す。
「サトシ。」
その目を見つめながら、サトシに向かって真っ直ぐに手を伸ばした。
「ありがとう。」
全力でぶつかってくれたからこそ、あたしも全力でぶつかれた。
「次は、負けないから。」
そして、サトシとのバトルはあたしにも、“リベンジ”という言葉をくれた。
「あぁ。」
あたしの言葉に口角を上げて、勝気な笑みを浮かべながら手を差し出してきたサトシと、あたしは握手を交わした。
―――終わったんじゃない。まだ始まったばかりだ。
サトシが会場のアナウンスに名前を呼ばれ、その手は離れた。
カメラに向かって手を上げた姿を見送って、そのまま背中を向けて歩きだしたとき、足に痛みを感じて少しよろめいた。
あの最後の時、足をくじいてしまったらしい。
・・全然気付かなかった。
苦笑いを浮かべながら、平気な顔して周りの応援してくれた観客の人達に手を振ってそそくさと外から見えない廊下まで入ると、あたしは関係者の人たちに頭を下げつつ、少し足を引きずりながら控え室へと戻った。
「・・痛てて」
思った以上に捻ってしまったらしい。
これは少し休んでから、そのまま病院に行くべきかな。
大きなガラス窓を見ると、たくさんの記者の人たちに囲まれたながら、サトシがフィールドから出て行くのが見えた。
来月にはシゲルとのバトルが待っている。
・・きっと、サトシがポケモンマスターに返り咲く日も近いだろう。
・・うん。きっとサトシならやる。
だってサトシは、勝つことがどういう事かを知っているから。
だからこそ、サトシが諦めるなんてありえない。
そして、あたしも諦めたりしない。
こうやってポケモントレーナーを続ける限り、あたしはサトシと繋がっていられるのかもしれない。
たとえ、恋人として過ごしたあのひと時のようでなくても。
そんなことに、少しだけ安堵した。
「さて、帰ろうかな。」
確かこの後は、サトシやポケモンリーグに勝ち残ってるメンバーがトレーニングをするって言ってた気がする。
見てみたい気もするけど、さすがにこの足じゃ長時間はいられないし、今日は真っ直ぐ帰るとするかな。
「裏口は、確かあっちよね・・」
少し休んだら、なんだか病院に行く気も失せてきちゃった。
あたしはとりあえず裏口から出るべく歩き進めて、何度か迷いながら外に出ると、もうすでに辺りは暗くなり始めていた。
「うぅ、やっぱり寒いー・・」
ひやっとした空気に身震いして、とりあえず駅に向かって歩こうと足を踏み出した時だった。
「カスミ!」
後ろから名前を呼ばれて、すぐにその声が誰だか気付いたあたしは驚きながら振り向く。
「サトシ?・・」
息を切らして、なぜかサトシがあたしの方へと走ってきた。
「ど、どうしたの?」
まるであたしを探していたようなサトシの様子に、何事かと首を傾げた。
「どうしたのじゃないだろ!何そんな足で歩いて帰ろうとしてるんだよ。」
あたしの側まで駆け寄ると、動揺してるあたしがおかしく思えるほど、サトシが平然とそう声をかけてきてあたしの足に視線をやった。
「へ?」
「無理して悪化させたらどうするつもりなんだよ!しかも手当てもしてないじゃんかっ、このバカ!」
「バ、バカって何よ・・!」
「とにかくそこ座れ。包帯巻いてやる」
「え、ちょっ・・!」
一気に捲し立てられて、無理やり近くのベンチに座らされたあたしは、何がどうなってるんだろうと思いながらサトシが包帯を巻くのをただじっと見ていた。
「何だよ?」
「いや、あの・・何であたしが足捻ったこと知ってるのかなーって思って・・。」
「何でって、お前フィールドを出て行くとき足引きずってたじゃんか。」
「えっ見てたの?」
「そりゃあな。バトルした相手は、ちゃんと最後まで見送るのが俺の礼儀だ。」
そう真剣な顔で言ってのけたサトシに、あたしは目を丸くした後、たまらず吹き出した。
「なんだよ、なに笑ってんの?」
「えー?なんか、サトシ変わったなぁって思って。」
「はい?」
「いや違うかな、なんか昔に戻ったっていうか・・」
「なんだそりゃ」
「んー・・昔に戻ったけど、ちゃんと大人になってるって感じ。」
「あーはいはい。昔はお子ちゃまだったって言いたいんだろ。」
「そんなこと言ってないってば。サトシは――・・」
あたしは少し目を細めて、サトシを見た。
「――・・昔からずっと、優しいもんね。」
そう言うと、サトシが手を止めてあたしを見上げた。
「・・バトルしたみんなの気持ちを背負って、シゲルにリベンジしてくれるんでしょ?」
勝つってことは、その分だけ負けた人がいるということ。
サトシの勝利には、たくさんの人の思いが詰まってる。
サトシの手の平には、たくさんの人と交わした握手の重みがある。
それを背負う覚悟も、それに応える覚悟も、サトシのバトルから痛いほど伝わった。
最後まで見送ってくれるのは、サトシなりに敬意を示してくれてるんだよね。
そんなサトシがじっとあたしを見るから、あたしも逸らさずに笑って言った。
「あたしの分まで全力で戦ってね。約束だよ。」
「・・そんなの当たり前だろ。」
「フフ。ありがとう。」
サトシは少し照れ臭そうに視線をそらすと、また包帯を巻き始めた。
あたしは言いたかったことが言えて満足して、その少し不器用だけど丁寧な手つきを、黙って見ていた。
*****
「よし、これでいいだろ。」
「ん。ありがとう。」
「はぁー、俺も疲れたし帰りたいなー。」
「この後トレーニングなんでしょ?」
「まぁな。でも毎日トレーニングは欠かさずやってるんだぜ?トレーニングやらバトルやら、ポケモンマスターじゃなくなった今の方が忙しいんだよな。」
そう言いながらとなりに座ったサトシの顔をみて、あたしは星が瞬きはじめた夜空を見上げた。
「んー・・でも良かったんじゃない?」
「何が。」
「あんた、なんかちょっとスッキリした顔してる。」
「・・・あのシゲルに負けてんだぞ?そんないい気分なわけないじゃん。」
「そう?」
「・・まぁでも、なんか吹っ切れた気はするけどな。」
そう言って柔らかい顔をしたサトシを見て、あたしは思わず微笑んだ。
「あと――・・」
「うん?」
「まだお前のことが好きなんだってことにも気付いた。」
その瞬間、あたしの顔から微笑みが消えた。
「・・・・え・・・・?」
今、なんて――・・?
信じられない言葉を告げられ固まったあたしに、サトシは夜空を見上げたまま話し続ける。
「あれからずっと考えてた。
シゲルにバトルで負けてすっげぇ悔しかったけど、久々にもう一度バトルがやりたいって心底思えたし、
昔みたいに、誰かとバトルをする度にワクワクするようになった。」
ドクンドクン、と心臓が早鐘を打つ。
サトシの話を聞くのが、怖い。
「投げ出したもの全部拾って、また前に進んでいきたいって思った。けど――・・」
正直そんなこと――・・聞きたくなかった。
「・・・1番大事なものが、足りないって。」
――・・聞きたくなかったよ。
「・・サトシ、何言ってるの・・・?」
「・・・・」
「ちょっと、笑えない冗談はやめ――」
「カスミ」
ぐいっと腕を掴まれて、サトシの方へ身体を向けられた。
「俺たち、もう一度やり直せないか?」
向けられる真っ直ぐな瞳に、息がつまる。
掴まれた腕が、熱い。
やめてよ・・・
どうして今更・・・
どうして――・・・?
「別に、サトシが一方的に投げ出したわけじゃないでしょ・・?」
サトシの顔から視線を滑り落として、そっとその手から腕を解いた。
「あたし達のことは、あたしが言い出してサトシもそれに頷いて2人で終わらせたの。
今更、拾いに戻らなきゃいけないものじゃない。
・・・もう、ちゃんと終わってるんだよ。」
グイッともう一度腕を力強く掴まれた。
「終わってねぇよ!」
「終わったの!」
お願い、そんな顔しないで。
「それでも、俺はお前が・・!」
「っだから!」
振り払うように、思い切りその腕を払った。
「あんたは過去の思い出を懐かしんでるだけなのよ!夢が叶って、恋もして、毎日充実してたあの頃の青春を取り戻したいだけなんだってば・・。」
手に顔を埋めて、我慢しきれず言った。
「恋愛がしたいだけなら、もうあたしじゃなくてもいいはずでしょ・・」
重い沈黙の時間が流れる。
そのうちサトシが大きなため息を吐いた。
「・・わかった。」
「・・・」
「なら、1つだけ聞かせろよ。」
込み上げてきた涙をこらえながら、あたしは鼻をすすって聞いた。
「お前の気持ちは、もう俺には少しもないのか?」
涙で揺れる地面を見ながら、前髪をぐしゃりと手でつかんだ。
「ごめん、わかんない・・・」
――嘘ばっかり。
まだこんなに、サトシしか見えていないくせに―――・・。
「・・じゃあ、お前が気付くまで待ってる。」
「え・・?」
「お前が、まだ俺のことが好きだって気付くまで待ってる。」
――どうして・・・
「・・何それ。すごい自信ね。」
「別に自信なんかないよ。けど、」
――ねぇ、どうしてよ・・
「お前がなんと言おうと、俺が好きなのはお前なんだ。待つしかないだろ。」
「サトっ・・・」
「じゃあな」
ガタッと立ちあがり、あたしに何も言わせないままサトシは去って行った。
取り残されたあたしはそのまましゃがみ込み、腕に顔を埋めて手の平を握りしめた。
―――素直さとか真っ直ぐな思いっていうのは、時に残酷だ。
「っ・・・」
あの時どんな思いで、別れを切り出したか。
いっそ洗いざらいぶちまけてしまいたい。
「・・あたしの一生分の覚悟、無駄にしないでよ。」
――・・・もう嫌なのよ。
いつか来るかもしれない別れに、
怯える日々はもう嫌なの。
ねぇ、サトシ――
恋愛なんて、特別なようで友情なんかよりよっぽど脆い。
気持ちがなくなれば終わるような関係だってこと、あんただって気づいたでしょ?
なら、あたしは、
あんたの特別じゃなくていい。
例えばあんたに彼女が出来ても
結婚して子供が出来ても
いつかはきっと笑っておめでとうって言ってあげられる。
それがどんなに辛くても、ライバルとしてでも繋がっていられるならそれで十分。
―――・・そう、思ってたのに。
・・・本当は、もういらないと否定されるのが怖くて
そうなる前に自分から手放したかっただけ。
ねぇサトシ、
あたしはね、逃げたんだよ。
あんたから。
そんなあたしに、好きだなんて言わないで。
またあんたの気持ちがなくなって、友達にも戻れなくなったら?
今度こそもう二度と会えなくなったら?
そうやってあたしは、自分のことしか考えられないダメな人間だから。
to be continued
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