◆Main
掌の中2
あの夜、
『サト・・シ・・サトシ・・っ・・・』
『・・まだ・・まだ・・・あたし・・の・・』
“ ・・・まだあたしのこと、好き? ”
実は枯れるほど泣いたと言ったら、
『・・・・ねぇ、サトシー・・・?』
『あたしたち、友達にもどろっか・・・・』
アンタはどんな顔をするのかな。
掌の中2
「さむ・・・」
ハァ、と冷えた手のひらに息をかけて温める。
もう6月だっていうのに、雨が降った朝は肌寒い。
・・・それにしても、懐かしい夢を見たなぁ。
あれはサトシと別れた日だ。
もう何年も経つのに、鮮明に思い出してしまった。
「・・きっと、あんなバトルを見たせいね。」
サトシが、シゲルに負けた数日前のポケモンリーグ戦。
試合終盤、昔みたいに無防備なほど真剣にバトルを挑む姿に感動さえして、
フィールド上に、憧れ続けたあの頃の姿を見た気がした。
――・・多分、アイツはまた走り出すんだろう。
昔のように、ただ真っ直ぐ、未来に向かって。
“あぁ、少しずつ元に戻っているんだ・・”
とテレビの前でそんな実感が沸いた直後、
『だからっ、私の方が前から好きだったんだからね!サトシのこと!』
『ぶっ。ははっ、なんだじゃあ両想いか』
“戻らないもの”のことをふと思った。
「女々しいなぁ・・あたし。」
自分から捨てた“ 特別 ”を、今更惜しんだりして。
アイツの手を放したのは、あたしなのに。
「・・あーっやめやめ!今日のバトルに集中しなきゃ。」
今日は水中戦のバトルをする予定なんだから。
あたしが考えた、新しいバトル戦のやり方を試すんだ。
そう思った瞬間、胸が躍るのを感じて口角が上がった。
・・・最近あたしは、水中ショーよりもジム戦に集中している。
もっと強くなって、あたしの愛しい水ポケモンたちと一緒に水ポケモンマスターになるために、毎日いろんな戦法を考えたり、練習したり、日々本気で取り組んでいる。
そう思えるようになったのは、サトシと別れてから水中ショーで各地を回っていた時だった。
そこで出会ったトレーナー達に仕掛けられてバトルをして、負けと勝ちを繰り返す内に、時に意見をぶつけ合ったりするようになり、気づいたら、昔確かに自分の中にあった“熱さ”を取り戻していた。
もう失ったと思っていたのに、あたしの心の奥底には、まだあの頃の夢が残っていたらしい。
あの頃のあたしが描いた夢は、まだ生きていたんだ。
それに気づいたあたしは、全てのショーをやり遂げてからすぐさまジムでのバトル戦法を練り直し、自分のバトルも磨いてはまた考えて、常にどんな相手であろうが真剣にバトルをしてきた。
今度こそ必ず夢を叶える、そう心に決めたから。
「・・目指してるのはもっと上なんだから・・。こんなところで怠けていられないわよね。」
今はただ、自分を生きるだけ。
もう二度と見失ったりはしない。
*****
「・・疲れた・・・」
リビングに入るや否やソファに沈むように倒れ込んだ。
今日のバトル対戦者は強かった。
なんとか勝てたけど、あんなに追い込まれるなんてあたしもまだまだね。
でも、これだからバトルは楽しいのよね。
・・・大丈夫。あたしも前に進めてる。
昨夜の夢がどうも頭から離れなくて、少し感情的にになっていた自分に言い聞かせた。
そんなことより、そろそろ洗濯しなきゃ。
お腹も空いたし。
それに明日もまた朝から対戦者がいたはず。
「・・よし、起きよっと。あ。」
むくっと起き上がった拍子にリモコンに手が当たり、テレビがついた。
『以上ポケモンリーグからの中継でした!スタジオにお返しします!』
ポケモンリーグの言葉にピクリと反応してテレビを見てしまった。
が、もう中継は終わってしまったらしい。
何の放送だったんだろうと思いながら、テレビを消そうとした時。
『サトシ選手、熱愛相手のセレナさんのことは何も語らなかったようですね。今はシゲル選手とのリベンジマッチに集中するという捉え方で――・・・』
リモコンを持つ手が固まった。
頭の中で、何度も今聴こえて来たフレーズが繰り返す。
・・・覚悟はしてた。
いつかこの日がくること。
とは言っても、思っていた以上にダメージを受けた自分がいて少し戸惑った。
だけどすぐに目を閉じて、口元に自嘲的な笑みを浮かべた。
・・これはあたしが選んだ未来。
けどもうあの頃とは違う。
1人でも歩ける。
だから、大丈夫。これでいい。
リモコンを持ち上げて、あたしはテレビを消した。
「さ、まずはご飯ご飯。」
そのままキッチンへ向かい、立ち止まらなかった。
あの日、旅立つサトシに背を向けて去った時のように。
―――その2ヶ月後、ポケモンリーグの関係者の人から声がかかり、
あたしはポケモンリーグに挑むこととなった。
聞かされた対戦相手は、サトシだった。
to be continued
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