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◆Main
掌の中






R18指定







幼い頃から、大人に混じってひたすらバトルを挑んできた。



相手のポケモンの攻撃を交わして、技を繰り出す感覚。



自分のポケモンと呼吸が重なり、技が決まって相手が地面に吸い込まれていく瞬間。



ただポケモンが好きで、バトルが好きで



勝つことも負けることすら楽しかった。





ずっとこれが続いていくんだ、とバカみたいに信じていたんだ。













「あれ?サトシ?」



「ん?なんだ、カスミか。」



「なんだとは失礼ね。こっちに来るなんて珍しいじゃない。トレーニングするの?」



「あー・・・いや、するわけないだろ。これ以上強くなったら困るし。タケシに仕事のことで呼ばれたから顔出すだけ。」



「さらっと嫌味なこと言うわよね。まじめに仕事しなさいよ?じゃあね。」



「つーかカスミ、お前帰るなら家来いよ。」



「ざーんねん。あたしはこれから撮影なの。」



「また?」



「ハナダの売れっ子人魚姫だもの。」



「ふぅん・・・」




ポケットに突っ込んでいた右手をカスミの頭の後ろに回して引き寄せ、当たり前のように唇を寄せた。



「じゃあな。」



「うん。」



くるりと背を向け歩き出したカスミが、髪を揺らし顔だけをこちらに向ける。




「またね、サトシ。」




向けられた瞳はすぐに逸らされ、もう向けられることはなかった。



その瞳は色っぽくも、気だるげにも見えた。



俺は首をボリボリと掻くと、欠伸をしながらタケシの元へと足を向けた。



どこからか吹いてきた風に目を細めて、窓を見上げる。




「眠ぃー・・・」




まだ春の、だけど確実に夏へと変わりつつある空の色や風も、いつからか俺には退屈な午後を助長させるものでしかなくなっていた。





*****





「・・・本当タケシは真面目だよなぁ。」



「ん?何だ?」



「リーグバトルの打ち合わせなんて適当でいいじゃん。どうせ俺負けないし。」



「ふはっずいぶんな自信だな。まぁ確かに今のお前に勝てる奴はそうそういないけどさ、俺は任されたことをきちんとやりたいだけだよ。」



「きちんとねぇ・・。そういや、カスミも今日撮影だってさっき出てった。ここにも顔出しに来て撮影にも出向いて、よくやるよ。」




そう言うと、タケシは少し顔をしかめた。




「・・・そうかな、カスミもお前と変わらないよ。いや、むしろお前よりひどいかな。」



「え?」



「一応任された仕事はしてる。でもいつもへらへらと笑ってはいても、何も楽しくなさそうな冷めた顔をしてる。」




さっき振り向きざまに見せた気だるげな笑顔が頭をかすめた。




「・・・・」




「俺たちと離れて、何年も1人でジムに留まっていた時も同じ顔をしていたな。今の状況に戸惑うでも悲しむでもない、絶望さえしてない。仕方がないと全てを諦めたような顔で、作業のように毎日をこなすあいつが俺は一番・・・気にくわない。」




そう言って部屋を出て行ったタケシを目で追って、俺もその後部屋を出て一人帰路に着いた。




タケシの言っていることは何となくわかる。




悲しんでも何も元には戻らないと、嘆くことすら無意味だとでも言いたそうに、冷めた顔で笑うようになったあいつ。




そんな笑顔を作るあいつは、もうずっと前からこの空虚を知ってたんだろう。




それが俺と同じかは分からないけど。




俺はポケモンマスターになって、バトルを重ねるにつれ、どんどん俺と周りとの力の差が浮き彫りになっていって、挑んで来たトレーナーのほとんどは途中で戦う気力をなくして去っていってしまうようになった。



最初は苛立ってどうしようもなかった。


なんだよ。

どうして諦めるんだよって。

なんで、本気で戦ってこないんだよって。


そんな日を繰り返して、いつからかバトルを楽しいと思えなくなった。



バトルしたって、みんな失意のどん底のような顔をして俺の前から去っていくだけ。



俺は未だにその苛立ちから抜け出せなくて、どう対処していいか分からずに持て余したまま過ごしていた。



でもカスミは俺よりもずっと早く、何かを諦めているように見えた。



ずっと前からそのことに気づいてはいたけれも、俺は一度も耳を傾けることも、手を差し伸べることもしなかった。





「サトシ?」



「・・え?」



「どうかした?」



「あー・・いや、何でもない・・」




久しぶりのリーグ戦の帰り道。



やっぱり相手がまた途中でバトルを棄権し、不戦勝で俺はポケモンマスターの称号を守った。




「そう?あ、ごめん、メール入った。ちょっと見るね。」



カスミは携帯を開くと、「あーぁ・・」と気怠そうに声を漏らした。



「どうした?」



「前撮影の仕事したでしょ?また撮影をしたいって連絡がきた。この前のがよかったから今度は雑誌の特集組むことになったらしい。」



「そうなのか?よかったじゃん。」



「うーん・・・この前で飽きちゃったのよね。あたしにとったらゲームみたいなものだし。どうやったら簡単にすぐ終わらせられるかなって。・・まぁ、言われるまま動いていればすぐ終わるし、別にいいけど。」




冷めた目で苦笑するカスミを見て、俺は眉を寄せてしまった。




「俺、お前のその顔好きじゃない。」




思わず言ってしまって、まずい、と思いカスミの顔を見た。



さすがに怒るかと身構えた。



でもカスミは無表情のまま前を見てて、クスッと笑って俺を横目で見た。




「・・・あんただって、人のこと言えないくらいしけた顔してるじゃない。」




怒りもせずにさらりとそう言われてしまい、言葉もなく俺も道の前方へと視線を戻した。




黙ったまま歩き続け、ちょうど分かれ道に差し掛かると、カスミは俺の顔を覗き込んだ。




「ねぇサトシ。うち寄ってく?」



「ん?」



「明日、ジム休みなの。」




カスミを見れば、また色気を含んだ気怠げな目で俺を見ていた。




「・・あぁ。」







―――光のない目で、渇いた笑顔で。



―――あの頃お前には、どんな風に全てが写っていたのかな。








「ん・・・っあぁっ・・サト・・シっ」





俺の上で乱れて、惜しみなく声を上げる。




昔は恥ずかしがって顔を横に向けて、声なんてほとんど聞かせてくれなかったけど、俺が「見せて」と頼んだ姿。




カスミの一番無防備な姿が見れる、俺だけに許された時間。




ずっと、ずっと。



欲しくてしょうがなかった。





「あ・・っ・・んぅ・・はぁ・・も、もうっ・・」





・・・その はずなのに。







そっと、カスミの頬に手を伸ばした。





「サトシ・・・?」








―――俺たちが





こういう関係になったのは、俺が旅を終えて、ポケモンリーグに挑むためマサラタウンに帰ってきて数ヶ月が経った梅雨の終わり頃だった。




バトルが楽しかった。



笑い合える仲間がいた。




『サトシ!バトルしよ!バトル!』



『えーっまたかよ?しょうがないなぁ。』




・・初めての気持ちに必死だった。






毎日が目まぐるしく過ぎていったあの頃。




俺は確かに幸せだったんだ。





『好きだ』



『え?・・』



『好きだ』



『好きって・・・え・・・。
な、何っどういうこと?!』



『・・っだ、だからぁっ!』




顔は真っ赤だったと思う。


汗もかいてソワソワしてたと思う。


日が落ちてきた時に言ってよかった、とか思ってたっけ。




『カスミが好きだって言ってんの。キ、キスしたいとかそういう意味で・・』




カスミは青い目をまん丸にして、キョトンとして固まってた。




『べ・・別に俺そんな下心ばっかりでお前のこと見てたわけじゃないからな!
だけどそう思っちゃう自分もいて、仲間に対してそんなこと考えんの自分でもどうかと思ったっていうか・・。
でもやっぱりお前のこと気になるし、目で追っちゃうし。
ずっと一緒にいたから勘違いしてるのかとも思ったけど、ハルカ達にはそんなことないし、お前だから好きになったっていうか・・』




カスミの顔が全然変わらないから、すごく焦ってた。




『って何とか言えよ!!』



『へっ?』



『だから!気持ち悪いとか何でもいいから何か言えっつーの!無言とか一番気まずいだろ!』



『きっ、気持ち悪いとかそんなこと思ってない!!』




カスミに肩を掴まれて驚いて、その掴んだ手が震えていて、さらに驚いた。




『カスミ・・?』



『ち、違うの・・』



『え?』



『もう・・泣きそうなんだから、ちょっと待ってよ・・』



『な、泣く・・?』



『・・片想いだと思ってたし、ずっと友達だったから受け入れてもらえるとも思ってなかったし。しかも恋愛に無知のサトシだし・・』



『なっ・・』



『だから今はこのまま傍にいられたらいいって・・
いつかはきっぱり諦めるつもりで・・っ』



『お、おい、何の話だよカスミ』



『・・・から・・』



『え?』



『だからっ、私の方が前から好きだったんだからね!サトシのこと!』




顔を真っ赤にして、目に涙を溜めながら言ったカスミの言葉を理解するのに少し時間がかかった。




『ぶっ。ははっ、なんだじゃあ両想いか』




嬉しくても涙が出るんだなって、初めて知った。



俺も目尻に溜まった涙を拭いて、誤魔化すようにわしわしとカスミの髪を撫でた。




『けど聞き捨てなんないな。俺のが先だろ。』



『は?!あたしよ!』



『俺だって』



『初めてタケシと3人で旅してた時からよ?あたしの方が早かったに決まってるもん!』



『俺だってそうですー』



『違うもん!絶対それよりあたしのがっ・・・』





散々お互い言い合って、ゼェゼェ息を荒げた後



吹き出すように笑った。





『バカみたい。もうどっちでもいいわ。』



『じゃあ同時ってことでいいよな』



『わ・・・サトシ見て見て!』



『ん?』



『夕焼け、すごく綺麗!!』



『うわ、太陽が近ぇ・・』



『この丘の上から見るとこんなに綺麗なんだね。よく来てたのに知らなかった。』



『本当だな・・・。



・・・・・カスミ』



『うん?』



『・・キスしていいか?』



『え・・・?』




カスミを見てたら思わず言ってしまって、




『あ・・・ど、どうぞ・・』



『お、おう・・・』




もうカスミは俺のもんなんだって思ったら


また泣きそうになった。





頬に触れるとキュッと目をつむって、俺の服を握って来たカスミにさらに胸が高鳴って、優しく口付けた。




とにかく、とにかく、大事にしたいって思えた。


あんな気持ちは生まれて初めてだった。





『あー・・なんだその・・・
これからよろしくな・・』




そういうと、カスミが弾けるように笑った。




『こちらこそ、よろしくねサトシ!』




その、太陽のような笑顔が好きだった。








「・・・シ。サトシ?」



名前を呼ばれてハッとした。




「どうしたの・・?」



「あー・・何でもない・・よ・・っ」



「んんっ、あぁ・・」




頬に触れていた手を細い腰に回して突き上げた。




「あっ・・やぁ・・っ」





今もこいつのことは好きだと思う。




だけど――・・




以前のように触れるだけで満たされた気持ちは、どこかに行ってしまった。





「は・・んんっ」



「っん・・・おいカスミ、いきなり動くなよ」



「あんた・・が、余計なこと考えてるから・・でしょっ。集中してよ・・」



「は・・・悪かったな・・」




こうして拗ねるカスミも可愛いと思う。


愛しいと思う。


でも、もう前とは違う。




「ふっ・ひあ・・っ・・サト・・シ・・」




カスミが俺の方へと身体を傾けてきて、俺はその背中に手を添える。




「サト・・シ・・サトシ・・っ・・・」



「っ・・・・・」



「・・まだ・・まだ・・・あたし・・の・・」



「うん?・・何?・・・・お前が、どうしたって・・・?」



「・・・・ ・・・・でも、ない」




何か言葉をのみ込んだカスミに俺もそれ以上は聞かず、カスミの腰を掴んで追い上げていった。




「や・・・奥・・やだ・・・っんあ・・」





ドサリと身体を委ねて来たカスミの頭を、ゆっくりと撫でる。





「・・・・ねぇ、サトシー・・・?」





カスミは俺の胸に顔を埋めて息を整えながら、





「あたしたち、友達にもどろっか・・・・」






そう言った。






――――こいつも 同じだったんだろうか。





「・・・・あぁ」





――――自分の気持ちさえよく分からなくて





「そうだな」





――――何もかも どうにでもなれと思った。






*****




春の穏やかな温かさが満ちた頃、挑んでくる奴が来たらすぐに戻るから、という条件を飲んでもらい、リーグから離れて少し離れた場所まで旅をすることにした。




「サートシ」



「・・なんだ、カスミか」



「ふふ。とうとうここを離れるのね。」



「ちょっとの間な。最近バトルもしてないし、ずっとポケモンリーグにいたら腕が鈍るんだよ。」



「変なの。」



「まぁ、今はこの場所に何の未練もないしな。」



「寂しいこと言わないでよ。」



「お前だってそうだろうが。各地を回って人魚のショーをやるんだろ?」



「・・・まぁね。」





カスミは相変わらず、冷めた目で笑っていた。



・・・いつか、こいつにも昔みたいに笑える日はくるのかな。





「あたしね、サトシには感謝してるのよ。」



「は?」



「最後にそれだけ言おうと思って探しに来たの。」




涼やかな澄んだ風が、懐かしいカスミの髪の香りを運んでくる。




「長くは続かなかったけど、ここに戻ってきたサトシと過ごせて本当に楽しかった。

・・あんたと出会えて、夢中になれる夢も見つけて、一瞬でもあたしの人生が変わった気がした。」




ふふ、と小さくカスミが笑う。




「・・・本当に幸せだったの。だから、」





“ありがとう”





「・・・そっか。」



「よし、それじゃああたし行くわね。まぁ暇な時は連絡してよ。」



「してどうすんだよ?」



「冷たいなーもうー。
友達じゃない。たまには遊んでくれてもバチは当たらないと思うけど?」





・・・・“友達”、か。




なんか、すごい違和感。





「・・まぁ、どうしてもっていうならバトルくらいならしてあげてもいいけどな。」



「いいわよ?今度こそあたしが勝つわ。」




じゃあね、そう言って背を向けたカスミが振り返ることことはなかった。




『ありがとう』




そう言ったカスミの瞳に薄く溜まった涙は、ただの感傷的なものだったのか。




「・・ハァ、なんなんだよ俺。」





その時初めて感じた




あの日々が戻ることは永遠にないんだという実感に




少しだけ、胸が軋んだ。





to be continued・・

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