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◆Main
サクラ咲き、







ひらひら舞い散る桜の花びら。



夜空を照らす淡い光に照らされて、雨のように散っていく。



春の夜風が真新しい浴衣の裾をひらりとめくる。



風に吹き付けられた花びらが、浴衣に当たって、空に舞い上がる。



そんな桜を目で追いながら、
あたしは1人、桜に埋もれた階段に腰を下ろした。





・・・・・本当はこの景色を、

あいつと見たかった。







き、






最近、サトシがマサラタウンに帰ってきた。




ついに夢を叶えたのかと思って驚いていたら、単に10年にも渡る長い旅を一旦休憩するために帰ってきただけらしい。





らしい、なんてあたしが人事のようにそう言っちゃうのは、それをサトシからあたしが直接聞いたわけじゃないからで、


そもそも聞くとか話をする前に、あたしはあいつとまともに会ってすらいなくて。




せっかく帰ってきてるのに、なんて姉さんたちに言われていたけど




あたしはあいつに会いに行こうとは思えなかった。




何しろ10年近くも、全く会っていなかったんだから、今のあたしが昔のように帰ってきたサトシの所を尋ねて行って、
おかえり!なんて言いに行くのもなんだか変な気がしたし。




それにサトシから連絡もなかった。




知らせてくれたのはサトシのママさんだった。




『今ね、サトシが帰ってきてるのよ。』




嬉しそうなママさんに、あたしが『そうなんですか』と笑い返していたら




『ハルカちゃんや、ヒカリちゃんを連れてね、サトシったら毎日オーキド博士の家に行ったりして全然家にいないのよ。』




全く何のために帰ってきたんだか。と苦笑するママさんに、あたしはなんと言っていいか分からず




『元気そうでよかったですね』




なんて当たり障りのない返事をするしかなかった。




別にあたし達の関係が崩れたとかそういうんじゃなくて、ただ10年も時が流れれば環境が変わるってだけのこと。




今じゃあたしは自惚れじゃなくても、一人前のジムリーダーになった。






それに伴って周りに友達だって出来たし、
サトシのことを気にかける時間も、気付けばなくなっていた。




10年の間にあたし達の生活はそれなりに構築されてしまったのだ。




サトシのいない生活に、あたしは慣れてしまった。




ただそれだけ。




だからサトシが帰ってきた、と聞かされても
あたしはそこまで驚きはしなかった気がする。




「はぁ〜疲れた」




首にかけたタオルをそのままに、あたしはソファにバフッと倒れ込んだ。




顔を埋めたクッションからは春の太陽の匂い。



春がきたということは、新しく旅に出た挑戦者が一段と増える。




あたしは毎日忙しくジムの仕事に追われていた。




「カスミ〜、部屋にいるの?」




「あ、サクラ姉さん。」




部屋に入ってきたサクラ姉さんから「おつかれ様」とジュースを受け取り




あたしはグラスを一気に空にすると、サクラ姉さんを見上げた。




「ありがとう〜サクラ姉さん。ちょうど喉が渇いてたのよ。」




「もう、一気に飲むなんてお行儀が悪いわよ。」




「いいのっ。あたしは一仕事終えたばっかりなんだから。これくらい許してよ。」




ニッと笑ってみせたあたしに、
もう〜、なんて言いながら姉さんが髪を撫でてくれて




あたしはこういう子供扱いは嫌いじゃないな、と目を細めた。




「ところでカスミ。わたし達今日の昼には、家を出なきゃいけないんだけど。」




「あ〜はいはい。戸締まりには気をつけなさいって言うんでしょ?
子供じゃないんだから大丈夫よ。」




「あら、それは失礼したわね。
だってね、一応わたしたちも家のことはちゃんと気にしてるのよ。」




「よく言うわよ。昔からあたしを置いてよく旅行に行ってたくせに。」




しかも今回は1年でしょ?


とあたしがあからさまに厭味っぽくそう言うと




「フフッ。着替えは忘れないようにしなくっちゃねぇ。」




なんてすでに夢心地のサクラ姉さんにあっさりと流された。




窓に目を移せば、温かな陽気に誘われた桜の花びらがちらりちらりと窓の前を通りすぎていく。




「あ、そういえばねぇカスミ。」




「なーに?」




サクラ姉さんに返事しながら再びソファに横になったあたし。




そんなあたしを残して部屋を出ようとしていたサクラ姉さんは思い出したような口ぶりで続けて言った。




「今日ね、海の近くの神社で桜祭っていうのがあるらしいわよ。」




「へぇ〜、そんなお祭りがあるんだ。」




お祭りかぁ、ちょっと行ってみたいかも。




そうぼんやりと考えていたあたしに、サクラ姉さんは笑いながら驚くべきことを言った。




「せっかくだから、サトシ君と行ってきたら?」




「はぁぁ?」




あたしはソファから顔を上げニッコリ微笑んでいるサクラ姉さんを見た。




「なんでサトシが出てくるのよ?」




思わず訝しげな顔になったのは、別に嫌な気分になったとかそういうのではなく




「あら?だってサトシ君が久しぶりに帰ってきたってカスミ言わなかった?」




「それは言ったけど。」




お祭りと聞かされても、まるでサトシという名前があたしには浮かばなかったからだ。




だから、サクラ姉さんがサトシという名前を言った時、正直変な感じがした。




「だから、今日はもうジム閉めたんだし、久しぶりに会ってきたらいいのにと思って。」




何かいけないこと言ったかしら?
と、サクラ姉さんは顎に手を置いて小さく首を傾げた。




そんなサクラ姉さんに「ハァ・・・」、とため息を吐きだして




「サトシはたぶん、ハルカ達と行くだろうからいいわ。ケンジでも誘って行く。」




そう返事してから、


「気をつけて行ってきてね」


と今度こそソファに突っ伏した。






ーーひらひらと桜の花びらが舞う。




晴れ渡った青空に、映えるようなピンクの雨。




『なぁ、カスミ』




『何?』




桜の木が並んで立つ河原。


ふと立ち寄ったその場所で、サトシは足を止めた。




『桜の花びらってさ、なんかハートみたいだよな。』




無邪気な笑顔で、桜の花を指差しながらサトシはそう言った。




あたしは、


あの時なんて


返事をしたのかな。






「・・・・・ん・・・」




しばらくして、ふと目を開くと部屋の中はすっかり暗くなっていた。




「・・・・・・・・」




どうやらあたしはあれからそのまま眠ってしまったらしい。




とっくにサクラ姉さん達も出て行ったらしい部屋は随分と静かな空気に包まれていた。




「・・・どう考えても寝すぎよね」




仕方ないか、最近ずっとバトルばかりしていたんだから。




あたしは重い身体を持ち上げてまだ眠気の残る瞳を擦っていると




プルルルルルルル・・・・・・




「あ、電話だ」




家の電話が部屋に鳴り響いた。




「はい、もしもし」



「あ、カスミ。」




受話器をとると、画面に映りだされたのはケンジだった。




「なんだ、ケンジじゃない。」




「なんだとは失礼だなぁ。」




ガックリと肩を落として苦笑するケンジとは久しぶりに話をした気がする。




ケンジとは相変わらず今も関係は続いていて、誰よりもよく会う仲だった。




いつも結構行き来もしているはずなのに、
そういえばここんとこ1週間くらい連絡をとっていなかったような。




やっぱり最近忙しくしすぎてたかな、なんて呑気に考え事をしていたら、




「カスミ、今からお祭りに行かない?」




「え?あ、桜祭のこと?」




ケンジから思わぬ誘いを受けた。




「そうそう。それそれ。」




前から博士に聞いて行きたいと思ってたんだよね。とケンジは続けて言った。




よく見ればケンジの格好は浴衣姿にも見える。




随分楽しみにしてるみたい。




「それならよかった。あたしもちょうど誘おうと思ってたのよ。」




手間が省けたわ、と言いながらあたしは部屋のカーテンを思い切り開いた。




「よしっじゃあ決まりだね。カスミも浴衣着ておいでよ。」




意外にもお祭り好きらしいケンジの後ろにはカメラまで用意されているのが見えて、思わずあたしはクスクスと笑う。




「あたしはいいわよ。1人で着るのって大変だし。」




いつも手伝ってくれる姉さんたちがいないから、今日はいつも通りで行くわと言うと




「えー、たまには浴衣着なよ。去年もカスミ着なかっただろ。」




それに、とケンジは続けてこう言った。




「サトシも来るんだよ、お祭りに。」




「え?」




今日二度目に聞いたその名前に、あたしは少しの間固まった。




「カスミ、まだサトシに会ってないんだろ?」




ケンジはニコニコ笑いながら、固まるあたしを前に、楽しそうに話しを進めて行き




「カスミ、見たらきっとビックリするよ。サトシの奴、ちょっと見ない間に随分大人になってたから。」




何が嬉しいんだか、目を細めながらワクワクしたような顔でそう言った。




・・・・・なんなの。

今日みんな、サトシサトシばっかり。




「・・・・そ、う。」




あたしがそんなケンジに言えるのは気が抜けた返事だけで




「あんなサトシでもさ、やっぱ大人になるんだな。
ま、中身はサトシのまんまだけど。」




思い出し笑いするみたいに楽しそうに話すケンジにサトシのことを言われても
なぜか、別の誰かのことを話している風にしか思えなかった。




「じゃ、また後で迎えに行くから。ちゃんと浴衣着ててよ。ハルカたちもみんな浴衣着るらしいから。」




じゃあな、とプツンと切れた電話の前あたしは断りたいわけでもないし、かと言って行きたいわけでもないような、
複雑な思いで受話器を置いた。




窓の外の向こうでは、遠くの空が夕焼け色で染まり、桜の花びらが舞い散っていた。




to be continued

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