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◆Main
雨が止むまで




雨の音、雨空の匂い。



葉っぱからこぼれる雫、行き交う色鮮やかな傘の花。



それを眺めながら一緒に雨宿りをしたバス停。





『ねぇサトシ。』





あれはいつのことだったっけ。





『人ってね、ほんの小さな水溜りでも溺れることがあるんだって。』



『え?水溜りで?』



『うん。』



『なんだそりゃ。それよっぽど鈍臭い奴だけだろ。』




そうだ。あれは――・・・




『フフ。そうかもね。』






俺たちが初めてキスをした日だった。







the first rain






「よし、今日はこのへんにしとくか。練習だけど2人ともバトルはなかなかいい内容だったと思うぞ。」



「あぁ、久々にこいつらも調整出来た気がするぜ。」



「あ〜ぁ、サトシが寝坊しなければもっと練習出来たのに。」



「わ、悪かったよ・・」



「まぁまぁ。それぞれ手応えも反省点もあるとは思うが、まだ時間はある。カスミはジム戦、サトシはポケモンリーグまでに仕上げていこう。
じゃ、今日は解散な。」



「なぁタケシ、今日ってまだここ使えるのか?」



「ん?あぁ、今日は19時まで使っていいそうだ。」



「お、じゃあ練習してくかな。」



「相変わらず熱心だな。でも確か夜は雨の予報になってたから、ほどほどにな。」



「わかった。」



「そうなんだ。あたし傘持ってきてないわ。」



「って。お前も残るのかよ!」



「じゃあ2人とも気をつけてな。また明日」



「おう。じゃあカスミ、もう一回さっきのギャラドスの技見せてくれないか?」



「言うと思ってたわ。でもギャラドスを休ませてあげないと。」



「頼む!1回だけでいいからさ、な?」



「もうしょうがないわねー。近くのお店のチョコレートパフェで手を打つわ。」



「現金な奴。」



練習を始めると、俺たちはたちまち時間を忘れて打ち込んでしまい、



案の定気付いたら時間ギリギリで、外に出ると――・・・






「ってめっちゃくちゃ降ってるじゃん!」



「うわぁー・・ここまで降るとは予想外ね・・・」




さっきまでの晴れ模様が嘘のように、たたきつけるような土砂降りだった。




「仕方がないわね。弱まるまでここで待ちましょ。」



「ハァ・・そうだな。」





特に話すわけでもなく、ぼんやりと雨を眺める。



大きな屋根の下で、雨の音だけが聞こえてくる。



何年ぶりかの再会なのに、静かな時間もただ心地よく流れていく。



こんな穏やかな時間久しぶりだ。


あぁ帰ってきたなぁって感じる。




それはカントーにいるからなだけじゃなくて、カスミの隣にいるからだってこと、今では分かる。




これが好きとかっていう、そういう気持ちなんだってこと、分かるくらいには俺も大人になった。




雫が落ちるたび揺れる葉っぱと、地面に出来ていく水溜り。



こんな雨の日、俺は必ずあの日を思い出す。



しかも今日はカスミもいるから、さらにあの日を彷彿とさせる。



・・・・カスミは、あの日のことを思い出したりすんのかな?




あの日、いつものように何気ない話をしていて。



雨宿りをしていたのは俺たちだけだったから、まるで2人だけの世界にいるような感覚で。




『そうかもね』って微笑んだカスミと目があって、しばしの間見つめあった後。




気づいたら――・・顔を近づけてキスをしていた。



その後すぐにバスが来たから、俺たちは何もなかったかのようにバスに乗り込んで、バスの中では一言も話さずにポケモンセンターに帰ったけど。




でも気づいてた。



お互い照れ臭くて顔を合わせられなかったこと。



お互いの頬が赤く染まっていたのを見られないようにしていたこと。



あの日、カスミはどんな顔をしてたのかな。



あれから随分と経ってしまったけど、



今のカスミの目に、俺はどう写っているのかな。





「・・ひっくしゅん!!」




カスミが突然クシャミをして、俺はビクッと身体を揺らした。




「さむい・・・」




そしてブルッと体を震わせたカスミを見て、俺は重い口を開いた。




「・・・あのさ、」



「うん?」



「俺ん家こっから近いから・・とりあえず来いよ」




柄にもなく勇気を振り絞って誘った俺に、カスミは気づいていただろうか。





――――――




「お邪魔します」



「おう。」




玄関の扉が閉じた時、カスミが俺の家にいることに緊張を覚えた。



それを隠すように平然と洗面台に行って、タオルをひっつかむ。




「サトシ、本当に一人暮らししてるのね・・」



「え?俺言ってただろ?」



「そうだけど、今実際に見て実感が湧いた。」



「なんだそりゃ。近いって言っても結局ずぶ濡れだな。まー雨止むまでゆっくりしてけよ。ほらこれ使え。」



「わぶっ」



タオルを投げたら頭からかぶるように乗っかって、変な声を出したカスミに吹き出してしまった。



「もうー、何すんのよいきなり」


「フハッ、何て声だしてんだよおま、え・・」




タオルから覗いた、濡れた前髪と白い肌、湿った唇が目に入り、不意打ちをくらった俺の心臓がドキッと高鳴った。




――ドキッてなんだよドキッて・・!




「ほ、ほら早く拭けよっ、風邪引くぞ」



ガシガシっとカスミの頭を乱暴にバスタオルで拭きまくった。



「わっ、ちょっと・・!」



俺の手から逃れると、カスミがタオルの被ったまま恨めしく俺を見上げた。




「もうーっ何なのよさっきから。痛いじゃない。」




その上目遣いに俺は更に心臓が高鳴った。




――だからドキッて何なんだよ・・!心臓がうるさい!平常心平常心・・!




「と、とりあえず、これ着とけ!」



「わっ。これサトシの?」



「うん。大きいかもしんないけど、濡れてるのよりはマシだろ。」



「・・フフ、ありがとう。」



「なんだよ。」



「なんだかサトシ、お母さんみたい。」



「お母さん?!」




お母さんって・・・

俺、男として見られてんのかな・・




「サトシ」




ショボンと肩を落とす俺の頭の上に、ふんわりとタオルがのせられた。




振り返ると、大きな目をクリクリさせてニッコリ笑ったカスミがいて




「・・・カスミ?」




スッと距離が近くなり、カスミはそのまま両手を伸ばしてきて、




「サトシも、濡れたままじゃ風邪引くよ?」




俺の髪をタオルの上からクシャッと撫でた。




「・・・サトシが寝込んだりして、一緒にいられる時間が減るのは嫌だからね。せっかく帰って来たんだから。」




思わず目を見開いて、すぐに何とも言えない顔になっていくのが自分でも分かった。



あ――・・・まずい。



さっきから不意打ちでドキドキして、とどめに突然そんなことを言われては、もうダメだ。




「カスミ・・」




タオルを被ったままスッと手を頬に伸ばし、目元に指を滑らせると、くすぐったそうにカスミが目を閉じる。





「サトシ・・?」




スッと開いたカスミの目を見つめながら、

俺はそのままカスミに顔を近づけて、

キスをした。




――そっと触れた唇は、あの日と同じように柔らかくて、カスミの熱を感じた。




ゆっくりと顔を離すと、目を丸く見開いたカスミが俺を見上げる。




「・・・えっと、なんで・・・?」



「さ、さぁ・・・?」




キョトンとしたカスミに、俺は思わず顔を反らした。




「なんか勝手に身体が動いたっていうか・・・その、ごめん・・」



「・・・・」



「わ、悪かったって・・!怒っていいからなんか喋れよっ」




体は勝手に動くくせに、素直に口には出せない。



自分でも情けないとしか言えないけど、どう伝えていいのか、自分がどうしたいのかがまだわからなくて。




眉を寄せて顔を背けつづける俺の腕を、カスミがグイッと引っ張った。




――え?




その瞬間重なったカスミの唇に、今度は俺が目を見開いた。



つま先立ちになって、俺にキスをしてきたカスミ。



自然とその背中に手を回して身体を支える。



ゆっくりと顔を離していくカスミと、すぐ近くで見つめ合う。




「・・・・・なんで?」



「・・・さぁ、どうしてでしょうね。」




さっきと同じ会話を繰り広げるカスミの肩に優しく触れると、




「勝手に身体が動いたの。」




カスミはいたずらに笑って、俺の背中に腕を回して顔を埋めてきた。




「・・・んだよそれ、マネするなよ。」



「マネじゃない。」



「あっそ・・」




――――外は雨。




「あー・・・腹減ってきたな。なんか食う?」




――――止む気配はまだ、ない。




「・・・うん。」




――――あぁ、



この雨がずっと止まなければいいのに。







――――night of the first rain――――





同じベッドで眠るカスミの顔を見て、俺は思う。





な、何でこんな状況になってんだ・・・





――遡ること3時間前・・



相変わらずの空を、2人でベランダから眺めていた。




「止まないな・・」



「止まないわね・・」



「・・もし止まないなら、泊まってくか?」



「うん、そうさせてもらおうかな。」




困ったように笑ったカスミに、グッと胸が締め付けられる。




「い、家に、連絡入れとけよな!」




――か、かわいいなんて思ってないぞ、思ってないんだからな・・・!




・・・あ、でもそういや俺、自分用の布団しか持ってないや。




「あーーっと・・お前ベッド使えよ。俺はソファで寝るから。」



「え、それはダメよ。」



「・・へ?」



「急にお邪魔してそこまで図々しく出来ないわよ。」



「いや、いいって。体冷やした上に、無理な体勢で寝て体壊したら困るだろ。」



「・・・・・」



「だから、ベッド使え。俺のことは気にすんな。」



「・・・・・わかった、借りるわ。でもそのかわり条件があるの。」



「条件?」



「そう。」




クイッと俺の服の裾を引っ張って、




「サトシも一緒に寝るの。」




とんでもないことを言い出した。




「は?!せ、狭いだろ!!」



「大丈夫だよ。サトシのベッド広いじゃない。」



「や、でも・・ていうか、まずそういう問題じゃなーー・・」



「・・嫌なの?」



「・・っ!」





ーーーーそして今に至る。




・・・おかげさまで、全然眠れない。




恐る恐る横を見れば、目の前にスヤスヤと眠るカスミの寝顔がある。




「・・・気持ちよさそうに寝やがって。」




ーー・・・キレーな顔だな。




ずっと昔のあの頃は、隣で寝ててもなんともなかったのに・・




目線が下にすべり落ちて、カスミの唇を捉えた。




もう一度触れたい・・・



唇だけじゃなくて、もっとーー・・



「・・っ!」



その瞬間ガバッと俺は起き上がった。





ーーったく、俺は何考えてんだよ・・・!





「くそ・・・頭冷やしてくるか・・・」




ベッドから出て、そっとカスミの頭を撫でてから、俺は寝室を出た。





ーーーーーー




優しく頭に触れた手が離れていき、

扉が閉まる音が聞こえて、

ゆっくりと瞼を開いた。






・・サトシの手はあったかい


けど


優しすぎて少し辛い。







『ほ、ほら早く拭けよっ、風邪引くぞ』




『いや、いいって。体冷やした上に、無理な体勢で寝て体壊したら困るだろ。』





それはサトシだって同じなのに。



言葉は足りないし、仕草は粗いけど。



昔から、本当に、本当に、優しい人。





『ねぇサトシ。人ってね、ほんの小さな水溜りでも溺れることがあるんだって。』



『え?水溜りで?』



『うん。』




そう、水溜りのようなーーーー



些細なそんなものでもーーーー




『なんだそりゃ。それよっぽど鈍臭い奴だけだろ。』




溺れるのには十分でーーーー




『フフ。そうかもね。』




それはサトシが言うように救いようのないことなのかもしれないーーーー



けどーーーー




『まぁー・・でもさ。』



『うん?』



『例えばお前が溺れても、俺がすぐ心肺蘇生でも何でもして助けてやるよ。』




ほんの一瞬、唇が触れた後

優しく頭に触れた温かさが、

じんわりと心に広がっていく。




その温もりを追うように、

自分の髪に触れた。




結局のところそうなんだーーーー




『・・じゃあいつ溺れてもいいように、ちゃんと近くにいてね。』




あたしを溺れさせるのもーーーー


溺れたあたしを蘇生するのもーーーー


全部全部、サトシなんだーーーー





「サトシ、早く戻ってこないかな・・」




だから、いつまでも待ってるからね。


いつか君の口から聞かせて。


晴れた青空のように、


嘘のない真っさらな君の気持ちを。






end


久しぶりの更新になりました。
時間があったときに書いていく、気ままなサイトですが、よかったらまた訪れてください(^^)

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