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冬に咲く桜2
友達以下になるのが怖かったんだ。
冬に咲く桜
「もう冬か・・。」
ガヤガヤとほどよく騒がしい店の中で、ふと目に入ったカレンダーを見て思わず口から溢れた。
あの日。好きだと自覚したのと失恋を同時に経験した日から、何もかもまったく変わらないまま数ヶ月が過ぎた。
いい意味でも、悪い意味でも。
全く変わらない。
「ねぇサトシ、聞いてる?」
「へ?」
いつもの店で、いつもの料理と、いつもの話題。
「あー、聞いてる。聞いてる。」
「もうっ生返事じゃないの。」
「ちゃんと聞いてるっつーの。」
いつも通り、カスミの前で
俺はカスミの“いい友達”をする。
「・・・もう、どこまで話したか忘れちゃった。サトシのせいで。」
「俺のせいかよ。」
「そうよ。」
少しむくれながらオムレツに箸を伸ばすカスミを、肘をつきながらちらりと見遣る。
(睫毛、長・・・。)
伏し目になった顔に思わず魅入る。
まるでキスをするときみたいな、ちょっと色っぽくも見える綺麗な表情。
こんな顔を、彼氏は近くで見れるんだよな・・
「ねぇ、それでどうしたらいいと思う?」
「へ?あ、あぁ・・・・えと、なんだっけ?」
「だから、キスするときって女の子はどうすればいいと思う?女の子からするのは変?男の子はシチュエーションとか大事にするもの?」
「あ、あぁ、そうだった、その話、ね・・。」
そうだった。
今そう聞かれたから、こいつの顔見て変なこと考えちまったんだった。
一口お酒を口にして、俺は無理やり笑顔を作って顔を上げた。
「さぁ、好きな人とならシチュエーションも大事にしたいもんなんじゃないか?ていうか、お前もついに恋人らしいことする時がきたんだな!」
「ちょっとっ、茶化さないでよね!こっちは真剣に聞いてるの!」
「いや、俺に聞かれてもなぁ・・。
相手もそろそろって思ってるなら、自然とそういう雰囲気になるんじゃないか?相手に任せとけよ。そんな雰囲気を作ろうとすると逆にぎこちなくなりそうだしな。わかんねぇけど。」
「でも今まで1度もそういう素ぶり見せなかったのよ?」
「そりゃ、大事にしたいと思ってるからあっちも今までしなかったんだろ。」
「サトシも、もし好きな人がいたらキスは大事にする?」
「俺?俺は・・・」
目の前のカスミの顔を見てから、手にしたコップに視線を落とした。
「・・かもな。」
たらればの話をしたって、結局浮かぶのはカスミの顔だ。
ーーカスミと恋人になれたら
ーーキスができたら
・・・もっと早く気づいていれば・・
そいつよりも先に俺がカスミに好きだと告げていたら、何か変わったのかとか。
「ていうか、彼女いない奴にそんなこと聞くなよ。」
苦笑まじりに分かるわけも叶うわけもないその想像をかき消した。
「・・サトシはいないの?」
「うん?何が?」
「だから、好きな人。」
「・・・いないよ。」
「ほんとに?」
「嘘ついてどうすんだよ。」
「ほんとのほんとに?」
「どうしたんだよ。俺に好きな人がいないのってそんなに変か?」
「だってたまにはサトシの話も聞きたいじゃない。今までたくさんいろんな人と出会ってきたでしょ?そういう人はいなかったの?好きになりそうな人とか。」
「・・いない。ていうか、好きになりそうだとかそんなんどうやって気づくんだよ。」
俺はずっと長い間気づけなくて、最悪なことに好きな人に彼氏ができたと言われて初めて自分の気持ちを知った。
いつから俺はカスミを好きになっていたのか、例えばきっかけはなんだったんだろう。
考えてみてもさっぱり分からない。
「そうね・・」
ぐるぐると考え込んでいたら、カスミがグラスを触りながら口を開いた。
「・・たとえば、バトルを見てほしい人はいない?」
「え?」
「ほら、一番応援してほしい人とか、自然と考えてしまう人とか、会えると特別に嬉しくなる人とか・・いない?」
そう話すカスミの言葉に、俺は頭を抱えたくなった。
カスミの横顔を見ていられなくて、俺は酒を口に運んだ。
「それ、彼氏を想像して言ってんの?」
「・・・さぁどうかな。」
カスミの笑った声がそうだと言ってるようで、また心臓あたりが痛くなった。
「・・いないよ、そんな人。」
“カスミ以外にそんな人はいない。”
そう言えたらどんなにいいか。
だってカスミが言ったことは、俺がずっと感じてたことだ。
ポケモンリーグに挑む時も、ジム戦で勝った時も、いつも後ろを振り向いた時、ふとハルカやヒカリにカスミの姿を重ねることがあった。
離れたのはカスミだけじゃないのに、会う機会が減ったことや今なにしてんだろとか、ふと考えてしまうのはカスミだったし、急な連絡がきたときも誰からの連絡よりも嬉しかった。
カスミのこと、俺は前から特別にしてたんだ。
カスミが自分にとってそんな存在だってことが当たり前すぎて、全然気づかなかった。
(何やってんだ俺は・・)
思わず腕に顔を埋めた。
「サトシ眠いの?」
そうとは知らずにカスミのキョトンとした声が降ってくる。
「んー・・」
何も知らないカスミの前で、この気持ちの泣き言なんか言いたくない。言えない。
けど、今顔を上げて平然と笑えるほど器用じゃない。
眠いフリをしていたら、カスミは少しクスクスと笑った。
・・−−そして優しく髪に触れられた。
「あんたはいいわね。まっすぐ目を見て、真剣に口説くだけできっと誰でも落とせる。」
好きってだけで、こんなに傷つくことがたくさんあるんだとは思わなかった。
カスミから聞いてたキラキラしてる恋愛映画とは似ても似つかないくらい、この気持ちのせいで俺はどんどん追い込まれていく。
好きでなければきっと傷つくことのない言葉なのに、なんでこんなに辛いんだ。
好きだからこそそれが顔に出せない。
これ以上俺にどうしろって言うんだ。
「あたしが保証するわ。すぐにステキな恋人ができる。だから元気出して。」
そうとは知らずに、カスミは俺に優しいつもりの言葉をかける。
さっきまで俺、カスミの前でどんな顔してた?
もう自分のことすらよくわからない。
「寝ちゃったの?もう、まーた前みたいに酔い潰れたりしないでよ?」
やめてくれ。
あの時の話をしないでくれ。
「あんたってば急にバカみたいに飲み始めて、泣き出したりするから、まるで失恋しちゃった女の子みたいだったわ。
ま、あんたに女の子みたいなんて似合わない例えだけどね。」
クスクスと楽しそうに笑うカスミに、理不尽な怒りが湧いてくる。
・・・何で俺の前で笑ってられるんだよ。
もう俺は昔みたいにお前のいい友達なんかじゃないんだよ。
「サトシ?」
お前知らないだろ。
俺がお前を−−・・・
「・・なぁカスミ、俺で練習すれば?」
「え?何?」
どんな目で見てるのか−−・・
「だから恋人っぽいこと。キスも、その先も。」
カスミの顔が固まって、すぐに目が逸らされた。
「冗談やめてよ・・」
「俺は本気だぜ。なんだったら今からでも。」
「な、何言ってんのよ。もう、また呑みすぎたのね。」
「お前がいろいろ教えてほしいって言ったんじゃんか。」
「・・・そ、そういう意味じゃない。」
「ダラダラ話してたってしょうがないだろ。
どうせ彼氏とするなら、俺とやったって一緒−−・・」
「もういいっっ!!」
カスミはバンっとテーブルにお金を置いて立ち上がった。
「あたし帰る・・・っ」
カスミが走り去っていくのを見て、力が抜けるようにテーブルに突っ伏した。
これで、今までの全てが台無しだ。
あいつが望む形の「友達」をうまく演じてきたのに。
「だっせぇ・・・・」
実際は好きな人の幸せも願ってやれない、出来損ないな友達なんだ。
−−・・その日以来、カスミからの連絡も誘いも来なくなった。
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