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◆Main
この先もずっと






きっと、この先も君と。





まだ瞼が重い朝、歯ブラシを取り出して歯磨きを始めたあたしの横を、ドタドタと慌ただしい音が駆け抜けた。




「やっば!遅刻する!」




ドンっと玄関に腰を下ろして、靴紐を結んでるだろうその姿を目に浮かべながら、見送りをしようと口をゆすぐためコップに水を入れた。




「カスミー!行ってくるなぁー!」




返事が出来なくて、その瞬間玄関がシーンとなる。




「カースーミィィーー!!!」



「っ!聞こえてるってば!!」



「あ、ごめん。歯磨き中だったか」




たまらず歯磨きを持ったまま飛び出したあたしを見て、サトシは安心したように笑った。




「あれ?今日は随分早いのね?」



「あーうん。今日はなんか遠くまで撮影に行くからちょっと早めに出ろって。」



「そうなんだ。気をつけて行ってきてね。」



「ありがと。…なぁカスミ?」



「うん?何?」



ちょいちょい、と笑顔で手招きされて近づく。



「ちょっとしゃがんで。」



「もう何よいったい―――・・」




口元を手で拭われて、キョトンとなった。




「歯磨き粉、ついてたぜ。」




ニヤニヤした顔で言われて思わず赤くなる。




「っ、あんたが急に呼んだからでしょー!」



「いだだだだ、ごめん!ごめんって!」




ぎゅむーっと強くほっぺをつまむと、サトシは眉を下げてへへへと苦笑いした。




・・全く、朝から人の気も知らないで。




「時間は大丈夫なの?」



「あぁっ大丈夫じゃなかった!じゃあ行ってきます!・・・あっ!」




慌てて飛び出そうとして、サトシがピタリと止まる。




「ごめん言い忘れてた。今日撮影と取材の後打ち上げがあるんだった。」



「打ち上げ?じゃあ今日は遅くなるの?」



「うん、たぶん遅くなるかな。俺の特集ページを組んで今度ので5周年記念だとかって盛り上がってた。」




・・そっかぁ。もうそんなに。




うぅーと唸りながらサトシがガバッと抱きついてきた。




「あーぁっ今日は早く帰ってカスミとイチャイチャする予定だったのになー」



「そんな予定聞いてないけど?ていうかいい加減遅れるんじゃない?ほら早くしないと。」



「つめたぁーっ!」




口ではふざけてても本当に残念に思ってるのかサトシが離れなくて、あたしはそっと顔に触れて頬にキスをした。




「明日はお休みなんでしょ?今日は頑張って仕事に行ってきて。
・・で、明日は2人だけでゆっくりしましょ?」



そんなあたしを見て、サトシがみるみる目を見開いて眉を寄せた。



「もーっカスミは俺をこれ以上どうしたいんだよっ!」



「はい?」




サトシは泣く泣くと言わんばかりにあたしから離れて、やっとドアを開けた。




「よっしゃ!絶っ対に出来るだけ早く帰ってきてやるぜっ!ちゃんと待ってろよカスミー!」



「はいはい。行ってらっしゃい。」




ドアが閉まるのを見送って、リビングに戻り静けさが戻った部屋を見て、いつもの平和な朝の始まりを感じて目を細めた。




「あたしも行くかな。」




ポツリと呟き、あたしも服を着替えようと部屋を出た。






―――――




「あら。カスミ?」



「あ、おはようサクラ姉さん。」



「おはよう。今朝は早いのね。」



「うん。サトシが早いからあたしも早めに出てきちゃった。」



「あらあら朝から惚気ちゃって。」



「そ、そんなつもりじゃないんだけどな・・」



「ボタンも結婚を控えてるし、わたしも頑張らなくっちゃ。」



「え?サクラ姉さん結婚したいの?」



「そりゃそうよー。可愛い花嫁さんは女の子みんなの憧れでしょー?わたしもいい大人になっちゃったしねぇ。」



「そんな。サクラ姉さんは綺麗だしまだ若いんだからまだ焦らなくても。」



「相っ変わらず甘いわねーカスミ。」



「あら、ボタンおはよう。」



「あのねぇ1年なんてあっという間なのよ。気づいたらどんどん年を取ってくんだから。わたしの周りも、結婚なんてしないなんて言いながらどんどん結婚しちゃってんのよ?あんたもボケッとしてる暇なんかないんだからね。サトシ君とそういう話はしてるんでしょうねぇ?」



「えっ、と。えへへ・・・」



「あんたねぇ・・。あれだけ長い間待ってたんだからよく分かってるでしょ。時間なんてあっという間に過ぎるの。その間に人も気持ちも変わってしまうことだってあるんだから。ボヤッとしてちゃサトシ君に逃げられちゃうわよ?」



「はいはい。それくらいにして、もう朝ごはん食べちゃってちょうだい。いやねぇほんと、朝からイライラするところ、おばあちゃんにソックリなんだから。」



「だっ誰がおばあちゃん似なのよ!サクラ姉さん!」



「カスミも朝ごはんよかったら食べてね。」



「うん、ありがとう。」




部屋を出て行く2人の背中を見つめてから、少しだけ俯いた。




「・・・確かに、そうかもね。」




ずっと一緒にいられる確証なんてない。


あたしはあたしのままで、一体どこまでサトシといられるかな。



・・・って。



まだ今日が始まったばかりなのに、何暗いこと考えてるんだか。




毎日何も変わらない。


そんな朝が今日は少し切ない。





―――――




「サトシぃ〜、呑んでるかぁ?」



「・・つーか、みんな呑みすぎっすからね?!マジで加減してくださいよ?!」



「え〜?なんだよこの祝いの席で寂しいこと言うなっての〜」



「ったく・・」



「あー!主役がなんでジンジャーエールなんて呑んでるわけ?!」



「げっ。バレた・・」



「おい何だよ今日はお祝いだぞ?」



「いやいや休憩だって必要じゃないですか。」



「いいじゃないですか。サトシ君明日オフでしょ?わたしも何か頼むから一緒に何か頼んであげましょうか。」




俺の腕を掴んでニコッと見上げるように笑ってくるこの人、名前なんだっけな・・。



たまらず俺は苦笑いした。




「ミワコさん、そいつ彼女いますよ?」



「えーっそんなのわかってますよぉー!わたしだって彼氏いますもん!」




はぁ、カスミ何してるかなぁ・・・。




「え!そうなの!?」



「なんでタクさんがショック受けてんですか」




よし、そろそろ帰ろ。




「サトシ!お前俺の酒に付き合え!」



「へ?」



「呑むぞ!お前もじゃんじゃん呑め!そして頼め!」



「ちょ!マジで無理!ほんと勘弁してくださいよーっ」




―――――




「・・・・で?なるべく早く帰ってくるって言ってなかったっけ?」



「はれぇ〜?カスミぃ〜おはよぉ〜」



「もう何してんのよ。うっ、お酒くさい・・」



「うん〜?」



「サトシ立てる?」



「ん〜。カスミちゃ〜ん」



「はいはい、カスミちゃんですよ」




よしよしと背中を撫でた瞬間それに気づいた。



・・・香水の香りがする・・・。





―――サトシは昔から、



いつも光の中にいる人だった。




夢や希望て溢れてキラキラしてた少年から、たくさんの経験を経て大人になり、夢を手にした。



たくさんの人を惹きつける彼は今ではテレビや雑誌の仕事も増えて幅広く活躍している。



――もしもあの日サトシがあたしの自転車に乗って走り去ることがなかったら



「ん〜・・・カスミぃ〜・・・」



こんな姿を見ることなんてなかったんだろうな・・。




ソファで寝転がる無防備なサトシ。
このまま朝まで起きなさそうなくらいよくスヤスヤ眠ってる。
そんな彼からはまだかすかに甘い香水の香りがする。



・・・仕事の付き合いなのはわかってるけど、
やっぱり面白くはないな。




「んー・・・カスミ?」



「あっ。サトシ大丈夫?今おみずもってくるね。」



のっそりと起き上がって、頭が痛むのか頭を抑えてる。



「サトシ?飲める?」



「うん・・飲む・・」



「今日は随分呑んだのね。お疲れ様。」




コクコクと静かに水を飲むサトシの頭をふわりと撫でた。




「サトシ、それを飲んだら今日はもう休みましょう?」



「えーやだ」



「わ。ちょっとコップ持ったまま抱きついたら危ないでしょ。」



「いだいっ」



コップでコツンと頭を小突くと、サトシは甘えたように大げさに痛がった。




「なぁカスミ〜イチャイチャしたい」



「今日はもう遅いし、遠出してつかれてるんでしょう?」




サトシが子犬みたいな目で見上げてくる。
でも顔が疲れてるように見えるのは気のせいじゃないはず。




「今日はもう休みましょ・・ってうわっ」



「ん〜っカスミだぁ〜」



「お、重い・・・」



「へへへ」




ソファにのしかかるように押し倒されたあたしを、サトシがひょこっと顔を上げて笑った。



まるで甘えんぼうの大型犬みたい。



「もう〜・・・」



つられて口元に笑みがこぼれた。




「あっ!笑った!」



「え?」



「だって今日一回も見てなかったから。カスミの笑った顔!」




そう言われて、そういえばそうだったかもと今日を思い返してハッとした。




「今日はあんまり元気なく見えたし、ちょっと心配だったんだ。」




スッと頬に手のひらを優しく添えられて、あたしはスリと頬を擦り付けた。




「何か嫌なことでもあった?」



「・・・・。サトシ、今日は打ち上げ楽しかった?」



「へ?えーと、そりゃあ俺の撮影の打ち上げだったし、楽しかったけど・・」



「そっか。可愛い女の子もたくさんいたんでしょうね。」




サトシがキョトンと瞬きをした。




「え?えーーーっ!カスミいきなりどうしたんだよ?!まさか・・・・ヤキモチ?」




キラキラとした目で見つめられて、居心地が悪くて目をそらした。



「・・そうだよ。ただのヤキモチだよ。」



「カスミ?」



「・・すこし不安になっちゃって。サトシはすごく人気者だから。でも、もういいの。」




――あたしなんて霞んでしまうたくさんの光が、サトシの周りには溢れていて、



奇跡が重なって今は一緒にいる。



この先どうなるかなんて分からないけど、もしかしたら・・・





「ちょっと待った。」




サトシが不服そうな顔であたしを見下ろした。




「何1人で自己完結してんだよ。」



「え・・?」



「全っ然よくないんだけど。」




間近で顔を覗き込まれて、あたしはまるで腕の中にとじこまれたみたいに動けなくなった。




「お前、今しょうもないこと考えてただろ。諦めてた顔してた。」



「・・サトシ、あんた酔っ払ってたんじゃ・・」



「んな顔されたら一気に酔いも醒めたっつの。」



「そ、そっか・・・」



「・・・俺は、カスミ以上に大事なものなんて何もないんだよ。今の仕事だってそりゃ楽しいよ。でもお前が気になるなら別に辞めて別の仕事探したっていい。
こんだけ一緒にいるのに分かんないかな。
俺はカスミがいればそれだけでいいんだよ。」




サトシの真っ直ぐな瞳が、ほんのすこし涙で滲んでいて、言葉が出なかった。



――サトシの言葉が、これ以上ないってくらいあたしの全てを満たしていく。




「そんなの、許しません」



「痛っ」



照れ隠しのようにおでこを弾いて、痛がるサトシの頬にそっと触れた。



「ごめんなさい。サトシにそんなこと言わせてしまったのはあたしのせいなんだけど、やっぱりサトシにそんなこと言って欲しくなくて。」



「・・・」



「確かに不安になることもあるけど、それ以上にサトシが今まで頑張ってきたことを、あたしは応援したいの。」



「カスミ・・」



「だからそんなこと言ったら怒るからね。」



「・・ん」



サトシがふわりと口許を緩めた。



「でも覚えといて。」



そしてあたしのおでこに自分のおでこをそっと近づけてきた。



「今までも、これから先もずっと、俺の一番は何があってもカスミだから。」



コツンと合わさった部分から、サトシの体温が広がる。



「俺ってそんな頼りない?不安なこととか、嫌なこととかあったらちゃんと言って。1人で悩むとか絶対許さないから。
・・・あとさ、カスミ。」



サトシのまつ毛が端整な顔に影をつくる。
そんなものさえ、胸をときめかせる。



「不安なのも、離れられないのも、本当は俺の方なんだよ。」




眉を下げ、苦笑いを浮かべてそう言った言葉を聞いて、いろんな景色が頭を巡った。





――まだサトシが旅をしてた頃、こっちに帰って来た時の待ち合わせ場所で、ファンの女の子達に囲まれた彼を遠巻きに見ていたら、
あたしに気付いて、嬉しそうに満面の笑みで走って来てくれた姿を。




――自分の特集記事をあたしに見せて、満足気に笑った顔を。




――テレビに映る彼をすこし遠く感じて見ていた時、起き抜けの後ろから抱きついてきてあたしの前で見せたいつもの笑顔を。





――――・・・あぁなんだ。



いつだって隣はあの頃から変わってない。



あたしは、



こんなにも愛されている。




「・・・サトシ」



「ん?」



「分かったから。いい加減重いよ。」



「え!ひど!!なぁ、本当に分かったんだろうなぁ?」



「うん、もう大丈夫。」



「・・ほんとかよ。」



「なんか、不思議・・・。気づかない内にサトシからたくさんの思い出も気持ちも貰ってたんだね。
付き合い始めた頃はね、全部が初めてで、早く時間が過ぎて全部当たり前になればいいのにと思ってたのに。
いつのまにかほんとにそうなってて、なんかそれに気付いたら嬉しくなった。」




少し照れたように目を見開いてるサトシに、思わず笑みがこぼれて手を伸ばす。




「今までも、これからも、ずっと一緒にいてくれるんでしょう?」



首に手を回したあたしに、サトシが笑ってその腕の中にあたしを閉じ込めた。



「当たり前だろ。」








――――・・・夢を見た。





いつもと同じなのに、ただ浴衣を着たカスミを見た時に、いつもとは違う何かを感じて戸惑った時のことを。



カスミが別の男の誰かと話してる姿を見たときに感じた違和感を持て余してた頃を。



離れ離れになって、あいつの隣に俺以外の奴が立つところを見るのがすごく怖いと思ってた頃のこと。






あまりに久々に見た夢に、俺は目を覚ましてしまった。



「・・・懐かしい夢だな。」



起き上がろうとしたら、腰に温もりを感じて見てみれば、俺に抱きついて腰に顔を埋めるカスミの姿があった。




・・・あまりの可愛さに俺は顔を手で覆ってしまった。




弱気だったり、生意気だったり、甘えてきたり。



無意識なんだろうけど、その全てに俺はどんどん夢中になっていく。





――――いつも追いかけていたのは俺の方だった。



好きすぎて、大切で、いつも不安で。



でも。




「カスミも同じだったんだな。」




正反対の性格の俺たちがこんな風に寄り添える日が来るなんて、本当奇跡だ。



俺はカスミがカスミだったから、こんなに好きになったんだろうな。



くるんと、カスミの方に体を向けて前からギュッと抱きしめると「んん?」と苦しそうな声がもれた。



「・・・サトシ?」



「カスミ、おはよう。」



こんな変わらない毎日を。
この先も、ずっと一緒に。




end

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