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夜明け前の時間











ブー、ブー、ブー




「げ。電話だ。」




嫌な予感、と言いながら携帯に腕を伸ばすサトシを見ながら起き上がった。




「うわ、母さんだ。ごめん、ちょっと電話してくる。」



「あ・・うん。」



「なんで今かけてくるかなぁ・・」




パタンとドアが閉まると同時に



「もしもし。」



サトシがドアにもたれかかる音が聞こえた。




「・・・あーごめんって。電話するの忘れてた。・・違うよ。いやだから変なことしてないって。」




借りたシャツを脱いで、すぐ近くに置いてあった自分のニットを頭から被った。




「あー・・ほらまた俺すぐ行かなきゃいけないじゃん?だからカスミと色んなこと話し込んじゃっただけだって。」




サトシのママさんへの“嘘”を聴きながら、そっと首筋に触れた。



さっきサトシは痕が残るかなと言っていた。



はにかむような、だけど目の奥には熱がこもったような、柔らかい笑顔で。



・・・あんなサトシは初めて見た。



思い出しただけで顔が赤くなっていくのを感じて、思わず床を見た。





「それが長引いちゃってさ。
えっいや今何時だと思ってんの。こっち泊まってくって。いやだからソファでも借りて・・・・・あーはいはい、わかったよもう。
・・・うん、それじゃ。」




話の流れを聞いていて、床を見ていた視線を思わずドアに向けた。



「おまたせ」



ドアが開いて、髪をガシガシかきながら入ってきたサトシを見上げた。




「帰るの・・?」


「明日買い物に行くから荷物持ちしろって。あ、母さんがな。」




背中を向けたまま服を着ていくサトシをじっと見つめていた。




「ったく。久しぶりに帰ってきたのに人使い荒いったらないよな。」




ベッドに腰をかけて靴下を履いたサトシは、あたしの視線に気づき顔を上げた。




そして少し笑って、



「髪くしゃくしゃ。」



あたしの頭を撫でた。





「・・・あの、カスミ。ごめんちょっと急がないと最終のリニアに間に合わないから。」




思わず立ち上がったサトシの服の裾をつかんだあたしに、サトシが困ったように言う。




「あ、ううん。違うの。」




だけどそれは本当に困った感じではなかったから、ちょっと甘えることにした。




「駅まで送らせて。」








ーーさっきのことを思い出そうとしてもハッキリとしなかった。





「う、わ・・」


「ちょ。大丈夫か?
無理に来なくてもいいって。」





ーーあまりにもハッキリとしないので、あたしは夢でも見ていたんじゃないかって





「平気よ。こんな遅くにサトシ1人で帰すなんて心配だもの。」





ーーそう思ったけど、頭の奥はまだボーッとするし、腰には違和感が残ってる。





「なんだそりゃ。」




肩に手を回されて、少し驚いたけど何も言わなずに身を委ねた。




「俺だってお前を置いて帰るのは心配だよ。だからお前はこのまま俺の家に連れて帰るって母さんにメールしといたんだけど・・」



「え?」



「ちょっとくらいカッコつけさせてくれよ。ほら・・その、彼氏なんだし。」




ーー何よりサトシの一つ一つの態度や言葉は、以前よりとても甘さを孕んでいた。




「ありがとう。・・でも明日もジム戦があるもん。帰りは1人で平気。あたしだって一人前のジムリーダーなんだから。」



「ハハ、そりゃそうだな。じゃあもうここで、」



「・・ただ。」




その慣れない感覚も全て受け止められないくらいで、あたしの頭は未だフワフワと浮かれてる。




「もう少し・・一緒にいたいから・・・」




だからサトシの腕に身体を寄せ、素直に白状した。









「ね、サトシ。時間大丈夫?」



「え・・あぁ大丈夫だって。そんなことより、もうちょっとだけ。」




手を重ねて、キスを繰り返す。


サトシの前髪がおでこにあたってくすぐったい。



「カスミ・・」



サトシに腰を引き寄せられて、甘い痺れが走った。




「あっ!!」




ガタンゴトン、と大きい音が遠ざかっていくのが聞こえた。




「今のが最終だったんじゃ・・」



「あー・・はは、母さんにすげえ文句言われるかも。」



「どうしよう。歩いて帰る?」



「いや・・・急いだけど間に合わなかったって言えば許してくれると思う。」



「・・ん?あれ。でも朝一で出れば間に合うんじゃない・・・?」



「・・・あ・・・」



サトシがそばにあった金網に手をついて大きな溜息を吐きだした。



「うわ、俺あのままカスミんとこいてよかったじゃん・・・」



「そ、そうだね・・」



あたしも思わず苦笑いをした。



「どうする?家に戻る?」



「んー・・・。カスミ、時間まだ平気?眠くない?」



「大丈夫だけど」




サトシが楽しげに微笑みながら振り返った。




「それじゃあさ、もう少し2人で歩かないか?」




月明かりの中、あたしたちは線路の中に入り、線路を踏んだりしながら歩き始めた。



「すっげー、誰もいないや。実は憧れてたんだよな。線論の上を歩くっていうの。」



「フフ、こんなのめったに出来ないもんね。」



「でも意外だった。てっきり止められるかと思ってたぜ。」



「そう?あたしも結構わくわくしてるよ。」



「ハハ、それならよかった。」



「こういうのって小さい時はすぐ親に止められちゃうし。あの頃ほど子供じゃないんだって思ったら嬉しくなるでしょ?
まぁやってることは子供っぽいけど。」



「たしかにな。」




たわいも無い会話をしていたら、サトシが急に線路に座って、顔を手で覆った。



「はー・・・」



「どうかしたの?」



「・・いや、今になって恥ずかしくなってきた。」



帽子を深く被っても、少し赤く染まってる頬が覗いている。



「・・・俺、大丈夫だった?色々と・・」



「・・えと。ごめん、さっきのことあたしもハッキリと覚えてなくて・・。」



「そ、そっか・・。」



帽子に触れて照れ隠しをするサトシの、風に揺れるえりあしを見つめていた。



「さっきはほら。お互いに勢いで・・・ってとこがあったから。
カスミが、嫌になってたらどうしようって・・。」



「・・サトシは後悔してるの?あたしとしたこと。」



「なっ!んなわけないじゃん!」



「ならいいじゃない。もっと触れたいって、好きな人になら思うものでしょ?
・・・少なくともあたしは嬉しかったよ。
サトシに触れられるのも、触れるのも。」



「・・・そっか。」





ーーだってずっと夢みてたから。夢が叶ったなんて言ったら大袈裟って言われるのかもしれないんだけど。





「なら一緒だ。」





ーーだけどいつか、サトシの側にずっと置いてくれたらいいなと思ってた。


ーーそんな存在になりたい、選ばれたいと思ってた。


ーーだから、“サトシの好きな人”になれた自分がすごく嬉しいの。




「・・・そういやさ、手繋いで歩いたことあったっけ。」



「え?・・んー、いつもタケシ達もいたから、人前ではあんまり。」



「だよな。」



サトシはそう言うと立ち上がり、ニッと笑ってあたしの手を掴んできた。



「カースミっ」



「うわ!急にどうしたの。」



「今なら誰も見てないし。俺はもっとカスミに触れてたい。」



いい?ーーと聞かれて、
あたしも笑って頷き、歩き始めた。




ーーー結局、2人で過ごすこの時間がなんだか特別に思えたのか、お互いに離れられないまま時間だけは過ぎていった。



またサトシが旅立つまでの限られた時間。



気づけば夜が明けるまで、他愛のない話をただ続けていた。




end

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あきゅろす。
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