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◆Main
夢の先には・・・





手を伸ばせばまだ届く距離にいる。


まだ、触れられる。


手を伸ばして、触れようとするその瞬間。


いつもそこで目が覚める。









「またこの夢・・・」



まだボヤける視界を手で擦り、10秒もすればだんだん頭が理解してくる。


久しぶりに夢を見たせいであんまり眠れた気がしない。



「あともうちょっと眠れたのになぁ・・」



毎日見るわけではないけど、時々かなりの頻度でこの夢を見る。


この夢を見てはあの日を思い出して、そしていつも切なさが胸に押し寄せる。



「うわー、金木犀だ・・・」



ベッドの側の窓を開けた瞬間、包み込むように金木犀の香りが入ってきた。


・・そっか。


ちょうどあの日もこれくらいの季節だった気がするなぁ。



夢に出てくるのは、
ほろ苦くて、くすぐったくなるようなあの頃の記憶の場面。


すごく懐かしくも感じるし、すぐ昨日のことのようにも感じる。





「カスミー、そろそろ起きなさいー!」


「はーい」




んーっと伸びをして、あたしはベッドから起き上がった。



「カスミおはよう。パン焼いたから、後は好きなの食べてねー。わたしもうすぐ出かけるのよ。」


「はーい」


「あ、待って待って、サクラ姉さんわたしも一緒に出るわ」


「カスミー!あんたまたわたしのトリートメント使ったでしょう!」


「だってボタン姉さんのいい匂いなんだもの」




4人揃えばリビングはいつも騒がしい。


気まぐれな姉達のことだから、またいつ家を飛び出してくか分からないから、今はこの時間を楽しむことにしてる。



「あ、ねぇカスミ。さっきまたあの博士くんがテレビに出てたわよ。」


「え?シゲル?」


「あ、そうそう。あの子も有名になったわねー」



イケメンだからいいけどちょっと鼻につくのよね。

髪を巻きながらそう言ってのけるボタン姉さんにあたしは思わず吹き出した。



シゲルもケンジも、あんなタケシでさえも、今ではたまにテレビで名前を聞くくらい活躍するようになっていた。


だからあんまり連絡を頻繁に取り合うことはなくても、みんな変わらず元気にやってることは分かる。



「黒髪の子もいたじゃない?あの子もアローラのリーグで優勝したんでしょう?」


「サトシのこと?」


「あ、そうそう。あの子は今どこにいるの?」


「んーどこだろ?きっとまだあちこち走り回ってるんじゃないかしらね。」


「相変わらずねー。優勝者なんだから少しくらい贅沢して休めばいいのに。」


「フフ。そうしないのがサトシなのよ。」



そう言ってから、確かにボタン姉さんの言う通り、たまには休養してもいいんじゃないのかと思ってしまった。


でも、時々カントーやジョートの方にもポケモンを探しに来ていると聞くから、変わらず休む暇もなくあっちこっちを旅してるんだと思う。




「ところでカスミ、まだそんなにゆっくりしてていいの?」


「へ?」


「もう9時だけど。」


「えっもう?そろそろバトルの準備しなきゃ!」



慌ててパンを口に放り込むあたしを見ながら

「あんたも変わらないわよねー。」

とボタン姉さんは呆れたように笑ってた。




―――――




「お腹すいたなぁ・・・」



今日はお昼頃には挑戦者も来なくなったので、まとめて家の必要なものを調達しに町へ出かけた。



その帰りに歩いていたら空腹におそわれて、そういえばお昼を食べていなかったことに気がついた。



ぐううぅ、と追い討ちをかけるようにお腹の音が鳴る。



「しょうがない。自販機で何か買おっと。」



近くにあった公園に入り、自販機でココアを買った。



「いい天気ねー」



公園のベンチに座り、ココアを飲んでいたら少しお腹が落ち着いた。



ココアの温もりが手を温めてくれる。



それに木漏れ日が気持ち良くて、このままお昼寝でもしたくなってきた。



周りをチラチラと見てみると、全く人影もない。



少しだけならいいかな、と瞼を閉じた。





―――・・どこからか金木犀の香りがする。





『こんな時間に寝ると、夜眠れなくなるわよ?』




・・・あれ?これは、あたしの声だ。




『お腹もいっぱいだし、こんなに温かいと眠くもなるよ。』




―――この声は、サトシ?―――・・




『あんたはあたしの分まで食べすぎなのよ。』


『しょうがないじゃん。タケシのやつ張り切って俺の好物ばっか作るんだから。』


『今日はあたしの大好物よっ』


『あれ?そうだったっけ?』



ニカっと笑うサトシに、あたしもつられて笑っている。



―――そうだ。これはまたあの夢の中。



姉さん達の連絡があってから離れるまでの毎日、タケシはあたしとサトシの大好物をたくさん作ってくれていた。



これはちょうどその別れの前の日。



まだ部屋で休むには早すぎて、だけど特にすることもなく、人のいないポケモンセンターのロビーで2人でくつろいでた。



『ねぇ、サトシ』


『んー?』


『・・・もし、もしもね。あたしが会いたくなったら、いつでも会いに行ってもいいのかな。』


『・・・・』


『ま、まぁっそんなのきっとほとんどないと思うけど、万が一よ?万が一。』


『・・・・』


『サトシ?』


ジロリと睨まれて首を傾げると、思い切りデコピンされた。


『いったーい!』


『何バカなこと言ってるんだよ。そんなの当たり前だろ・・っていってー!』


『何もデコピンしなくてもいいじゃない!サトシのバカ!』


『やり返す方はどうなんだよ?!カスミだってバカじゃん!』


『バカじゃないわよ!』


『俺だって!』



フンっとお互い顔を背けた後、2人で吹き出すように笑った。



『あーあ。やっぱお前はおもしろい奴だな。』


『何よ。それって褒めてるつもり?』


『アハハ。なぁカスミ』


『なに?』


『俺たちは一生、世界のどこにいても友達だ。大切な仲間のためなら俺はどこにでも行くぜ。』


『サトシ・・。うん、そうだよね。』


『あと、えっと。あとさ、カスミ』


『うん?』


『あ、あり・・・』


『あり?』


『あり、ありが・・』


『アリがどうしたの?』



首を傾げるあたしに、サトシは拍子抜けしたようにテーブルに突っ伏した。



『ねぇ。アリがどうしたのってば』


『・・・やっぱなんでもないっ』



そう言って、サトシは腕に顔を埋めたと思ったら、眠そうに欠伸をした。



『ちょっと。寝るなら部屋で寝なさいよ』


『休むだけだって。』


『風邪ひくわよ。』


『部屋に戻るのめんどくさいし、ピカチュウたちが戻るまでちょっとだけだよ。カスミが起こしてくれるから安心だし』



そう言って、じゃよろしく。とサトシはほんの数秒で寝息を立てはじめた。



『・・勝手なこと言ってくれちゃって。明日からは――・・』



そこまで言ってあたしは口を閉じ、サトシを見つめながら頬杖をついた。



――――明日からは、あたしいないんだからね。



別れが刻一刻と迫ってきてる。

止めたくても止まってはくれない。

この時間を閉じ込めたい。

でも出来ない。



―――・・・ただ、あの時のあたしは、
サトシの寝顔を眺め続けることしかできなかった。



今のあたし達なら、不安な時には不安だと言える。
喧嘩をしてもバカって言える。



・・・だけど時がたったら、あたし達はどうなるの?



今この瞬間は、世界で一番近くにいるのに。




穏やかに揺れるサトシの肩、サトシの寝顔。


手を伸ばせば、まだ届く距離。


まだ触れられる。




『・・・・・・』




言葉も出せずに伸ばした手を下ろし、あたしは落ちていく夕日の中、ただずっとサトシのそばに居た。




―――・・今なら分かるのに。
あの時サトシが、あたしに『ありがとう』って言いたかったこと。



―――・・・あの時あたしが、
サトシに抱きしめてほしいって思ってたこと、今なら分かるのに。



・・・そっか。

あたしはこの時間の中に、ずっと止まっていたいと願ってたのか。

何も始まらないけど、終わらない夢の中に。

記憶の結末は変わらない。



変わらないけど、せめて夢の中だけは変えられないかな。


そんな思いが突然湧き立ち、あたしを奮い立たせた。



『サトシ』



あたしはもう一度、サトシに手を伸ばした。


触れた腕がすごく温かい。


サトシ、こんなに温かかったんだね。




あたしは堪えきれず横から抱きつき、肩に顔を埋めた。




『う、わっっと!・・ん、カスミ?』




サトシが驚いて目を覚ましたあと、あたしを見てすぐに慌て出した。



『な、な、何だ?!どうした?!』



何か答えなきゃいけないのに、何も言葉が出てこない。



『カスミ?なぁどうしたんだよ?』



だって、胸がいっぱいなんだもん。
この気持ちに合う言葉がない。



『・・・ちょっとだけ。このままでいさせて。』



そう口にしたらサトシは何も言わなくなって、少しだけ沈黙が流れた。


それからそっと、あたしの背中に腕を回してくれた。



・・・はじめての温もりに、不思議なくらい心が満たされていく。



あの時も、こうやって抱き締めて気持ちを伝えてみればよかったのかな。



・・ううん、後悔しても仕方がないや。

幸せな夢にできたからもうそれでいいんだ。



『サトシ・・・』


『・・・うん?』


『ありがとう』



そう言ったら、サトシは一瞬ピクリとして、少し抱き締めてくれる腕に力が入ったのが分かった。


不思議。

いつもは無鉄砲で騒がしいくらい元気だけど、サトシの腕の中はなぜかとても静かで、

ゆっくりと時間が流れる、あたしが大好きな水の中に似てる。




『カスミ・・』


『うん?』


『・・・俺を忘れないでくれよな。』



思わず顔を上げたら、

サトシが見たこともない切ない顔で

笑っていた。




――――・・「ん・・・・」




ゆっくり瞼を開いて、目に入った景色に頭がぼんやりとする。



そうだ。

あたし公園で寝ちゃったんだ・・・



木漏れ日を浴びながら目を細めてしばらくボーッとしていると、だんだんと夢の記憶が蘇ってきた。




「・・・・サトシ。」



もう何年も会ってない。


いつからか、サトシと同じ気持ちで会えないから連絡を避けるようになってた。


きっとあたしはサトシに会えば想いが募って期待してしまう。


でも純粋にあたしを仲間として大事にしてくれてるサトシに、それを気づかれたらもう友達に戻れない気がして。


だけど。



「・・・電話、してみてもいいかな。」



今どうしても声が聞きたいよ。




あたしは携帯を取り出して、サトシの名前に触れた。


今何をしてるかな。
今誰といるのかな。
きっとあたしの知らない人といるだろうな。

忙しそうだったら、会話がほんの少し出来たらそれで満足しよう。

よし、と決めてボタンを押した。



緊張で胸が高鳴る。


ドンドン、と心臓が早鐘を打つ。



「・・・はい」



―――うわ。サトシの、声だ。



「・・・カスミか?」


「あの、えっと。そ、そう。」



―――本当に、本当にサトシだ。



「えっと、ご、ごめんね突然。」


「・・・フハッ。本当にカスミだ。久しぶりだな、カスミ。」


「う、うん!元気、だった?」


「うん!ピカチュウも俺も相変わらず元気だぜ。」


「そ、そっか!よかった。」


「カスミは?」


「あ、あたしも!姉さんたちも相変わらずで、元気にやってるよ!」


「ハハ。そっか!」


「・・・・」



―――・・あれ。あたし、サトシとどんな話をいつもしてたっけ。

どんなふうに話してたっけ。

そういえば、しっかり好きだと自覚してから話すのは初めてかも。



「・・・・」


「・・・・」



・・・どうしよう。

沈黙が流れてしまう。

んーー。もっとうまく話せるかと思ってたのにな。

やっぱり時間の壁というものを感じて少し気落ちしてしまう。




―――ううん。少しでも話が出来たからよかったじゃない。

そうよ。これから何度でも掛ければいいんだから。

うん。よく頑張ったあたし。

そう言い聞かせてたら、自然と肩の力が抜けた。




「・・じゃあ、急にごめんね!」


「えっ?それだけ?何か用があったんじゃないのか?」


「用っていうかね、ちょっと声が聞きたくなっただけっていうか・・・」


「・・・・・」


「へ、変だよね。へへ。なんか久しぶりだと緊張しちゃうなぁ。あのね・・・サトシさえよければ、また掛けてもいいかな。」


「・・・・・」


「あっ!もちろん時間がある時でいいから!忙しかったらまた掛け直すから――・・」


「ごめん。俺のせいだよな」


「へ?」


「本当にごめん」




俺のせい?

どうして?何で謝るの?


サトシが急に悲しそうな声でそんなことを言うから、あたしは戸惑って押し黙ってしまった。

何にもサトシのせいなんかじゃないのに・・・




「・・・俺さ、俺たちが離れる前の日にカスミが『会いたくなったら会いに行ってもいいか』って言ってくれたから、その言葉につい甘えちゃって、ずっとカスミから会いに来てくれたり連絡してくれるのを待ってたんだ。」


「・・・そう、だったの?」


「・・うん。バトルとか用事があるからとかじゃなくて、俺に会いたくて来てくれるんだって思ったら、なんか嬉しくて。」


「・・・・・」


「でもなかなか会いに来てくれないし、電話もして来ないし、なんだよカスミのやつって思ったりしてて・・。
で、ある日突然気付いたんだ。」


「何に?」


「・・・俺、カスミが好きなんだって。」


「っ・・・」



何?――・・何て言ったの?
聞くはずもない言葉に頭が追いつかなくて、声が出せない。


嘘。今サトシ――・・・・



「そのことに気づいたらさ、俺好きになる前、カスミとどうやって話してたかとかどんな風に会ってたかとか急にわからなくなったんだよ。」



あたしを好きだって言ったの・・・?



「そしたらどんどん連絡もとりづらくなってって、気づいたら何年も経ってた。
・・・だから今電話が来たときチャンスだと思ったんだ。
ここで普通に話せたら、またいつもの俺たちに戻れるって。」


「サトシ・・・」


「でも無理だった。俺がもう前には戻れないや。今声を聞いてよく分かった。
ごめん。カスミ俺、お前が好きだ。」




――・・・まさか。まさかサトシが、あたしと同じこと考えてたなんて。


そんなこと夢にも――・・・・あ。


そういえば夢の中で『俺を忘れないで』って言ってたっけ―――・・・・





「急にこんなこと言われたってビックリするよな。でも、俺のこともう思い出すこともないんだろうなって思ってたから、今日電話くれて嬉しかった。
いつもカスミから言わせてごめんな。
今度こそ俺から、カスミに連絡したり会いに行ってもいいかな。」





――・・・忘れるわけないじゃない。

サトシを忘れることなんて出来るわけないよ。

いつだってあたしの心には、サトシしかいなかったもん。





「俺がカスミに会いたいし話したいから、またカスミに連絡取ってもいいかなんて言わせないくらい、これからはしつこく連絡したい。会いたい。で、いつか絶対俺のことを好きにさせる!・・・・いいかな?」


「・・・・・・ふっ、あはは。最後のはなんか変だよ。」


「わ、笑うなよな!」


「そうだよね。ごめんごめんっ」



ずっとずっと、後悔してた。

気付かないうちに、過去にばっかり思いを馳せてた。

でも今は――・・・・この先の未来が待ち遠しいと思えるのが嬉しい。


あたしも今好きだって伝えたいけど、
・・・やっぱり顔を見て言いたいな。





「ねぇサトシ。」


「なんだよ?」


「早く会いたいね」



だって、伝えた瞬間どんな顔を見せてくれるのか、一番近くで見たい。



「ッ――――だぁぁあ!もうお前はなんで今それ言うかなぁ!よし決めた、今から会いに行く!」


「え?!ちょっと!今から?ま、まだ心の準備が出来てないわよ!」


「何の準備だよ?もう十分時間あったじゃんか!俺はもう待つのは辞めたんだ!」


「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ!」


「カスミもさっきいいって言ったじゃん!」


「わ、分かったわよっ!もう!バカサトシ!」



これから離れてた時間を新しい2人の時間で埋められますように。


これからの2人の新しい形が、時間を刻んでいけますように。




end

おきぬさんへ

リクエストありがとうございます(^^)
いつも読んでいただけて感謝です(*^^*)
嫉妬するカスミは、わたしも書いててたまに胸が苦しくなる時がありますが笑、2人を幸せにしてあげたいと使命感が燃えて楽しくなるんです(^^)
少しお待ちくださいね。

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