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ズルいわたしと無知の君






一体全体どうしてこうなったのか。



こんな風に事が運ぶなんて誰が予想できたって言うのよ。



それでも・・




「・・ねぇ、サトシ。」


「どうしたカスミ。あぁ、あれか。今?」


「うん。」


「ったくしょうがないなぁ。」




そう言ってキスをしてくれるサトシを視界に移しながら、罪悪感に苛まれながらもあたしはそっと目を閉じる。






ズルいわたしと無知の君





ことの始まりは、あたしがうっかり告白をしてしまったことから始まる。






『カスミー!聞いてくれ!俺さっきまた勝ったんだぜ!』




一ヶ月ほど前のこと。

次の大きな町までの通過地点、小さな町に立ち寄ってお昼ご飯を食べたあたし達は、広い公園で一休みしていた。



タケシはお店までいろいろと調達に行って、サトシはすぐにトレーナーを見つけてバトルをしかけに走って行った。



あたしはサトシと2人きりになるのを楽しみにしていたけれど、サトシにはそんな淡い期待は届くわけもなく。



『・・・はぁ。』



分かってはいたけど、1人残されたあたしはため息がこぼれた。




『まぁそうよね。相手はサトシだもん。』




・・・そう、サトシなのにねー・・・




無鉄砲で、馬鹿みたいにデリカシーがなくて、とにかく子供みたいにバトルとポケモンにしか目がないポケモンバカで。



そんなお子ちゃまだと思ってた奴に、まさか自分が恋愛の意味で夢中になるとは思いもしてなかった。



好きだと気づいた時はなんだか嬉しかった。

時々サトシを愛しいと思ってしまう自分の感情の理由が分かったから。



・・・ただ、どれだけ好きでいても、サトシからは一向に恋愛のれの字も感じられなくて、そもそもあたしを女の子だと思ってくれているのかも怪しい現状。



それでも好きな気持ちは消えないし、あたしの恋心は宙ぶらりんのまま、ただずっと気持ちを隠して友達のままそばにいる。



・・・このあたしが不毛な片想いなんて。


人生って、本当に何が起こるかわからない。


もうむしろ笑える。


でも仕方ない。



そんなことを悶々と考えていたあたしの所に、満面の笑顔で帰ってきたサトシ。



『相手超強かったんだけどさ、俺とピカチュウで最後はなんとか巻き返したんだぜ!カスミにも見て欲しかったなぁー』



ただひたすら楽しそうに、純粋にいつも通り自分のことを伝えてくれる。



いつもなら笑って「やるじゃない」なんて笑って返してたと思う。



だけどその日はなんだか違った。



『・・ねぇ、何であたしに見て欲しいの?』



『へ?』



欲しい答えなんて返ってくるわけもないのに、あの日は少し意地悪したくなった。



『あんたいつもバトルの時は、あたしにしっかり見てろよーとか言うじゃない。何で?』



『何でってそりゃぁ・・』


『うん』


『そりゃあー・・』


『うん?』


『んー、カスミが喜ぶから?』


『え?』


『お前、俺が勝ったらいつも1番喜んでくれるだろ?だからかな。』



ニコニコと迷いなく笑ってそう言うサトシに、あたしはなんだかもどかしい気持ちになった。



・・・・分かってる。


サトシからの言葉に特別な意味はないって。


それでもなんだかその日は妙にサトシの屈託のない笑顔に心が揺さぶられたの。



『好き・・・』


『へ?』


『あたし、サトシが好きよ。恋愛的な意味で。』



だから告白した。というかしてた。



『・・・は?』



気づかない内に、あたしの中は「サトシが好き」で溢れかえってたらしく、なぜかそのタイミングでポロポロと溢れでた。



今度は目をまん丸にして、素っ頓狂な顔をしてるサトシ。




(可愛い・・。その顔初めて見た。)




昔読んだ恋愛漫画には、見てるだけで幸せ、なんて書いてたけど、あたしの感情はそんなおしとやかなもんじゃない。



あたしだけの言葉が欲しい。

あたしをもっと見てほしい。

見たことがない顔をもっと見せてほしい。

全部全部、欲しくなる。



もうとにかく独り占めしたい。




『あ、えっと・・あのね、サトシ』




だけどあたしは、あまりに予定外で、しかも相手はまだ恋をしたことのないサトシで、いろんな意味で準備が何一つできてない特殊な告白をしてしまったから




『知っててほしいだけだから。返事はいらないし、付き合ってほしいなんて思ってない。だから、あの、今まで通り普通にしてほしい・・』




ずるい方法でサトシとの今までの関係を保とうとした。



『・・普通・・・?』



サトシはキョトンとしたまま、難しい顔をしてる。



・・そりゃそうよね。
ただ友達だと思ってた仲間から急に好きだって言われても困るよね。



・・これから少しずつ、少しずつでいいから、
意識してくれたら嬉しいけどなぁ・・・



『で、でももしかしたら・・・
また好きって言っちゃうかもしれない・・』



『・・・・・』



『我慢できなかったらごめんね。』



唇をギュッと結んで目をぱちぱちとしたサトシは、ボリボリと肩をかきながらハテナでいっぱいの顔をしてた。



『・・・言うくらいは、別にいいけどさ・・』



そしてチラッとあたしの顔を覗き込んで、



『俺、本当に普通にしてればいいのか?』



どこかあたしを心配する様にも見えるサトシの顔に、思わずあたしは吹き出してしまった。



『な、なんで笑うんだよ!』



『ごめんごめん。サトシは優しいなぁって思って。うん。それで今は十分よ。』



困らせてるのはあたしなのに、サトシは本当お人好しよね・・・。



その後すぐタケシが帰ってきて、その日はそれ以上何も変わったことはなく終わった。



『告白・・しちゃったなぁ・・』



寝る前にベッドに寝転がり、後悔ともスッキリしたとも言える気持ちを持て余して眠ったのを覚えてる。



次の日の朝、あの告白の前からピカチュウ達とトレーニングしようと約束してたから早起きして外に出てみると、ポケモンセンターに隣接してるフィールドにサトシがいて少しホッとした。



(とりあえず避けられてはなかったみたい。よかった。)



『お、おはよう!サトシ!!』


『うわっビックリした。おう、おはよー。朝っぱらから元気だなお前』



ドキドキしながら声をかけたあたしに振り返ると、サトシは眠そうに目を擦りながらも挨拶を返してくれた。



よかったー・・


ちゃんと応えてくれた・・・



『サトシ、好きっ!!』



『ばっ・・!カスミ、声でかいって!!』



『うっ・・ごめん・・』



サトシは困った顔であたしを見る。



『ったく・・お前昨日もしかしたらって言ってたのにさっそくじゃん。』



『ご、ごめん・・。だってサトシがあたしのこと無視しないで会話してくれて嬉しかったんだもん。』



『カスミのことを無視するわけないだろ。』



サトシは相変わらず、優しいなぁ・・



『・・・ねぇサトシ、あたしから好きって言われても、その・・・嬉しいものなの?』



『んー・・そりゃ、嫌いって言われるよりは嬉しいけど・・。』



『・・・そっか。』



―――たぶんそれが、今のサトシの素直な気持ちなんだろうなぁ。



『それなら、よかったわ。』



『・・・・・。なぁカスミ―――』



『サトシ!!サトシだ!』



突然サトシの腕を掴んでくるんとサトシが背中を向けたと思うと、そこにはふわふわの茶色の髪を揺らす可愛い女の子が立っていた。



『へ?!セレナ!!なんでここにいるんだよ!』



その姿を見たサトシから驚きと共に笑顔が弾けた。




―――チクリと少しだけ胸が痛む。




『昨日ちょうどここに着いたんだけど、たまたま目が覚めて外に出てみたらサトシが見えたの!!信じられなくて走ってきちゃった!あれ?サトシ、後ろの女の子はだれ?』



『あ、こいつがカスミだよ!前に一緒に旅してたって言ってただろ?』



『わぁ!あなたがカスミなのね!』



そのセレナという女の子はあたしにも満面の笑顔を見せた。



『ずっと話は聞いていたの!やっと会えた!』



『はじめまして、セレナ!あたしも会えて嬉しいわ』



・・・セレナは確かカロス地方で一緒に旅をしていたっていう。



・・・・サトシのことを好きな女の子。



タケシから聞いたその話が途端に頭をよぎって、出会った瞬間そんなこと思うなんて、あたしはなんて嫌な人間なんだとかき消すように頭を振った。



『サトシ、あたしは向こうで何か飲んでくるから、2人で話してきたら?』



『え?』



『本当?でもサトシとバトルするんじゃ・・』



『いいのよセレナ。久しぶりなんだもの、ゆっくり話して。』



あたしはヒラヒラと手を振って、2人を後にして自販機の近くのベンチに座った。



向こうで楽しそうに話してる2人の姿が、どうしても視界に入ってくる。



あたしの知らない、2人が一緒にいた時間があることなんて当たり前のことなのに。



たぶん昨日の今日で、あの2人と一緒に会話をするのは今のあたしにキツいから離れてよかった。





『・・・嫌いって言われるよりは嬉しい、か。』





残念ながら、嫌がられてないイコール好きなわけじゃない。



あたしが他の女の子のことで嫉妬しても、サトシには全く関係のないことで・・



それが分かるくらい思考が大人になってしまった自分が悲しくなる。



昔みたいに無防備に怒ったり出来たら楽なのかなぁ―――・・あ。



視界の先で、セレナが差し出したボトルに入ったお水を何の躊躇もなく口にするサトシを見て、思わず固まってしまった。



・・・・旅を共にしてきたんだから、きっと何てことないことなんだと頭では分かるのに、心の中に真っ先に嫌だって言葉が出てきた。



そんなこと言い出したらあたしだってタケシと同じボトルの水を飲んだこともあるし、旅に出てそんなこと気にしてたら面倒すぎる。



・・・・はぁ。あたしって、なんでこうも心が狭いの。



ふとサトシがこっちを見てあたしに気づいて、あたしは隠すように作り笑いを浮かべてから手を振ってその場を離れた。



ちょっと離れた建物の隙間に入り込み、あたしは何度か深呼吸する。



ここなら誰もいない。ちょっと心を落ち着けよう。



・・・あたしはサトシが好きで、昨日ただ告白をしただけ。


それだけなんだから。

いい加減にしてよもう。

こんなみっともない嫉妬、早くおさまって。



『カスミ?』



誰かが走ってくる音が聞こえたと思ったら、サトシがあたしのいる場所を覗き込んだ。



『サトシ・・・。あ、あれ?セレナは?』



目が泳ぐあたしは足元を見ながら問いかける。



『眠いから一眠りしてくるって言って部屋に戻ったよ。だからカスミを呼びに行こうと思ったら、お前いなくなるから追いかけてきたんだ。』



『そ、そっか。えへへごめん。ちょっとあたしも寝不足みたいでね。ちょっと木陰で休もうかな〜なんて思って。』



『へ?ここに木なんてないけど。』



『あ、言われてみればそう、ね・・。』



自分でも言い訳が苦しいと思う。

そんなあたしにサトシはため息を吐きながらあたしの前にしゃがみ込んだ。



『なぁカスミ。お前がなんかいつもと違うのって昨日のせいなのか?』



『え?』



『俺、好きとかってよく分かんないから・・・カスミに言われた時もピンとこなくて。
というかなんで俺なんかを?って思ったし、これから俺たちなんか変わるのかなって・・・
とにかくどうしていいか分からないから、ただ普通にしてればカスミも普通通りになるのかなって思ってたんだけど・・』



『・・・・・』



・・サトシ、普通にしようと努力してくれてたんだ。



『・・・なぁカスミ、俺どうすればいい?
俺・・たぶん今の俺はカスミと同じ気持ちにはなれないし、正直それが変わるのかすら分からない。』



『・・・そう、よね。』



分かってはいたけど、ズキンと胸が痛む。



『どうすれば俺たち、これからもこのままでいられるの?』




不安そうにあたしを見上げるサトシ。

昨日からずっと同じ顔であたしを見てる。


困らせたのはあたしなのに、避けもせず真正面から向き合ってくれるサトシが、本当に愛おしい。




あたしはニコッと笑ってみせた。



『大丈夫。あたしはサトシのこと好きだけど、それと同時に仲間でライバルでもあるから、それは一生変わらないよ。』



『・・・そっか!』



サトシがホッと安心したように笑う。


だけど、だけど。


一つだけわがままを許して。




『あ、あのねサトシ・・・一つだけお願いしても良い?』



『お願い?』



『・・・・この一週間だけでいいから、ふ、2人きりになった時・・・あたしとキスしてほしい。』



セレナとの間接キスを見た時、直で出来たらいいのにって思ってしまったあたしの愚かな欲。



『キス?』



『うん・・・ダメ、かな?』



『いや、キスって恋人同士がするもんなんじゃないのか・・・?』



サトシが眉を寄せて、キョトンとあたしを見る。


純粋なその真っ直ぐな目が今はすごく痛い・・


・・・たしかにあたしは好きだけど、サトシは好きではないもんね。



それを分かった上で、あたしはズルい嘘をついた。



『ち、ちがうよ。あたし達の場合は恋人のキスじゃなくて、ただの友達のキスなの。』



『・・友達のキス?』



『そうよ。あたしたちが友達でいるためのキス。』



―――サトシとキスが出来たら


特別が味わえたら、


あたしはサトシと友達に戻ろう。


サトシのためにも。


そう決めた。




『・・・よく分かんないけど、分かった。』




サトシは難しい顔をしていたけど、頷いてくれた。



―――・・こんなことに付き合わせてごめんね。




『・・ねぇサトシ、今からでもいい?』



そう言ってあたしはサトシの前に顔を寄せると、ビクリと肩を震わせたけど、サトシは何も言わずに目を閉じた。




―――初めて重ねた唇は、

思ってた以上に柔らかくて、

本当に胸の奥でキュンって音がするんだって、

嘘みたいなことを初めて知った。




to be continued


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あきゅろす。
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