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◆Main
Finally−1−




あたしにできることといえば、気づかないように、その変化に背を負け続けることくらいで。




本当は、誰が見ても終わっている。




なのにあたしは、信じたくなくて。




ずるずる、ずるずると引きずって、擦り切れるまで。




どれだけボロボロに、くたびれたとしても。




サトシから離れることなんて、あたしには出来なかった。









今日は、何月何日だっけ。




朝の日差しが窓から差し込むテーブルの上、ホカホカの目玉焼きを口に運んで、ふとカレンダーを見る。




「・・・3月も終わりか。」




口からポツリとこぼれたその言葉が意味するのは、早いのか遅いのか自分でもよく分からない。




『早いよなー、もうすぐ桜が見れるな』とサトシが言えば、もう3月の終わりだと感じるんだろうし、




『まだまだ今年は始まったばっかりだな。』と言えばまだ3月の終わりだと感じるんだろう。




つくづくあたしはサトシと時間や季節でさえも感覚を共有してきたんだなと思って、口元にため息まじりの笑みを浮かべた。




とてもとても長い間、あたし達は片想いをしていた。




すぐに会える距離でもなかったし、お互いそれぞれの場所での生活があったし。




何よりあたし達は幼くて素直じゃなかった。




それでも、いつまでも頭から離れない存在はあたしにとってサトシだけで。




本当に幸運なことに、年を重ねる毎に成長してしまった想いは無事に結ばれることが出来て、恋人という言葉でお互いを呼べるようになり、そして大人になって、一緒に暮らすようになった。




子供っぽいところは変わらないのに、サトシは余すことなくあたしに愛を向けてくれる。




サトシがあまりにもあたしを大事にしてくれるから、宝物のように愛されることしか知らない人間になるんじゃないかと思えて、外でそんな自分を見せてたらどうしようと不安になるくらい。




一緒に暮らし始めて、あーサトシはそういうやつだったと改めて思い知って、その全てを愛しいと思った。




だからと言って、好きな人と結ばれたら全てめでたしめでたし。




なんて、そんなの現実の恋愛ではあり得ない。




想いあってるから全て順調ってわけにもいかなくて、毎日の積み重ねの中ですれ違いや勘違いからケンカになることもあるし、仕事の忙しさから別々にご飯を食べたり、朝も夜も顔を合わせられずに先に寝てることだってある。




でもそんな生活でも、あたしの気持ちは薄れることなんて全くなかったし、サトシも同じだと思う。




昔から言い合いばかりしていたけど、なぜかあたしとサトシは一番大切な部分で分かり合えていて、許し合っていたから。




恋人である前に、言い過ぎでも何でもなく、唯一無二の存在。




あたしはもう、絶対にサトシから離れられない。




だから、根拠のない確信があった。




あたしとサトシは大丈夫だ、って。




そういう思い込みのような自信が。




だってそうでしょ?




例えばあたしが小さなことで拗ねて言い合いになったとしても、それが別れ話につながったことなんて一度もない。




2人の時間は以前に比べれば確かに減ってしまったけれど、それはお互いが活躍の場を広げて仕事が忙しくなったから。だから決して悪いことじゃない。




忙しい日々の中でお休みが重なった日には、不足していたお互いを埋め合うように、時間も忘れて寝ることさえ惜しむように2人で過ごす。




ずっとずっとそうやって、あたし達の時間を過ごしてきたんだから。
あたしがサトシから離れることはない。




・・・・・サトシも、そうよね?




あたしのことを見つめる時の、穏やかで熱のこもった視線。




あたしにだけ見せてくれる、小さな独占欲や甘える姿。




何も変わらない。
ずっと変わらない、と思ってる。




だから大丈夫だって信じてる。



別れる、なんて、



あたしとサトシには無縁の言葉なんだと。




・・・・信じて、いいよね?




―――ふと、視線を上げても、目の前の椅子にサトシの姿はない。




そこにサトシが座ってご飯を食べる姿を見たのは、もうどのくらい前だろう。




きっと、かなり前から、あたし達は向かい合ってご飯を食べていない。




それどころか、会話も、キスも、触れ合ってもいない。




最初は小さな違和感。




あれ?と気になる程度の。




例えばあたしが起きるより前に家を出ていることが増えて、最近朝早いんだなぁ、と思ったり。




夜ご飯の時に聞いてみよう、そう思っていたら、「その日は帰れない」とか「遅くなるから先に寝てて」と連絡が続けて来るようになったり。




サトシと顔を合わせない日が何日も続き、でも仕事が増えてますます忙しくなっているんだろう、と気にしないように意識してた。




次第に一緒に過ごす休みも減っていき、食事も睡眠も1人が当たり前のように続いてようやく。




避けられているんだと気が付いた。




なんで。




どうして。




あたし、何かした?




心当たりはないかと考えた時、1つだけ思い当たることがあった。




それは数ヶ月前に、あたしからサトシにあげたプレゼント。




ちょうどその日は休みの前だったからご飯を一緒に食べて、その後一緒にお風呂も入った。
普段と変わらない、なんてことない日だった。




『サトシ、これ。』




縁側で2人で並んでぼんやりと夕涼みしていた時、小さな紙袋をサトシに差し出した。




手のひらに乗るほどの大きさしかないそれを受け取ったサトシは、キョトンと首を傾げた。




『カスミ?これ何?』




『別に、深い意味はないんだけど、一応。
ほら、あたし達一緒に住んでそろそろ5年になるし、それにサトシ、またいつ旅に出るか分からないから。だからよ。』




変な言い訳。




でも、それくらい緊張してた。




サトシが紙袋から紺色の箱を取り出して、あたしと箱を見比べた後、そっと開く。




その中身を見たサトシの表情は、今でも忘れられない。




目をまん丸にして、言葉を失ったみたいに口をポカンと開けて、ハクハク口を動かしたかと思うと、サトシは笑顔になるわけでもなく、戸惑うようにあたしの名前を呼んだ。




『そ、そんな、お前から貰えないよ。こんな高そうな指輪。』




『だから、深い意味があるわけじゃないんだってば。一応指輪だけどネックレスにもなるように作られてるって聞いて、サトシ指輪だとなくしちゃいそうだけど、ネックレスだったらどこにでも連れてってくれるかなって思っただけよ。』




『いやでもさ・・・・。』




『いいから貰ってよ。それはあたしなりの覚悟みたいなものでもあるから。』




『・・・・・覚悟?カスミの、覚悟。』




言葉をなぞるように呟くサトシを見つめる。




確かに指輪を贈るのはやりすぎかな、とも思った。




でも5年というのは大きな一つの区切りになると思ったから何かを贈りたくて。




将来、サトシは新しい夢を見つけるかもしれないし、また旅に出るかもしれない。




旅は常に自分をワクワクさせてくれるもので、自分の原点。いつかまた旅に出たい、とついこの前のリーグ戦後の会見でもサトシが言ってたから、指輪にしようって決めた。




サトシには自分らしく生きてほしい。
それこそがサトシの生き方だと思ってるし、そんなサトシがあたしは好き。
でも旅に出て寂しくないと言えば嘘になる。




でも絶対にあたしはサトシを待ってるし、傍に居る。




あたしはサトシのものだよ、というあたしなりの意志表示というか、決意というか。




要するに、これからもどうぞよろしく、という意味合いの指輪でしかないんだけど。




サトシはそんな指輪の入った箱を両手で包み込み、困ったようにジッと見つめている。




なんだか思ってた以上に喜んでくれないことに、若干気持ちが焦り出した。




かなり戸惑うだろうな、とは予想してた。
だけど、そんなに困らせるとまでは思ってなかった。




『それでもやっぱり貰えない』と返されたらどうしようって、あたしは目線を泳がせた。




だからサトシが何かを言う前に何か言わなきゃと思って、思わず言ってしまった。




『要らないなら捨てればいいじゃない。』




言葉とは裏腹に、消え入りそうなくらい弱々しい声だった。




目線を落として唇を噛むあたしの言葉に、幸いなことにサトシが頷くことはなかった。




サトシは静かに指輪を見つめ、パタンとその小箱を閉じ、胸に抱きながら首を振る。




『死んでも捨てるか。そんなことするわけないだろ、バカカスミ。』




サトシは、確かにそう言った。
はにかむような優しい笑顔で。




なのにその日からだった。




サトシが変わっていったのは。




あたしとの未来が想像出来ないと思ったのか、指輪が重すぎたのか。




1人の方が身軽でいいと冷静に考えたのか、あたしを好きじゃなくなったのか。




指輪をきっかけに、改めて2人の関係を考え直した時に、サトシは思ったのかもしれない。




潮時だ、って。




だってあれから一度だって、サトシが指輪をしてるところを見たことがない。




そしてそのことにあたしが気付いてることも、サトシは分かってる。




なのに、指輪を付けてくれない。




・・・考えたくもないのに考えてしまう。




聞きたくないのに、聞いてしまいたくなる。




本当に捨ててしまったの?って。




そんなわけないってまた笑ってくれたらいい。
でもとてもじゃないけど怖くて聞けない。




だって、あたしが指輪を渡したせいでこんなことになったんだとしたらあたしは立ち直れない。




自分の首を自ら絞めて、息が止まるのを恐れている。




でも・・・・・もう分かってる。




サトシは確実にあたしに冷めていて、
きっと、もう、あたしを好きじゃない。




だけどそれを認めるのは簡単なことじゃなくて。




あのサトシが・・・?
あたしをもう、好きじゃない・・・?




まさか、そんな。




・・・・信じたくない。




だから気づかないふりを続けた。




会えないのは忙しいから。




会話が少なくなったのも、目が合わなくなったのも、キスをしなくなったのも、全部。




そんなことさえ出来ないくらい時間がないんだから、仕方がないって。




連絡だって、もともとそんなに取り合う方じゃなかったしって・・・。




でも頭の中でずっと声が聞こえてた。




―――本当に?




お揃いのマグカップがなぜかサトシの分だけなくなったのも忙しいから?




何日も顔を見なくて、声も聞けなくて、あたしの目すら見なくなったのに?




誰が見ても終わっている。




でも、受け入れられない。




ずるずる、ずるずると引き摺って、ボロボロになって、擦り切れても。




あたしからサトシと離れることなんて、出来ない。




お願い誰か、助けて。




時間を、戻して。




そんな声にならない悲鳴で、頭がおかしくなりそうになる。




そんな毎日を、ずっと繰り返している。






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あきゅろす。
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