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2.可愛い


どれだけ眠ったんだろう?

意識を手放してからいくらも経たないうちに、体が小さく揺らされた。
徐々に浮上する意識の中で、それでも眠っていたくて抵抗していると、今度は遠慮がちに名を呼ばれて。

まだ耳に馴染みの薄いその声の為に、私の意識は抵抗することを諦めた。

「……どした〜?」

薄く目を開けて見れば、私を覗き込む怯えた瞳。
それでも目覚めた私にホッとした様子で、平太は口を開いた。

「あの…食満先輩が……」
「ああ、起きた?」

頷く平太を確認してから、重い体を持ち上げる。
そして手で隠すこともせずにアクビを一つ。
軽く髪をかきあげて視線を動かすと、すぐ隣でこちらを見上げている少年と目があった。

「……おはよ。気分は?」
「ぁ……」

掠れた声に苦笑いする。
そりゃそうか。
あんな状態で見つけてから今まで、何も口にしていないんだからマトモに話せる訳がない。
私は待つように彼に伝えると、台所へ向かった。

まずは水。
食べれそうなら粥でも作るか。

コップ一杯の水を手に戻ろうとしたその時、足にわずかな圧迫感があって。
確かめなくても分かるその正体に、私は小さく笑った。

「…大丈夫だよ、大地」

愛しい息子が私にしがみつきながら、その視線を目覚めたばかりの少年に向けていた。

慣れれば明るく元気なおバカちゃんだけど、若干の人見知りをする愛しい息子。
だが若さ故か、慣れるまでにそう時間はかからないから問題ないだろう。

「お兄ちゃんは、平太のお友だちだから」
「へーたの…?」

既に慣れた平太の名前を出すだけで、大地の瞳から警戒の色が薄くなる。
それを確認して大地の頭を軽く撫でると、私は少年の近くに座った。

「ほら、水。起きれる?」
「あ…だい、じょ…」

言葉が途中で途切れたのは、おそらく傷のせいだろう。
顔をしかめた少年はピクリとも動いたようには見えず、私は苦笑するしかなかった。

動けない、か。
あの傷じゃあ無理もない。

私は少年の体を起こす為、コップを近くのテーブルに置くと少年に近付いた。

「なっ…に、を…!?」
「いや何って…起きなきゃ飲めんでしょーが」
「や、ちょ、待っ…」

なんだか抵抗したいらしいが出来ない少年をこれ幸いと、その首元に腕を回す。
そしてゆっくりとその上体を持ち上げて、離れた時には…

彼の顔は真っ赤に染まっていた。

「……プッ…ごめん…」
「………」

水を差し出すと視線を逸らしたまま受けとる彼は、どうやら女慣れしていないようだ。

あんな状態で道端に転がってたくらいだ。
色々とヤンチャをしたんだろうし、女関係もそうなんだろうと…。
勝手にそんなイメージを持っていたけれど、どうやら違うらしい。

ちなみに私が今着ているのは、カップ付きキャミソール一枚のみ。
慣れてなきゃ戸惑うかもね、それなりに胸もデカイしさ。

私は笑いながら、近くに放ってあったパーカーを羽織った。
そんな私から目を逸らしたまま、彼はゆっくりと水を飲み、ほぅと小さく息を吐く。
その様子で、傷は痛むだろうが体調は悪くなさそうだと判断して、安堵の息を吐いた。

「聞きたい事は山ほどあるけど、まずは何か食べなきゃな。粥くらいならいける?」

そう聞くと、彼は驚いた表情を浮かべて私を凝視した。

「どう、して…?」
「…何が?」

その先に続く言葉が思い当たりすぎて答えられない。

『どうして助けたのか?』
『どうして何も聞かないのか?』
ああ、『どうして一緒に寝てたのか?』かもしれないね。

絶対に違うと思いつつ、最後の思い付きが気に入った私は勝手にそれに答えることにした。
きっと今、私の顔には意地悪な笑みが浮かんでいるだろう。

「一緒に寝てたのか、って? 悪いね。布団が足りなくてさ」
「な、違っ…!」

再び顔を赤くした彼の頭に手を置いて、そっと撫でたら顔をそむけられてしまった。
その後で、傷に障ったのか表情を歪めさせているから面白い。
わざわざ無理しなくても良いのにねぇ。
なんてからかい甲斐がある子なんだろう。

くすくすと笑いながら、私は立ち上がった。

「ま、長くなりそうだし話は後だな。横になる?」

寝たり起きたりするよりも、食べ終わるまでは起きていた方が楽だろうか。
そう考えて、念の為にと確認すれば、案の定彼は否定した。

「いえ。このままで…」
「ん。分かった」
「あ、あの…」

遠慮がちな声に振り返る。
彼は真っ赤な顔で、私から視線を逸らした。

「…何?」
「そ、の………下も、履いてくれませんか…?」

…は?

いや、嘘、まじで?
私が履いているのは、短めのハーフパンツ。
膝上丈ではあるけど、ショートパンツ程じゃない。

それで、この反応なんだ…?

まじまじと彼を見つめると、ふいと逃げるようにまた視線を逸らされて。
そして、またもや痛みに顔を歪めさせている。

あれま。
そんなに痛い思いをしてまでですか?
コイツ、どんだけピュアなんだ?

けれど困った事に、私の持っている部屋着はだいたいこんなもんだ。
足に布がまとわりつくのが好きじゃないから、これより短いのはあっても長いのは…。

「…あったかなー?」

台所に向かう前に、押し入れの衣料ケースを引っ張り出すが…。

残念。
ないもんは、ない。

けれどチラリと彼を見てみると、赤い顔で視線を泳がせまくっている訳で。
なんとかしてやらなきゃ、という気にさせられてしまう。

そしてあれこれ探して、ようやく見付けたのは一枚のスカートだった。
マキシ丈と言われる長いヤツだから、これならなんとか大丈夫だろう。

ハーフパンツの上からそれを履けば、一応足首くらいまでは隠れている。
ま、パーカーとのバランスはちぐはぐだけど、今は気にしないでおこう。

「これで平気?」
「あ…はい、すいません」

安心したような表情を浮かべる彼の顔は、まだまだあどけない。
それにより私の中の本能的な何かが、またくすぐられてしまった。

「ま、一人も二人も三人も変わらんか…」
「は?」

大地、平太、それから…

「そーいや、アンタ名前は?」
「…食満、です」
「ケマ?」
「食満、留三郎…です」
「ケマ、トメサブロー…また随分と古風な…」
「…?」

笑う私に首を傾げるトメサブロー。
その瞳を覗き込み、私も名乗った。

「私は由利恵、松阪由利恵。よろしく、おトメ」
「おトメ!?…っつ…」

痛がるおトメに苦笑を浮かべ、私は今度こそ台所に向かった。


デカイわりには可愛いおトメ。
平太に続いて、私が負けた。
こうなりゃ、まとめて面倒みてやろうじゃないか!
決して子供好きじゃない自分の母性本能とかいうヤツに、私が誰より驚いていた。




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あきゅろす。
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