二.困惑 ゆるゆると、意識が浮上していく。 だが、体はピクリとも動かなかった。 全身が重たくて、まるで深い沼の底にいるようだ。 まとわりつく倦怠感を振り払う事が出来ず、俺はそのまま体を横たえていた。 俺は…どうしたんだ? 重いのは体だけじゃない。 頭の中も、靄がかかったようにハッキリとしない。 俺は死んだのか? それとも…? 自分の体が自分のものではないように感じられて、 だが意識が『俺』であることは間違いない。 生きているのか、 死んでいるのか、 ここがどこなのか、 何があったのか…? 全てが分からないまま、再び意識が闇にのまれそうになっていく。 だが、聞こえた声が俺の意識をかろうじて引き留めた。 …子供…? 遊んでいるらしい子供の声。 元気で絶え間ない声の隙間から微かに聞こえる、躊躇いがちで物静かな声に覚えがあった。 平、太…? ゆっくりと瞼を持ち上げる。 目に映る見たこともない空間を不思議には思ったけれど、驚く事が出来るほど今の俺には余裕がないようだ。 声の主を求めて視線をさまよわせると、少し離れた場所で二人の子供が座っていた。 その片方の上で、俺の視線がピタリと止まる。 見慣れない装束を着てはいるが、間違いなく… 「へ…た…?」 自分でも驚くほど、小さく掠れた声だった。 だが、それでも平太の耳には届いたらしい。 弾かれたように振り向き、俺を見て、平太の目が驚きに見開かれた。 そして… 「食満先輩っ!」 駆け寄ってきた平太の顔が、みるみるうちに歪んでいく。 そして涙を溢れさせ、俺の胸元にしがみついた。 「けませんぱい…げまぜんばいぃっっ…!」 「平、太…無事、で、良かっ…」 声を出すのも辛いほど、俺の体は弱っているのか。 言葉は不自然に途切れてしまうし、持ち上げた腕は驚く程重たい。 それでも、少しでもいつも通りに見えるように装って、俺はそっと平太を撫でる。 けれど平太は、いつものように安心した顔を向けてはくれなかった。 まるで俺を拒むように、体を震わせながら首を横に振り続けるのだ。 「ごめんなざいっ…僕の、僕のせいで…」 山賊に捕らえらたことを言っているのだろう。 俺は平太の頭から手を離さずに、微笑んだ。 「お前、の、せ、じゃ……自、分の……」 こんなにもボロボロになってしまったのは、自分のせいだ。 己を過信し、三病にかかった。 そこから判断を違え、それを補える実力もなかった。 全て、俺自身の鍛練不足が招いたこと。 だから、平太が気に病む事はない。 ゆっくりと、平太の頭を撫でながらそう告げるが、掠れた声しか出てこない。 俺の意志は伝わっているのか、いないのか、ただ平太は謝りながら泣くばかりで…。 それが、なんともいえず歯がゆい。 謝りたいのは俺の方なのに。 ちゃんと助けてやれなくて、それどころか俺自身もボロボロになり、こんなに心配をさせてしまって。 先輩として、六年生として、なんと情けない事か。 だが、それでも死なずに済んで良かった。 平太に更なる重荷を背負わせる事にならなくて良かったと、心のどこかで安堵する俺がいた。 そんな状態が、どれくらい続いただろうか? ようやく落ち着いたらしい平太が、何かを思い出したように、俺の胸から唐突に頭を上げた。 「……?」 「あ…由利恵、さん…」 …由利恵さん? 聞き覚えのない名に首を傾げると、その僅かな動きですら激痛が走る。 うっすらと涙を滲ませる俺の横をすり抜けて、平太は俺の背後へと回り込んだ。 「食満先輩が気付いたら、起こすように言われていたんです…」 起こす…? 誰かいるのか? 痛みを避ける為、ゆっくりと体の向きを変え、視線を背後へと向ける。 そこには…俺に寄り添うようにして眠る、 一人の女がいた。 同じ布団の中で、 あられもない姿をしているように見える女。 ここがどこか、だの、 俺は生きているのか、だの。 そんな事がどうでもよくなるくらいには、驚いた。 本能的に、平太の前でやらかしてしまったのかと一瞬血の気が引いたけれど、 寝返りすら打てないこの体で、そんな事が出来るはずもなく、 今だけは、 満身創痍という言葉がピッタリとはまる、自分の怪我に感謝した。 [*前へ][次へ#] |