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1.居直り


角を曲がったらイケメンにぶつかって、そこから恋に発展するとか、
まぁ、よくある話だよね。

実際に経験した、なんて奴の話は聞いた事がないけどさ、
ドラマや漫画なんかではいわゆるお約束ってヤツ…だけど。

角を曲がったら血まみれの子供が倒れてる。

ってのは、厄介事の匂いしかしないから勘弁してもらいたい。

え〜…なんだこれ。

リンチでも受けたのか、変な格好をしてる少年は血まみれのボロボロだ。
その足にしがみついてる男の子も同様の変な格好をしているが、こちらは怪我はわからない。

兄弟か?
ってか、なんだコイツら。

いつからここにいるのかは知らない。
けれど、少年達の姿はそれなりの人数に見られたハズなんだが…

「ま、素通りするよなぁ…」

厄介事には首を突っ込まない。
それが都会での自衛手段だ。
出来ることなら、私だって素通りしたい。

だけど、ここウチの前なんだよね。

このまま放置して、明日の朝、そのまんまの姿でここにいたら…
んでもって、冷たくなってたりしたら、いくらなんでも目覚めが悪い。

しかも、そうなったら引っ越しを考える所だが、あいにくそんな貯金はない。

はぁ、と諦めのため息を一つついて。
私は腹をくくった。

「お〜い…生きてるか〜?」

声を掛けても反応はない。
でもわずかに上下している少年の胸元が、呼吸をしている事を教えてくれた。

はぁ、とため息をもう一つ。
今日は長い夜になりそうだ。

「すぐに戻ってくるから…死ぬなよ?」

今、私は自転車に跨ったままであり、その後部座席には愛しの息子が眠っている。
こいつらをどうにかしない事には身動きが取れないのだ。

アパートの駐輪場に自転車を停めて、息子を抱き上げバッグを掴む。
ちらりと視線を少年達へと向ければ、相も変わらず通行人の冷たい視線に晒されていた。

救急車くらい呼んでやれよ…。
まぁ、出来る事なら無視したい、と思った私も同じ穴のムジナだけどな。

またしても漏れたため息は、何に対するものなのかすら分からない。

部屋に戻って息子を布団まで運び、起きる気配のないその首に私は一本のチェーンを掛けた。

「目が覚めて、もし母ちゃんがいなかったら…ここに電話するんだよ?」

それは、私の携帯番号が刻まれた迷子札だった。

母一人、子一人。
のっぴきならない事情で、この子のそばに居てやれない事もある。
そんな時の為、何かあったら携帯に電話するようにと、それだけは日頃から言い聞かせていた。

鍵と携帯を手に持って、再び外へと引き返す。
血まみれの少年は、近くで見ると思っていた以上に酷い傷だった。

「ちょっとアンタ、大丈夫?」

軽く肩を揺らしてみるが、反応はない。
これは…マジでやばいかもしんない。

私は携帯を開いて119番をダイヤルし…ないで、ある人物の名前を呼び出した。

悪いけど、保険証もない見知らぬ子供を、全額負担で医者に診せてやる余裕はない。
だったら『二度と連絡するもんか』と心に決めた相手でも、利用するのが賢いってもんだろう。

電話を耳に当てて、コールの回数をなんとなく数えてみる。

二回、三回、四回…。

『ももしもし!? どどうかした!?』

八回目でようやく出た相手のうろたえっぷりに思わず吹いた。
向こうも私から電話が掛かってくるとは思っていなかったのだろう。

「突然で悪いんだけど、診て欲しい子がいるんだ。どうしたら良い? 私は救急車を呼んでもいいんだけど」

都合が悪いなんて言わせないよ。
こちとらアンタの弱みを握ってるんだから。

慌てた相手は案の定、救急車を拒否して『迎えに行く』と言いやがった。

「わかった。早くしてね」

私との繋がりを公にしたくないアイツの事だ。
おそらく大急ぎで迎えに来て、自ら処置をするだろう。
そして、とっとと追い返したいと思うだろうけど…入院が必要になったりしないよな?

そんな事を考えながら、私は煙草に火をつけた。
目の前の少年の傷は酷すぎて、私には応急処置すらしてやれない。
下手に動かす事も出来ず、私はただ彼らのそばに座って、

そっと、その体に手を添えた。





少年の状態は酷かったけれど、命に別状はなかった。
全身の傷に適切な処置をして、鎮痛剤やら鎮静剤やらを点滴し、今は大人しく眠っている。

…私の家で。

本っっっ当に呆れるくらい利己的な知り合いは、
私と関わりたくないばっかりにサクッと治療を終わらせて、速攻で私達を自宅へと送り届けたのだった。

息子もいるし、それはそれでありがたいけどさ。
確か医者には『事件』をにおわせるような傷を見つけたら、通報の義務があったはずだ。
今回の患者はそれに該当したと思うけど、アイツはそれをあっさりと放棄しやがった。

こちらとしても面倒はごめんだからいいけど…医者としてどうなのさ。

煙草を吸って、煙を吐く。
窓から見える空は、もうだいぶ明るくなっていた。

ひと眠りしたいところだけど、そろそろ息子が起きてくる。
寝るのは朝ご飯を作ってからの方がいいだろう。

そう考えて煙草を灰皿に押し付けて、ふと寝ている子供達を見ると、見開かれた一対のそれと目があった。

「あ…」
「ひぃぃぃぃぃ!!」

傷だらけの少年にしがみついていた子。
こちらも多少の打撲はあったけど、深い傷はなかった為、点滴は打っていない。
だから目が覚めたのだろうが…そんなに怯えなくても良いと思うぞ。

布団を掴んだまま後ずさりしたその子に向かい、私は立てた指を口元に寄せた。

「し〜っ。起きちゃうでしょ?」

そしてちらりと傷だらけの少年を見る。
私につられてそちらを見た子供は、先ほどよりも大きな声を上げた。

「食満先輩っっっ!!」

てめ…静かにしろと言っただろうが。
なんて思いつつも、子供の言葉が引っかかった。

『先輩』…?
兄弟じゃないのか?

少年に駆け寄った子供は寝ている少年に安心した様子で、今すぐ起こしたいのをぐっとこらえているように見えた。

うん、ちゃんと考える事が出来る賢い子のようだ。

私は小さく微笑んで、彼の頭にそっと手を置いた。

「大丈夫。ちゃんと治療して、今は寝てるだけだから」

なるべく威圧しないように、この子が安心出来るように。
努めて優しく話しかけると、彼はそろそろと私を見上げた。
まだ、その瞳は怯えの色が強い。

「…あなたが、助けてくださったんですか…?」

おっとぉ!?
『くださった』だと!?

こんな小さな子からそんな敬語が出てきた事に驚きつつ、私は曖昧に頷いた。

「どうだろうな…。私は倒れてたアンタ達を医者と引き合わせただけだよ」

送迎付きだったし、お金も払ってない。
こんなんで助けたと言うのはおこがましいが、一応はそういう事になるのだろうか?

やわやわと子供の頭を撫でながらじっと見つめていれば、
この子も何かを判断するかのようにこちらを見つめる。
そして…

ぐぅぅぅぅ〜。

彼のお腹から音がした。

「あ…」
「ぷっ…」

張り詰めていた糸がプツンと切れたようで。
私が笑うと、彼は真っ赤に顔を染めて俯いた。

「腹減ってんの? なんか作るからちょっと待ってな」

そう言って笑いながら立ち上がると、子供はびくぅっ!と一瞬体を強ばらせた。

随分、警戒されてんなぁ。
どんだけ怖い思いをしたんだか。

息子の朝ご飯も一緒に作ろうと、冷蔵庫をパカリと開けると、

「ひっ!!」

と後ろから声が聞こえた。

……怯えすぎだろ。

私はソーセージを片手に立ち上がると、再び子供に近付いて顔を覗き込んだ。

「っ!!……あ、の…」

じい〜っと瞳を逸らさずに見つめ、
相手の視線が、ちゃんとこちらを向くまで待つ事しばし。

そして相手の視線が泳がなくなった事を確認して、私はにっこりと微笑んだ。

「私は由利恵。よろしくね。…アンタは?」
「…下坂部、平太…です」

うんうん、妙にビクついてる事を除けば、礼儀正しいよい子じゃないか。
私は平太の頭をポンポンと撫で、再びキッチンへと向かった。


妙に脅える平太を『可愛いな』と思ってしまった時点で、きっと私の負けなんだろう。
何があろうと面倒を見てやるしかないと、この時の私は居直るしかなかった。





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