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稽古〜荒立ち〜


結局、仙蔵は一緒にお風呂に入ってはくれませんでした…くすん。


******


明けて翌日。
今日は一日バイトもなくて、昼から夜まで稽古の日。
仙蔵一人を家に残して行くわけにもいかなくて、俺はコイツを稽古場に連れて行く事にした。

未完成の芝居を繰り返し見続けるのはしんどいかもしれないが、今日ばかりは仕方がない。
頭の良いコイツの事だから、すぐに一人で外出も出来るようになるだろうし、
そうしたらもうちょっと自由にさせてやれるから、それまでの辛抱だ。

そのかわり、今日は少し早めに家を出て『未来観光』をさせてやる。

そう言えば、仙蔵は素直にコクリと頷いた。

で、外出する為には着替えをしなきゃならない訳だが、これが意外な程に楽だった。
何しろ、俺と仙蔵は服のサイズがあんまり違わないのだから。

ここで俺達の体型について簡単に説明しておくと、俺は身長178cm。
そして仙蔵は162〜3cmくらいだろうか?

現代では珍しくもないがそれなりに背が高い俺と、顔のあどけなさと長い髪のせいで女の子のようにも見える仙蔵は、
並べばカップルに見える…かもしれない。

そんな俺達の服が、何故同じサイズなのかと言えば、単に俺が規格外に痩せているせいだ。

自他共に認める貧乏な俺の食生活はひどいもので、料理が出来ないからまず自炊はしない。
コンビニ弁当が食えればましな方で、カップラーメンもよく食べる。
年に何回かある舞台前にはカップすら買う金がなくなり、米と塩でしのいだりもしょっちゅうだ。

それで太れるハズがない。

余談だが、昔付き合っていた彼女から真顔で、

「私より軽くなったら別れるからね」

と言われた事もあったりする。
そして本番前、実際に彼女より軽くなったら本当にフラれてしまったのだから笑えない過去だ。
まぁ、別れの理由は体重じゃなくて、俺が舞台の事しか考えられず彼女を構ってやれなかったからだけど。

…それはさておき。

そんな俺に対して、さすがは忍者…と言おうか、一見すると華奢にも見える仙蔵は、きちんと鍛えられていて程よく筋肉も付いている。

という訳で、俺と仙蔵の『太さ』はあまり変わらず、しかも着るのはTシャツとかラフなものだから、使い回しても全く問題はなかった。
ただ、パンツの丈だけはどうしようもないくらい違うのだけど、そこはハーフパンツを使ってもらえば問題ない。

今が初夏で良かったと、心底思った。

そうして着替えさせた仙蔵は、その恐ろしく綺麗でさらっさらなストレートのロングヘアのせいか、どうしても女の子に見えてしまう。
そこで、髪を低い位置で纏めさせ、キャップを被せて誤魔化してみたら…

「完っっっ璧だ!!」

思わず笑顔で満足感に浸れるくらいの、絵に描いたような美少年が出来上がった。

「未来の服はどうだ?」

仙蔵が着ていた忍者服は、生地が硬くて伸縮性もない。
意外と動きにくそうだし、リラックスも出来そうになくて、だからこっちの服を気に入ってもらえるんじゃないかと思っていたのだが、
やはり人間は慣れているものの方が落ち着くらしい。
仙蔵は、少しだけ眉をひそめた。

「柔らかすぎて心許ないな。着ている感じがしない」

そんな、男がスカートをはいた時みたいな事を言うなよ…。

俺が苦笑いを浮かべて、今度は自分の身支度を整えていると、仙蔵は困ったような顔でこちらを見た。

「慶太殿」
「ん? どした?」
「苦無と焙烙火矢はどこに隠せばいいのだ?」
「そんなもの持ち歩いちゃいけません!!」

もう、仙蔵ったら恐ろしい子!!

仙蔵の持つ武器達を慌てて取り上げれば、コイツはムッとした表情を浮かべやがる。

「忍者たる者、武器も持たずに出歩けるものか」

返せ、と手を差し伸べてくる仙蔵に、俺は取り上げた物を高く掲げて言った。

「この時代には『銃刀法』ってのがあってな、余計な武器を持ち歩くと罰せられるんだ」
「なんだと!? では帯刀出来るのは武士だけなのか!?」

あ、あ〜、そうか。

日本の歴史をバラしていいのかわからないが、とりあえず今の俺には、日本の歴史よりも今の生活の方が大事な訳で。
苦無と焙烙火矢を背の高い本棚の上に置くと、俺は仙蔵に向き直った。

「もう武士はいないよ。貴族も平民もいない。皆、同じ『人間』だ」

もちろん家柄や、貧富の差は存在する。
でも、昔のような階級制度はない。
そう説明すると、仙蔵はたいそう驚いた顔をした。

「同じ…『人間』?」
「そう。最低限のルールを守れば、どこに行っても、何をしてもいい」

良い時代だろ?

そう言ってニコリと笑えば、仙蔵は首をかしげた。

「最低限のルール、とは?」
「ん〜、人を殺さないとか、人の物は盗まないとか、そんな感じか?」

身支度を再び始めた俺は、気付くことが出来なかった。

「そうか…」

と呟いた仙蔵が、少し切ない表情を浮かべていたことに。
外に出て、仙蔵は大きな目をこれ以上ないくらいに見開き、
口もぱっかりと開けて呆然としていた。

「こ、これは…」

「どうだ! これが未来だ」

何一つ、俺が作ったものはないけれど、なんとなく自慢げにそう言ってみる。
昨夜は不完全燃焼だった「仙蔵の驚く顔が見たい」という欲求が満たされて、俺は大満足だった。

……この時だけは。

稽古場に行く為、駅へと向かう。
その道で見かけるものは仙蔵にとって、俺が思っていた以上に衝撃的だったらしい。

「地面が、硬い?」
「アスファルトだな」
「これは、何で出来ているんだ?」

…さあ?

「あれは何だ?」
「車だよ。中の人間が動かしてて、歩かなくても遠い目的地に行ける」
「ほう、便利なものだ。どういう仕組みになっているんだ?」

……知らねーよ。

「あの光は?」
「信号です。赤の時は道を渡っちゃいけません」
「見事だな。誰が合図を出している?」

………国土交通省?

そんな感じで、仙蔵の質問は厄介だった。
驚くだけならいい。
簡単な質問なら答えられる。
でも仕組みや成り立ち、素材や原理、そういう深いところを聞かれたって答えられる訳がない。

分かる事だけは答えつつ、知らない事は誤魔化しつつ歩いていたが、30分ほどが経過した時点で、俺は既にぐったりだった。

コイツ…面倒くせぇ…。

「あれは…」
「……今度は何だ?」
「なんだ?」

ん?

仙蔵の怪しむ目線を辿ってみると、そこにはご近所のアイドル・ロッティーちゃんがいて、ぐったりしていた俺のテンションが一気に上がる。

「ロッティーちゃん! 久しぶりだなぁ!」

俺は彼女に駆け寄ると、首元にわしっと抱きついた。
そんな俺に喜んで、彼女は強烈な勢いで俺の顔を舐めまわしてくれる。

ちなみにロッティーちゃんは、スタンダードプードルです。

トイプードルが主流となった今、羊みたいにデカいスタンダードプードルは珍しい。
しかも彼女は、足首やおしりの毛を丸く残して他は刈り込むという、一昔前のプードルの王道スタイルを保っていた。

だから、だろうか?

俺がロッティーちゃんと戯れているのを、仙蔵は脅えた様子で見ていた。

仙蔵が、犬に脅えるとは思えない。
だから多分、仙蔵にはロッティーちゃんが犬に見えていないんだろう。

「お久しぶりですね」
「本当ですね。会えなくて寂しかったですよ。なぁ、ロッティーちゃん?」

飼い主である上品な老婦人と言葉を交わす。
その間も、ロッティーちゃんはちぎれんばかりに尻尾を振って、俺を押し倒しそうな勢いでじゃれついていた。

「お連れの方は、大丈夫なんですか?」
「へ?」

老婦人の言葉に振り向けば、仙蔵が複雑な顔で俺を見ていた。

ロッティーちゃんがなんなのかわからず、俺が襲われているようにも見えるが、当の俺は笑顔だし…で、どう判断していいのかわからないんだろう。

俺は笑顔で仙蔵に呼びかけた。

「仙蔵も触ってみるか? ロッティーちゃんは噛みついたりしないぞ?」
「いや、私は…」
「撫でてあげてくださいな」

俺と老婦人の笑顔に逆らえなかったのか、仙蔵は少しずつ近付いてくる。
緊張した面持ちで、そっとロッティーちゃんの頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。

「可愛いだろ?」
「ああ、そうだな」

仙蔵の頬が、柔らかく緩む。
やっぱり動物の可愛さは、時代を超えて共通だな。

…と思った次の瞬間、ロッティーちゃんは仙蔵に飛びついた。

「うわっ!?」

体のデカいロッティーちゃんが前足を上げると、その大きさは仙蔵と対して変わらない。

ロッティーちゃんに悪気はなく、嬉しくて仙蔵にじゃれつきたかっただけなんだろうけど、
彼女の正体がわかっていない仙蔵にとっては、驚いただろうし、恐怖ですらあっただろう。

次の瞬間、仙蔵の姿がなくなっていた。

「…仙蔵?」

キョロキョロと辺りを見回すが、どこにも仙蔵の姿はない。

「な、なんなのだ、ソイツは!?」

その声に振り向くと、仙蔵が他人様の家の屋根の上にいた。

ちょ、ちょっと待て。
いくら驚いたからって、今の一瞬でそこに上がった訳か?
恐るべし、忍者の身体能力!!

…じゃなくて。

俺は慌てて仙蔵へと声を掛けた。

「そんなところに登っちゃいけません!! 大丈夫だから、降りて来なさい!」

セ○ム的なものに引っかかったらどうするんだ!!
身分を証明できないお前は、かなりの不審人物だぞ!!

老婦人が気遣いで、ロッティーちゃんと共に散歩を再開してくれて。
彼女がいなくなったのを確認して、ようやく仙蔵は降りてきた。

そして俺はすかさず仙蔵の手を取り、がっちりと握りしめたのだった。



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あきゅろす。
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