稽古〜本読み・後〜 その後、トイレとか風呂とかテレビとか電気とか。 生活していく上で必要な事を教えながら思った事… こいつ、多分メチャクチャ頭いい! お世辞にも説明が上手いとは言えない俺の言葉を、キチンと理解して凄まじい早さで吸収していく。 一度説明した事は聞き返さないし、質問も的確だし、何より『時代が違う』という事に対する躊躇いがない。 驚きはあったけれど、それもつかの間の事で。 既にこっちの技術にも慣れたらしい仙蔵は、テレビを見ても『そういうもの』として受け入れていく。 コイツ、本当に十五歳か…? 「ってか、反応ねぇとつまんねーじゃんかよぉ! 俺が!!」 「知りませんよ!」 突然叫びだした俺に、仙蔵がツッコミを入れてくれた。 この辺は、何故か妙に律儀なんだよなぁ。 なんて思いつつ、俺は敷きっぱなしの布団にゴロンと横になった。 「仙蔵が冷たいっ! せっかく時を超え、奇跡的に出会ったお前と友情を育もうとしているのに…」 よよよ、と芝居臭く泣いて見せれば、仙蔵のこめかみがひくひくと引きつる。 その顔から、余裕が消えたのが分かった。 「突然、訳のわからない場所に放り込まれた身にもなれ! 理解も出来んものを覚えるだけで一苦労なんだぞ!」 おふざけの相手をしている暇はない! そう叫んでから、仙蔵はハッとした表情を浮かべて視線をさまよわせた。 ほぅ…なるほど。 さっきまでの仙蔵は、俺を年上の家主として扱い、一線引いていた。 だけど、あまりにもふざけた俺の態度に素が飛び出したってトコだろうか。 「すいません…」 気まずい表情で俯く仙蔵に、俺は笑顔で話しかけた。 「今のが、素の仙蔵…か?」 仙蔵は答えない。 俯いているため表情も見えない。 だから何を考えているのかはわからないが、なんとなく予想はつく。 多分、追い出されるとか考えてるんだろうな。 「仙蔵。最後に一つ、ここで暮らす為に重要な事を言っておく」 そろり、と俺を見た仙蔵は、案の定ビビったような顔をしてる。 そんな仙蔵に、俺は出来る限り優しく笑った。 「自分の感情に、嘘をつくな」 「う、そ…?」 出会って何度目だろうか? キョトンとする仙蔵に、俺はゆっくり頷いた。 「無理するな。我慢するな。俺が馬鹿だと思ったら、力いっぱい罵れ」 さっきみたいにな、と言うと仙蔵は慌てて手を振った。 「いや、あれは…」 「そもそも、だな」 仙蔵の言葉を遮って、グイと顔を近付ける。 仙蔵の大きな目が、パチパチと瞬くのが面白かった。 「お前の面倒をみるとか言っときながら、俺にはそんな甲斐性はない! むしろ俺の方が迷惑をかける可能性も大いにある!」 胸を張ってそう言うと、仙蔵がポカンとした顔になっていた。 「だから年上だの家主だのは気にするな。対等でいようぜ。敬語も使わんでよろしい」 「し、しかし…」 多分、昔の方が縦社会とか年功序列が厳しかったんだと思う。 それが当たり前になっている仙蔵には、逆に酷な事を言っているのかもしれないけど。 「ってか、お前が緊張してっと俺も緊張すんだよ」 そんなの疲れるからヤダ! わざとらしく頬を膨らませてそう言えば、仙蔵は諦めたように大きなため息をついた。 「わかった…努力、してみよう」 まぁ、今はまだそれでいいか。 俺は満足して頷くと、ニヤリと笑った。 「言っとくけどな、心にもない事を言ったらすぐに見抜くからな! 役者のたまごを舐めんなよ!」 「…それなら私は忍者のたまごとして、騙しぬいてみせよう」 必要な時には、な。 不適に笑う仙蔵は、今まで見た中で一番自然で、 やっぱりコイツ、猫を被ってやがったんだな、と実感した。 「じゃ、そういう訳で仙蔵!」 「なんだ?」 「一緒に風呂に入ろう!」 俺のナイスな提案に、仙蔵は思いっきりずっこけた。 「な、なぜ、そうなる…?」 ヨロヨロと起き上がる仙蔵に、俺はふふんと笑って見せた。 「友情を育む!! 親睦を深める!! と言ったら裸の付き合いと、昔から決まってるじゃないか!」 「…生憎だが、私のいた時代には、そんな決まりはなかった」 心底嫌そうな仙蔵の首に腕を回し、俺はぎゅうっと締め付けた。 「何をする!」 「照れるなって。使い方だって覚えきれなかったんだろ? また教えてやるからさ」 「照れてなどいない! 風呂の使い方も覚えている! 気遣いは無用だ!」 「またまた〜、遠慮しちゃって〜」 「遠慮ではない! 貴様は役者のたまごだろう! 正しく感情を読みとらんかっっっ!!」 こうやって絡むと、どんどん仙蔵から感情が溢れ出て、それが俺には嬉しかった。 せっかくだからさ。 リラックスして、楽しみゃ良いんじゃね? 俺も、仙蔵も。 [*前へ][次へ#] |