稽古〜本読み・前〜
「いいか? ここで生活をするにあたって、大切な事を言っておく」
いきなり真面目な表情でそう言った俺に、仙蔵はピタリと動きを止めた。
そして大きな瞳で俺を捉え、咀嚼していたコンビニ弁当をゴックンと飲み下してから、
「な、なんでしょう?」
と問い掛けてくる。
仙蔵は喋り方が落ち着いている…というか古くさいし、態度も思考も冷静だから、十五歳だと聞いた時には驚いたけど、
こういう時に見せる表情はまだあどけなくて、ちゃんと十五歳なんだなぁ、と思える。
本人は嫌がりそうだけどな。
ちなみに、コンビニ弁当を仙蔵に譲ったのは俺なりの配慮だ。
互いに腹が減っていたが、生憎と弁当は一つ。
それ以外には、買い置きのカップラーメンくらいしかなくて。
有機野菜的なものしか知らないだろう仙蔵に、いきなりそれはハードルが高いと思ったからだ。
そして実際、コンビニ弁当ですら「薬の匂いがする」と顔をしかめた仙蔵に、俺は間違っていなかったと心の中で自分を誉めた。
気にするな仙蔵。
それは保存料という世紀の大発明だ。
多分、体に害はない。
俺の微妙な説明に仙蔵は顔をしかめたが、空腹には勝てなかったらしくおとなしく弁当を口に運んだ。
…話を戻そう。
真面目な顔で仙蔵を見つめる俺を、神妙な顔で仙蔵が見つめ返す。
そこで、俺はきっぱりと言い切った。
「ウチは貧乏だ!」
「……は?」
キョトン、と何を言われているのかわからない様子の仙蔵に満足して、俺は乗り出していた体を引いた。
よし、こういうのは言い切った者勝ちだ!
「貧乏、つまり金がない!」
「いや…まぁ…そう、ですか…」
何かを言おうとした仙蔵が、その言葉を飲み込んだ。
ふっ、憐れみの言葉はいらねぇぜ。
そう言って俺が軽く手を振れば、仙蔵からは小さなため息が漏れた。
「で、私にどうしろと…?」
そこなんだよなぁ…。
ポリポリと頭を掻きながら、俺は困って仙蔵を見る。
別に何かをしてもらうつもりはない。
面倒を見ると言った以上、責任も持つつもりだ。
ただ…
「とりあえず覚悟しとけ…って事かな」
仙蔵には申し訳ないが、本番を直前に控えている貧乏役者には、あまり余裕はないのだ。
否、全く余裕はないのだ。
「この家は維持するし、服でも何でも好きに使っていい。問題は…」
飯だよな。
自分一人ならどうとでもなる。
最終手段として、米と塩でも耐えられる。
だが仙蔵は育ち盛りだし、そんな事はさせたくない。
十五歳…当時、自分は部活に明け暮れて常に腹を空かしていた。
そして、なんの遠慮もなく、母さんの作る飯を腹一杯に食っていた。
「最悪…実家に頼るかなぁ」
出来れば使いたくない手段だが、背に腹は変えられない。
ポツリと呟くと、仙蔵から質問があがった。
「慶太殿は、いつもこれを食べているのですか?」
ど、殿って、おま…。
初めて名前を呼ばれてみれば、まさかの『殿』付け。
思わず吹き出しそうになりながら、俺は仙蔵へと視線を向けた。
そう言えばさっきも『坂本殿』って呼ばれたっけ。
芝居の中ではそう呼ばれるから違和感がなかったが、本名でやられるとなんだか妙な気分だな。
そんな事を考えつつ仙蔵の視線を辿ると、そこには食べかけのコンビニ弁当があって。
俺は迷わず頷いた。
「まぁ、そうだな」
「これは、慶太殿が作ったものではないのでしょう?」
「あぁ、出来上がってるのを買っただけだ」
「ご自分では、料理はしないのですか?」
不思議そうに問い掛ける仙蔵の視線の先には、我が家のささやかな台所がある。
何を見てそう判断したのかは分からないが、あそこが料理をするべき場所だという事は見ただけで分かったようだ。
「俺、料理なんか出来ねぇもん」
現代で一人暮らししている男としては、そんなに珍しい事じゃないだろう。
「そうですか…」
呟いて、何かを考える仙蔵に悪戯心が芽生える。
そういえば、水道にえらく驚いてたよな。
コンロとか見せたらどうなるんだろう?
あと、風呂とか、テレビとか…。
「ま、なんとかなるだろ。それより仙蔵に、この家の使い方を教えとかなきゃな」
「家の…使い方?」
ワクワクとする心に従って、俺は無理やり話を中断させた。
そしていかにも重要な事のように告げて、仙蔵を台所のコンロの前に立たせる。
「これなんだけど…な!」
「うわっ!」
いきなり火を付けた俺に仙蔵は青くなって抗議してきて、
狙い通りのリアクションに大爆笑していると、
「笑いごとではありません! 万が一引火したらどうするんです!」
仙蔵の懐からゴロゴロと爆弾…焙烙火矢だっけ?が出てきて、俺は一気に青ざめた。
どんだけ持ち歩いてんだよ、仙蔵…。
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