もう一人の戦術予報士
1
「ロキ、いるかー?」
ロックオンはロキターシュの部屋を3回ノックした。
反応はない。普通ならばいないのか、と諦めて他を当たるところだが、相手はロキターシュ。
この程度のノック音で気がつくとは思えない。
躊躇なくロックを解除し、部屋に入る。
彼の部屋の暗証番号は、プトレマイオスのメインクルーなら全員が知っている。
暗証番号と呼べないそれをロキターシュが変更しないのは、ただ単にめんどくさいからと言う理由だ。
いつまででも寝ようとするロキターシュを起こすために彼の部屋に入ることは必須なので、誰もそれに対して口を出さない。
ベッドとモニター、そして簡易収納だけの殺風景な部屋は、自分の部屋と同じ間取りだ。
ロックオンはベッドに視線を移し、ため息をついた。
「全く、この人は」
ベッドの上でネコのように丸く包まっている人物こそ、ロキターシュ・ヴェルネ。この部屋の主である。
一人の指揮官による作戦のパターン化を防ぐため、この組織にいるもう一人の戦術予報士。
オレンジ色の髪をしたその人は、今日も今日とて惰眠を貪っていた。
マイスターでないため訓練は必要ないし、やらなければならない整備もない。
だからといって寝ていて言い理由もないが、彼は暇さえあれば寝る。どこでも寝る。
作戦終了時にブリッジに戻り、眠りこけたロキターシュを見たときはさすがのロックオンも一瞬殺意が沸いた。
「起きろよロキ。ブリーフィングがはじまんぞ」
「ん、ふぅ……」
微かな声を漏らして、ロキターシュがシーツを引き上げる。
ロックオンはそれを反対方向に引っ張り、ロキターシュの肩を揺すった。
「ロキ。ティエリアが怒るぞ」
「……あいつは、いつも怒っている」
寝起きの癖に、しゃんとした口調でロキターシュは喋る。
狸寝入りかと疑ったこともあったが、寝起きがいいだけらしい。
いつでも回転の早い頭は戦術予報士として好ましい体質だ。
「お前がそんなんだからだよ」
じろりと寝起きの機嫌の悪い眼でにらまれるが、生憎それはもう慣れっこだ。
今頃イライラを募らせている同僚を話しに出せば、その眼はいっそう細められた。
彼とティエリアは仲が悪い、というよりはそりが合わず、何かにつけて衝突している。
初めこそ執り成していたロックオンだが、今ではもう傍観に徹している。
止めた所で再発するのは目に見えているからだ。
「ほら起きろ。俺も怒るぞ」
「起こされた事に対して、俺が怒ってもいいか?」
「何言ってんだよ。起こしに来てやっただけありがたく思え」
遅刻を遅刻と思わない彼は、放っておくと予定を無視して寝続ける。
彼はマイタイムを持っているのよ。とは、ロキターシュと同じ役職に着くスメラギの言葉だ。
きっとそのマイタイムとやらに記されているのはほとんどが睡眠時間だろう。
「眠い」
「あほか。仕事明けの俺のほうが眠いよ」
「あー……おかえり」
「おう、ただいま。お前さんの予報通りだったぜ」
「当たり前だ」
自信満々に言い切ると、ロキターシュはおもむろに着ていたTシャツを脱ぎ始めた。
薄い水色のそれを放り、ベッドサイドに投げてあった長袖のTシャツを被る。
この二つのTシャツに共通していることは、サイズが明らかにロキターシュに合っていないことだ。
ゆったりとしたデザインを好むロキターシュは、常に自分のサイズよりもワンサイズ上のものを買ってくる。
それをティエリアがだらしないと叱るのは日常茶飯事だ。
長すぎて鬱陶しい袖を折り、ブーツを履く。
スウェットから覗くブーツというのも、おかしな光景である。
「そうだ、ロックオン」
「なんだ?」
「怪我は、ないか?」
前髪を止め、ロキターシュが振り向いた。
その真剣なまなざしに一瞬面食らったが、ロックオンはふっと息を吐いた。
同時に、肩が軽くなったような気がする。
「ないよ」
「そうか」
返事はそっけないものだったが、それで十分だ。
「ロキ。……ありがとな」
「今度は、デュナメスメインの戦術を組んでやるから覚悟しとけ」
「望むところだ。精一杯ミッションをコンプリートしてやるよ」
「頑張れ。死なない程度にな」
「ああ」
痩せこけた背中が逞しい
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