小説 10 「浩平は何してる人?」 「大学生」 「あ、じゃあ一緒だ」 「何年?留年?」 「誰が留年だよ、二年だわ現役だわ。ぴっちぴちだわ」 「ぴっちぴち」 「繰り返すな」 そんな平野の突っ込みを聞きながら、スタバの扉を通る。 店内は時間のせいか空いていた。 「クリーム多くして、あ、キャラメル足してください」 ―――本当についてきたなぁ、この男。 俺は横目で、店員に嬉々として増量を頼む平野の顔を見てそんなことを思った。 失礼な話だが。 「で浩平HEYは?」 「ブラック、アイスで」 そう店員に伝えて、金を払い、受け取り口へと揃って移動する。 「苦い男だね」 「俺は苦くないから」 「ははは、苦い人間とか人類世紀的発見になるんじゃん」 「そんな発見はいらねぇよ、大体」 「あっきたー」 続きを遮るように、注文した物の乗るトレイを受けとる平野。 俺は平野の手からそれを取り上げて、少し驚いた顔をしている平野に笑いかける。 「席、どこにする?」 「あ…っと、あそこで」 「おう」 平野が指したテーブルに向かって歩く。 「なんかリアルに口説かれてる気分なんだけど、やっば笑える」 「ははは、これ一応ナンパだぜ?」 「きめー」 笑いながら平野が座る。 何故か四人がけテーブルを平野は選んだから、俺はつい女の子とのデートの癖で平野の正面ではなく隣の椅子に座ってしまった。 しまった。 そう思ったのだが、「さっきさー」と平野が普通に話しかけてきたから、良しとしよう。 「ん?」 「さっきさー、何か言いかけてたじゃん」 「いつ」 「これ受け取ったときー」 これ、と言って平野は俺のコーヒーの蓋をとんとんと叩いた。 あー、爪の形きれいなやつだな。 「あぁ、聞きたいか?」 「言いたいか?」 「ははは、教えてやるよ」 俺は平野の耳に口を近付ける。 「…俺は甘い男だから、って」 平野から顔を離して様子をうかがうと、そいつはマンガみたいに吹き出した。 「あっははははは、なにそれ!ばかみてー!恥ずかしい」 「口説いてるからな」 「まだ言ってる」 ひひひ、と笑いながら彼はストローを口にくわえた。 それから一時間くらい、平野と話をした。 ライブハウスに来るぐらいだから、音楽が好きなのは俺がどんなにバカだろうと分かることで、俺がどんなにコミュ障だろうと、お互いの好きなものだと言う共通点であるその話題を出すのは、当たり前だと思う。 案の定、話してみたら、彼とはお互いの好きなバンドの話で盛り上がった。 俺と平野は趣味が合う、少し気分が上がった。 俺はこんな単純な男だったっけか? いやいや、男は皆単純な生き物だって高校の時の彼女が言っていた。 第一印象から変わらず、平野は明るくて楽しそうな男だった。 ノリが良くてよくしゃべる、改めてやっぱりこいつは友人が多いだろうと感じた。 「でさ、提案なんだけど」 「なに?」 「真面目な学生の代表の俺は、明日講義が早いわけ」 「あ、帰りたい?」 「人がオブラートにしてんのに何をストレートにこの野郎」 「帰らせてあげるからさ、アド教えてよ俺に」 俺はすっかり溶けかけた氷だけになったカップを横目で見て、それからケータイを取り出して彼に向けた。 「浩平HEYはほんとにチャラ男だねー、ナンパ成功の後アドも頂こうだなんてさぁ」 「惚れたか?」 「そして口説くことも忘れないとか、絶対彼女いるだろ」 彼は文句を言いつつ、ケータイを俺に向けた。 「居ないんだわ、寂しい男だろ?」 「男ナンパするぐらいだしな」 「お前がなってくれても良いぜ」 「お黙り」 俺の画面に、受信完了の文字が映る。 「じゃあ後でメールするから」 「待ってるわ、とか言ってあげようか?はは」 立ち上がってトレイを返してから、店の外へと出る。 じゃあ、と手を振って歩き出す平野。 その足取りはまったくもって揺るぎ無くて、俺の送っていこうか発言をスルーした男に相応しかった。 俺も適当に返事をして、家路を辿り始めた。 . [*退却!][進行#] [戻る] |