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小説
情けない私



私は達海が好きだった。
とてもとても好きだった。
悲しいことに、気持ちを伝える勇気は無かったけれど。




「綾、お前今日この後空いてるっけ?俺とまっつぁんともっちで飲み行こーって話になってんだけどー」
「マジで?行くに決まってるじゃん!今日シフト入れなくて良かったぁ」
「なに?俺と飲めるのがそんなに嬉しいの?うっわ、照れるー」
「ちょっと何言ってるか分かんないんですけど。もっちが居るから行くんですぅ」
「またまたー、照れなくて良いってば」
「照れてないっつぅの」

嘘、本当はすごい照れてる。
達海が居るから、達海が誘ってくれたから行くって決めた。
本当は今誘われたことが嬉しくて仕方無い。
達海の中のメンバーの一人に入れてることが証明されたようで、すごい嬉しい。


適当に会話をしながら、まぁ達海にとっては普通にいつも通り彼らしい会話なのだけど、それはひどく私を恥ずかしくさせる。
私に想われてるなんて、達海は微塵も知らないのだから、他意の無いその言葉に私も何とか普通に返事を返すことができている。
隣を歩く達海を見ると、ケータイをいじって何かを打っているみたいで、多分メンバーにメールをしているのだと思う。
きっと文面は、綾GET!とかそんなノリの文章だろう。




「えー、それでは皆さんビールを持って!かんぱーい!」
「かんぱーい」
「かんぱぁい」
「かんぺいかんぺーい」

居酒屋チェーン店の一角のテーブルで、飲む約束をしていた私含む四人がビールを持った腕を掲げて、お互いのジョッキとぶつけ合う。
がちんと鳴るそれは、この仲間達と飲むようになってからは馴染み深い音。

「皆何食べる?とりあえず枝豆とかおつまみてきとーに頼むけど」
「唐揚げ!唐揚げは外せない!」
「綾ちゃーん、それそれしょーゆとってー」
「はいよぅ」

私は近くにあった醤油を達海に渡す。

「さんくす!」

受け取りながら笑顔でそう言う達海に軽く返事をする。

綾、と言うのは人にニックネームを付けるのが趣味だと言う達海が、綾崎という私の名字から付けた呼び名。
他にも今日のメンバーで言うと、乾杯の音頭をとったのが、松平という名字からまっつぁんと呼ばれてる、達海とすごく仲の良い友人の一人。
もっちと言うのが、私の友人の坂本愛子。
最初はさかもっちだったのが、段々と変わってもっちだけになったのだ。
私も初めは愛子と呼んでいたのに、いつの間にかもっちと呼ぶようになってしまった。

「綾、飲んでる?」
「飲んでるよぅ」

もっちに聞かれたから、私は二杯目になるビールのジョッキを見せた。
もっちは満足そうに頷きながら、テーブルの中央にあった刺身に箸をのばした。
チラリと向かい側に隣り合って座る達海とまっつぁんを見た。

達海はまっつぁんに体重を預けるようにもたれかかっていて、その距離感に私はどうしようもなく羨ましさを感じた。
あまり見るのもなんだかおかしいから、なるべく見ないようにと意識してはいるけれど、やっぱりどうしても視界に入れてしまう二人の姿。
達海は基本的に人懐こくて、スキンシップも激しい方で、それが同性でしかも友人となるといっそうその性格が表れる。
まっつぁん相手だと達海は本当によくくっついている。
仕方無いか、とも思うけれど、だって私と出会うもっと前から二人は友人同士で、私と一緒に過ごした時間なんて比べ物にならないくらい、達海とまっつぁんは一緒に居たんだと、私はもう知っている。

まっつぁんといるときの達海が私には一番好きだなぁと思える、そして達海にそんな顔をさせられるまっつぁんに、やっぱり少し嫉妬をする。


友人だから許されるその距離に、私もなりたいと思う。
でも友人じゃなくて、もっと重たいポジションに、恋人に。


あぁ、もうほら。
またそんなことを考えていると、自然と楽しげに笑い合う二人のことを見つめてしまう。
今の私の目付きが、嫉妬とか羨望とか、そういうもので作られていることが分かってるからこそ、二人に気付かれてはいけないのに。


「へいへいへーい、何だか熱い視線を感じるぜ。犯人は綾だな、俺には分かる!」
「そんな訳ないでしょぅー。からむなし、酔っ払い。もっちぃ、達海がうざいよぅ」
「よーしよし、綾は渡さないからね!」

ドキドキと高鳴る心臓がうるさくて、私はもっちに腕を絡めた。
達海は話をするときは絶対に相手の目を見つめてくるから、私は少しだけ居心地が悪くなる。
それは、恥ずかしさから来るものなのだけど。

「二人一緒に嫁にこいやっ」
「そうしたら俺が三人まとめてもらってやるぜ?」
「それじゃぁまっつぁんの一人勝ちじゃんかぁ」
「そーだそーだ、お前は一生独り身ロンリーオンリーワンで生きてけ!」
「皆冷たすぎるわ!まっつぁん、いいのよあなたはいい人を見つけてね。綾は渡さないから」

お酒が入ると皆はいつもこんな風に好き勝手にあけすけに、笑顔で盛り上がる。
まっつぁんはいつだって余裕な顔で、達海はころころと表情を変えて、もっちはお酒を美味しそうに飲んでちょいちょい会話に茶々をいれてきて、私はそんな皆を見ながらたまに巻き込まれながら、自然と上がる頬をそのままに、その空間を時間を楽しむ。

達海と居ると、皆と居ると、私は自然に笑顔になれて、そんな風にしてくれる皆が好きで、でもやっぱり達海はその皆の誰とも違う、私の中の特別な位置に居て―――。


その日は自然に解散するまで四人で飲んで騒いだ。

そんな日々が、そんな、ちょくちょくそのメンバーで集まって楽しく飲んで話して。
そんな日々が続くと、私は思っていたの。






「ねぇ、達海がまっつぁんに告ったって知ってた?」

たまたま学内で会ったもっちに誘われて、二人で入った喫茶店で切り出されたそんな話に、私は心の下の方が熱いのか冷たいのか分からない感覚になった。

「知らない」

そう答えるので、いっぱいなほど私は……
ショックだった?
驚愕していた?
傷付いていた?
理解することを拒否していた?
言葉をうまく頭へ消化できなかった?

まぁ所詮噂は噂だしね、ともっちは言っていた。

「もしそうだったら気まずくなってもいいじゃん?でもこないだ見かけた二人はいつも通りだったし?」
「そうなんだぁ」

その後、何ともなかったように話を続けてもっちと別れて、私はすぐに家へ帰った。


一人暮らしをしているアパートの自室にある、何年か前に少し頑張って買った良いソファに座った。
今日はバイトが入っていない、そのことにひどくほっとしていた。
もし今日行っていたら、何かしらのミスを犯してしまうだろうという確信的なものが私の胸にあった。

それにしても、あぁなんてことだろう。
達海が、達海の心がすでにもう誰か他の人に向けられていたなんて。
あぁもう、すごい悲しい。
ショックだ。

でもそれでも、心に引っ掛かるものがある。

―――達海がまっつぁんに告白をした。

私には、心のどこかで、意図的に意識的に、見ないように気付かないように、知らないで居るようにしていた考えがある。

達海がまっつぁんを特別に思っていた、そんな気はしていたの。
だって達海はまっつぁんと居るときが何だか一番楽しげに見えていたから。
でも私はそれをただ二人がとても仲が良い友人だから、という理由ですませていた。
だって、その感情が親愛友愛じゃなくて恋愛だなんて思わないじゃない、好きな相手だったって理由も加わると、どうしたって恋愛には辿り着かないじゃない。


あぁでももしかしたらきっと、いや多分絶対にこれはメッセージなんだ。

いつまで経っても想いを伝えず、ただ二人にいやな視線を送り続けた私には、同性だと言うハンデから来る恐怖を、勇気を出して押さえ付けて告白をした達海は勿体無い、ってそんな神様からの私へのメッセージなんだ。

あぁなんて情けない私。

体を横にしたままソファに頭を擦り付ける
重苦しい心に応えるかのように体までも何だか重たい気がしてくる。
何だか目に映るもの全てが煩わしくなって、ぎゅっと目を閉じた。
そうしたら目の端から、熱い滴が頬を伝って滑り落ちてきた。

あぁあぁ、あぁもう!

こんなところでこんな風にソファに頭を擦り付けて、ぐずぐずと泣く、そんな結末を迎えてしまうより先に、その結末にならないように、回避できるように行動すれば良かった。

まずはどんなに怖くても、前までの居心地の良かった関係性を壊してしまおうとも、まずは達海に伝えて、そうしていたら今私の目からは透明な滴が零れていたはずなのに。
現実は、こんなにも黒く熱く汚いなにか。

達海は誰かと話をするときはいつでも誰でも、必ず相手の目をきちんと見て話すから、少なくとも私はいつだってそんな達海の視線に恥ずかしさを覚えていたから。

きっと達海はまっつぁんに告白をするときも、まっつぁんの目をまっすぐに見つめて、言ったんだろうな伝えたんだろうな。
好きだ、って言ったんだろうな伝えたんだろうな。

あぁ、なんて情けない私。

目から零れる涙が止まらない。
高価なソファに玉のように落ちるそれを指で拭き取る。
指を動かすことさえ何だかだるい。
お酒も飲める年になって、いやなったと言うのに何でこんな高校生みたいな、青臭い気持ちを抱えて青臭い思いをして、青臭い恋をしているのだろう。
そう思うとさらに体と、頭までも重くなってきた。
だるい、だるい。

一言、私もそんな達海みたいに達海の目をまっすぐに見つめて、一言、すきだと言えば良かったのに。

あぁ、なんて情けない私。

頭がいたい、このまま夜まで寝てしまおう。
元から閉じたままだった目を一回開けて、自分の気持ちに暗示をかけるようにゆっくりとまた瞼を閉じた。
良い夢なんて見ないだろうけど。





そんなことがあった一週間後、学内で達海とまっつぁん、二人の姿を見た。
噂なんて無いように、二人はいつも通りだった。
いつも通りの距離感と空気と、雰囲気と笑顔が、そこにはあって。
歩幅を揃えて二人は私が向かうところとは逆方向へ歩いていた。
私は何だかそれを見てひどく納得してしまった。
同時にとても大きな安心感。
達海の想いはきっとまっつぁんに余裕で優しくしっかりと受け止められて、うまく行ったのだろう、二人の顔は楽しそうと言うよりは、あれはきっと、幸せとか幸福とか、そんな感情。




―――あぁ、これなら大丈夫。


―――私が今から達海にずっと好きだったと言っても、きっとあの二人なら大丈夫。


そして、私も大丈夫。
きっと素敵な失恋ができるはず。
そんな、確信。


これから失恋しに行く、情けない私。
それなのに足取りが何だか軽いの、情けない私。

ほら、達海とまっつぁんの後ろ姿にもうすぐ手が届く。

彼の目を見つめて、伝えよう。

情けない私の、情けない気持ちを、情けなく伝えて、情けなかった恋を、情けない涙で飾って、情けなく終わりにしよう。


あぁ、なんて情けない私。











**********************
綾崎(あやさき) 綾。達海に失恋した模様。
達海(たつみ) 最近告白成就した模様。
松平(まつだいら) まっつぁん。最近告白された模様。
坂本愛子(さかもとあいこ)もっち。皆の友人の模様。


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[*退却!][進行#]

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あきゅろす。
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