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小説
スコール 上



―――あ、俺こいつ好きだ。



目の前でぐすぐすと鼻を鳴らしながらしくしく泣いている奴を見て、俺は唐突に理解した。


泣いているのは、高校に上がって一年の時に同じクラスになって以来二年間、友情を暖め、時には衝突し、共に笑い共に泣き共にやんちゃし共に叱られ、俺的には一番の友人だと思っている、男。

もう一度言うが、男。

しかも、泣いている。

鼻を鳴らして、泣いてる、男。

ハンカチではなくティッシュでもなく、服の袖口でごしごしと皮膚を傷付けつつ涙を拭く、男。

泣き顔が普段より二割増しブサイクな、男。


こいつが俺の前で泣くことは珍しいことでは無い。
てか、珍しいことではなくなったって感じだろうか。
初めて泣かれた時は焦り、慰めもしてやったが今はもうそんなことしようとも思わない。

泣いている理由はいつだって同じ理由だ。

―――彼女にフラれた、浮気された、遊ばれていた、ケンカした。

しかも浮気相手は自分よりイケメンだったそうで、余計にぼろぼろキたそうだ。
あ、でも俺よりはブサイクだったって言っていた。


「なぁ佐々木…お前もう泣き止めよ…」
「なっなんっ、何でそげなこつ言うとですか、ひっく」
「もういい加減、うっとうしいから」
「ぐすっ…遊佐ぁ〜、俺またフラれたぁ〜…」

何で急に方言キャラ出たし、と思っていたとき、本日四度目くらいの涙の理由を聞いた。

「あぁそう、そうなんだかわいそうによーしよしよし」
「うっ、ひっく、抱き締めんなキショイっく、しかも相手俺よりイケメンだった〜…」
「へぇまじでー」
「でもぉ、お前程じゃなかった…ぐす」

キショイ、と言われて素直に佐々木に回した腕をはずした。
慰めようとしたのに、と心がささくれる。
が、暗に佐々木にイケメンと言われた俺は、そのささくれにそっと絆創膏を貼りつけた。


唐突すぎる先程の自覚について、俺は考える。
―――だって、相手は佐々木だ。
佐々木と言う男はどんな奴か、と佐々木を知る奴らに聞けば男も女もみんな口を揃えて、こう言うだろう。

『彼女居る率高いわりに、至ってフツーで友達にイケメンが居るノリ良い奴』

ちなみに、イケメンとは俺のことだ。
まぁ親が美形だからな、遺伝さまさまだ。
おかげで毎年のバレンタインには血糖値うなぎ登りだ。
友人達の嫉妬の目線が俺を射抜くことにも慣れた。ははは。

話が逸れた、佐々木のことを考えよう。
まぁつまりは、フツーのやつだってことだ。
泣き顔は二割増しブサイクになるが、なかなかに良い奴だ。
何故さっきいきなり、その二割増しブサイク中の佐々木に恋を自覚したのだろうか。
こいつの泣き顔なんか見慣れているはずなのに。

「ぐす…なぁ、お前ちゃんと聞いてる?」
「ん、聞いてる。考え事もしてる」
「考え事ぉ?」

そう訝しげに方眉を上げて俺に聞いてくる佐々木は、涙は止まっていたが目の回りが赤くなってしまっていた。
―――ふ、ブサイク。
そう思うと同時にまた俺の何かが反応したようで、いわゆる胸キュンに陥った。
俺は女子か。
俺はブサイクな奴の顔に手を伸ばして、佐々木の目元に指を置いた。
ビクッと肩を震わせて目をつぶった佐々木は、目を開けてからビックリしたように俺を見た。

「な、なんか遊佐がキモ優しい…、ぞわってした、今。なう。なになに、何なのその手。キモいよ?」
「キモいとか言うなよ、優しいのかどっちなのかはっきりしろや」
「ホモい?」

自分で言ってぶははと笑っている佐々木。

「で、この手何よ何なのよ」

「こんな行為、イケメンだから出来たこと、のひとつだよ」と俺の顔を見やる佐々木に、俺はまたしても胸キュン。
不覚…だから俺は女子かて。
ひとまず佐々木の目元から頬へと動かしていた手を、下におろした。
その途中で、佐々木の唇の端に指をかすめてみた。
驚いたような顔をした佐々木が口を開く前に、俺が先制して言う。

「俺さぁ、好きな子できたんだけど」
「え、失恋したばっかでさっきまで泣いてたの誰だか知ってる?知ってての発言?」
「知ってる、お前だろ。よーく知ってる、慰めてやったし」
「なんと…それを知ってての発言とは、恐れ入ったぜ遊佐」
「もっと褒めろ」

そうかー遊佐に好きな人がなー、と一人でうんうんしている佐々木。
バカっぽいその動作も、佐々木だと似合ってしまうのは佐々木がバカだからだろうか。

「で?誰のこと?俺知ってる?」
「知ってる奴。お前の方が詳しいと思う」
「えーー何それ誰それ」

さっきまで泣いてた奴が、からからと笑い始める。

俺は知ってる。
こいつは恋愛に関して、本気になったことが無い。
すぐに泣くが、すぐに泣き止むし、すぐに次の子を見付ける。
長続きもしない。

そのどれもが、俺の佐々木の本気の恋愛したこと無い説を示している。


―――そんな奴に、俺が惚れた…?
俺は前に座って頭を捻らして、ケータイを見ながら「夢子ちゃん?いや、由紀か香織か…」と唸っている佐々木を呼んだ。

「ん?」
「誰だか知りたい?」
「そりゃまぁ…超知りたいけど。教えてくれんの?」
「うーん…どうしようか」
「言いたくなければ良いけどさ。お前が自分で好きな奴、とか言うと珍しいから本気なのかなって思うと応援したいし…」
「相談のってくれるか?」
「もち!」

そう言ってにっこり笑う佐々木に、俺も笑いかけた。

そして、佐々木のケータイを持つ手をとった。
佐々木とは視線を合わせたまま、ゆっくりとケータイを佐々木の手からはずし、佐々木の手を指を絡めるようにして覆った。
佐々木は、俺から目を逸らすことが出来ないみたいに、目を見開いている。
それを良いことに、俺は佐々木の手を握った手に力を込めた。
佐々木がびくりと肩を揺らした。

「な、何だよ遊佐…イケメンがやると威力ハンパねーんだけど」

佐々木の声が、目が、困惑に満ちている。

俺は自分の口が笑うのを感じ、佐々木はそんな俺を見て、また驚いたように目を瞬いた。

俺は佐々木の手をぱ、と離した。
佐々木は急に自由になった自分の手に視線をやってから、口を開いた。

「ほ、本命居るって言った瞬間俺と浮気か?ホモか?秘密の花園か?」










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遊佐(ゆさ) 唐突に恋を自覚したイケメン。
佐々木(ささき) 失恋破局魔王。


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[*退却!][進行#]

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あきゅろす。
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