小説
ロマンスの予感 下
素敵できらきら、素晴らしく幸せで輝いている結婚式の帰り道。
雨が降りそうだなーって、会場から出たときに思ってた。
そしたら案の定、だ。
降ってきた。
降ってきた雨は、公園のベンチにスーツのまま座っている俺を、容赦なく濡らしていく。
今日のためのスーツはもうびしょびしょ。
俺のハートが泣いてるのかもしれない、なんつって。
「やべー、なんっも面白くねぇー」
呟いた言葉は、もしかしたらもしかして、俺が思うに、震えていたかもしれない。
音にもなってなかったかもしれない。
ほとんど息だったかも。
吸った酸素の数割りを取り込んで、二酸化炭素に交換して吐き出してやった。
ざまーみろ、俺をこんなに濡らした雨を降らすこの地球に、二酸化炭素テロを引き起こすのはこの俺だ。
ぼけっと雨に打たれたままそんなことを思っていたら、何だか肌を打っていた感覚が消えた気がした。
あれま、俺の二酸化炭素テロにビビって、俺にだけ雨が触れないようにしてくれたのだろうか?
だって顔は上げずに、目線だけ上げて周りの地面を見たら雨が跳ねてた。
でもそのまま放置していたら、急に人の気配を強く感じた。
あ、と思ったら自分の体にタオルが巻かれたことを知った。
その白いタオルを見て、脳裏に今日見た純白のドレスの裾が映った。
が、それも一瞬。
無理矢理立たされた俺は、無理矢理ベンチとさよならをさせられ、無理矢理公園から引き出された。
「ちょ、っ…と…」
―――ちょっと待てよ、お前誰?
そう言おうとした俺は、自分を雨から守るように傘を差し出し、雨に濡れたスーツから俺を守るようにタオルで包み、公園のベンチで一人きりの空間から俺を守るように連れ出した人間に、それが音として声になる前に止めた。
タオルの上から巻かれた腕と、背中に感じる体温に抵抗する気も起きなかったから。
俺よりも高く位置しているその顔を見て、始めてそいつが男であることを知った。
そのまま公園から五分のとこにあるマンションの一室に、俺は連れてこられた。
「俺、中澤って言うんだけど、お前は?」
急な自己紹介に、びっしょびしょのままの俺は、まだ肩に掛かっているタオルで改めて自分の頭を拭きながら、答えた。
「…秋名です」
「あきな…名前?それとも名字?」
「名字」
「下の名前は?」
「昇平」
「そう」
まあ、とりあえず上がって、と言う中澤って男に、俺は濡れるけど、と言ったら男は笑って、別に良い、と答えた。
なら、と思って頭を拭く手を止めて靴を脱ぎ玄関からリビングへ入った。
そこ、とソファーを指差す中澤に従ってソファーへ腰を下ろす。
中澤は俺の横に座ると、いつの間にか手にしていたペットボトルを俺に渡してきた。
ミルクティーて。
ちょっと面白いじゃないか。
何故このチョイスにしたのか聞きたいところだ、と思っていたら逆に質問された。
「何で傘もささずに公園のベンチに居たの?心配して傘置いてっても気付く素振りもないし、これヤバくね?とか思ってタオルまで持ってきて
最終的に連れてきちゃったけど」
「…………………」
答えないで居たら、隣からため息が聞こえた。
「まあ、見ず知らずな奴に話せないよな。…落ち着くまでここに居て良い。帰りたくなったら言えば送る。シャワー使って良いから、行ってくれば?スーツ袋入れとくんで、代わりの服は俺の着てくれ」
「………何でそんなんしてくれんですか」
「心配したから、心配だから」
シャワーはそっち、ドア出たらすぐ分かるから、と言われて俺は床を濡らしながら言われたまま進む。
シャワーを浴びながら、俺は一体何をしているんだろうと考えてしまった。
公園からここまでの流れは明らかにおかしい。
こんな結婚式の帰り道の出来事って普通あるか?
無いだろ。
うわお湯鼻に入ったげほごほ。
上がったら洗濯機の上に、俺に用意されたらしい服が置いてあった。
ちょっと躊躇ったけど濡れたスーツをまた着るのも嫌すぎるから、素直にそれを拝借した。
「あ、ケータイ、アド交換させてもらったから」
リビングへ戻った俺に、中澤はそう言った。
ちょっとマジで何言ってるのか理解不能ですね分からないやてへぺろ。
「勝手にごめんな。ただ、このまま帰られても俺が気分悪いからさ、な?これからも付き合っていく気だから」
―――よろしく。
そう言った彼から返されたケータイとスーツを受け取って、俺は思いっきり声を出した。
「帰ります!」
「送っていく」と言う彼に、良いです結構です足りてます、と言うも振り切れずに乗せられた車内で、彼からの質問に答えたり答えなかったり、家までの道を聞かれて答えたり指示したりしながら、彼と会話をした。
ミルクティーしか無かった、と中澤は言った。
中澤は、俺の二つ歳上らしい。
下の名前は涼と言うらしい。
公園でただならぬ俺が心配で、と言った。
結論的に、中澤はとても優しい人間のようだ。
家まで着いて、俺がお礼を言うと中澤は最後にこう言い残した。
「気にするなよ。じゃ、またな。連絡するから。飯でも食いに行こう」
俺は部屋に入ってケータイのアドレス帳を開いた。
新しく登録された中澤 涼の文字に、複雑な気持ちを持つ。
中澤から早速と言ったように連絡が入ったのは、その夜。
食事に誘われたのはその夜から三日後。
俺が公園にいた理由を話すのはその食事から一ヶ月後。
俺が中澤からのメールを待っていることに気付いたのはその理由を話してから二日後。
そして、俺が中澤に抱き締められたのはそのメールを待っていることを自覚してから三週間後。
何かが、始まりそうな予感がする。
人を愛するのは時に傷が付くこともあるけれど、だからと言って、人を愛さないでいることは難しいのだ。
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秋名昇平(あきなしょうへい) 傷心の中新たなロマンスを見つけた模様。
中澤涼(なかざわりょう) 秋名に一目惚れしたらしいロマンスの模様。
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