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ソラゴトモノクロ
63 魅惑の声



「────悪くない」


その声にやっと。
零崎曲識の存在に気付いた。一番高い座席の真ん中に、彼は座っている。
何故。いつ。どうやって。隠れてその席に行けるはずもないのに、曲識さんはそこに存在した。


「実に悪くない。お前の言葉は、声は、魅惑的だ。きっとお前の歌声は人に浸透して心を揺らすだろう。人識が惚れるのもわかる」

「ぜ、零崎…曲識っ!!何しやがった!!また衝撃波か!?」


ゆったりと言う曲識さんに顔も上げられない両岸が声を上げる。曲識さんは腰を上げて階段を一つ一つと降り始めた。

「違う。人の聴覚では知覚できない領域の音で、お前達の身体の指揮権を握らせてもらった」
「はあ!?超音波か!?一体どうやって!いつから!?」
「スピーカーからだ。僕の《妹》が君達に怪我を負わされた時から流していた」


随分前からいたようだ。なんでもっと早く助けに入ってくれないのか。まぁ我儘は言わないが。
ちらりとスクリーン左右のスピーカーを見る。あたしと萌太くんも超音波を聴いているから、勿論曲識さんに指揮権を握られているだろう。


「ぐぁあっ!!」

「大事な《妹》を傷つけられては僕も黙ってはいられない。お前達兄弟は条件を満たしていないが、痛みを与えることはできる。苦しめ」

「ぎやああっ!!」


床に貼り付いた二人が苦痛の悲鳴を上げる。曲識さんに身体を支配され、身体のどこかが痛むらしい。
少年二人の悲鳴が木霊する。
聴いていられない。

「曲識さん……止めて結構です」
「もういいのか?悲鳴は好ましくないからな、悪くない」

曲識さんは痛め付けるのをやめてくれた。竹河兄弟は息をあらげたまま床に貼り付いている。


「…はぁはぁ……殺せよ」

「君達の負けだよ。約束通り、もう二度とあたし達の前に現れないで」

「あ!?ふざけんな!これが勝負かよ!?」

「二対二だとは言ってない。負けは負けだ。約束は約束。じゃあ、おやすみ。同岸くん、両岸くん。頑張って好きに生きなよ」


あたしは最後くらい、敵意でも冷たいものでもない笑顔を向けて手を振った。
痙攣した二人は瞼を次第に下ろして、ガクリと気を失う。
沈黙。
それを破ったのは曲識さん。


「やはり殺さないのか」
「はい。人類最強の哀川潤さんと約束したので、人を殺さないと」


そう答えれば曲識さんが目を丸めてあたしを見た。


「また助けていただきましたね。ありがとうございます、曲識さん。三度も命を救われました」
「……………………礼には及ばない。殺し屋に狙われたことを知っている以上、知らん顔はできないからな。…それでは僕は帰るとしよう、お前を見ていると殺したくなる」


お礼を深々と言えば、曲識さんはあたしの横を歩き去り出口へと向かった。血塗れの少女だからだろうか。零崎にとって、堪えるのは辛いのだろう。
でも。見送れない。


「それが《零崎》ですものね。零崎曲識さん。家賊のために動く。殺されれば復讐をする。ですが、曲識さん」
「…?」
「今後、何があっても、何を知ってしまっても、何もしないでください」
「何を言っている?」
「例え─────あるメッセージが届いても。どこにも行かないでください。動かないでください。ご自分の店を離れないで」


くらくらした。頭が朦朧とする。疲労か流血か、そんなのはどうでもいい。忠告をしないと。彼の命を救わないと。


「命を落としてほしくない。お願いです。何があっても3ヶ月でいい、あなたは動かないでください、店にいてください」
「……何を言っている?そんなことは────約束できない」


顔だけ振り向いた曲識さんは首を振るう。

「頼みます、曲識さん」
「引き受けられない」
「哀川潤に会えなくても、ですか?」
「!」

また反応した。


「潤さんに会わせてあげます。だから……だから…」
「………………………」


一賊のために動かないでほしい。それが言えない。
《零崎》だから。流血で繋がる家族。家族のために動くな。言えない。
曲識さんは、歩き出した。


「─────っ!!おい、停まれ零崎曲識!あたしの話を聞け!」
「………お前を殺したくて堪らない。これ以上ここには止まれない。店に帰る」
「その店にいろ!3ヶ月でいい!荷物が届けられても無視しろ!あたしはあなたに死んでほしくない!曲識…っお兄さん!!お願いだ!人識くんのためにも!言うことを聞いてください!」


曲識さんは、背を向けたまま歩き出した。
「多量出血で死ぬぞ」と言われ萌太くんがあたしに触れたがそれを振り払う。


「聞け!零崎曲識!お前の歌を!哀川潤は!聴きたがっているんだ!」
「…………」
「死ぬんじゃない!許さねぇぞ!だから言うことを聞きやが」


重力がのし掛かった。身体が倒れる。勝手に。操られたように倒れた。萌太くんもだ。
曲識さんにやられた。


「また会おう。《零崎恋識》───いや、《猫野友恵》。お前の歌声を聴かせてくれ。お前の言葉、声は、魅惑だ。───また会うのも、悪くない」


それだけを言い残して、零崎曲識は行ってしまった。

消えてしまった。

暫くして身体が自由になったのか萌太くんが起き上がり、あたしの顔を覗いた。

「友恵さん!」
「……萌太くん…っう」
「友恵さん!!」


起き上がったが、意識が遠退く。
萌太くんの声も遠く。
視界が真っ暗になって、落ちる感覚に襲われた。

嗚呼、もう。
何も考えたくない。
何も─────今だけ。
眠らせてくれ。






「ねぇ、人識くん」
「なんだ、友恵ちゃん」
「お兄さん達、死んでほしくないよね?」
「兄貴達は殺したって死なねーよ」

ガタンゴトン。
電車が揺れる音がする。
ゆらゆらふわふわ。

「あたしは死んでほしくない。会いたいな」
「あの変態にか?やめとけやめとけ」
「家族愛は双識さんに聞けって言ったじゃん」
「あ。そっか。かははっ!」

ガタンゴトン。
電車が揺れる音がする。
ゆらゆらふわふわ。
左手に彼の手の温もり。

「ねぇ、人識くん」
「なんだよ、友恵ちゃん」
「好き」
「───────うん」





《最悪な三日間、終了》

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