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ソラゴトモノクロ
59 抱き合う


「請負人、か……あたし、請負人になってみようかな」
「え?友恵さんがですか?」
「いや、戯言だよ」


ただの思い付きの戯言。あたしは笑った。全く持っての戯言だ。
でも悪くはないと思う。請負人の仕事をやる。潤さんの手伝いでもいい。姫ちゃんも、もしもなりたいものがなければ一緒にやるのも悪くない。

悪くない。曲識さんの口癖が移ったかも。

あ!!
なんでっ曲識さんに何も言わなかったんだあたし!
零崎が全滅してしまうことを。いや、なにがあっても一賊に仇なす者のところに行くなと言えばよかった。
自分のことで必死で、忘れていた。最悪だ。

原作をぶち壊してでも、零崎を守らなきゃ。


「────…」


零崎双識。人識くんが唯一、家族と認める兄。
彼は。彼は死んでしまったのだろうか。人識くんの前で。原作通りに。
人識くんが《妹》のために曲識さんに会いに来たのなら原作通り。
零崎双識はもう────。


「友恵さん」
「うにゃ!?」
「浮かない顔をしていましたよ、大丈夫ですか?」


意識が吹っ飛んでいた。萌太くんが肩に手を置いてあたしの顔を覗く。

「あっ……うん…」
「休んだらどうですか?」

あたしは大丈夫と頷いたが、萌太くんはあたしの頬に触れた。その眼差しが、あの時の人識くんと被る。
違う。違うはず。
人識くんとは違う眼なのに、どうしてかその眼差しが似ていると思った。

「…萌太くん…」

「はい?」

「抱き締めてもいい?」

いきなりのそんな発言に萌太くんは目を丸めた。当たり前か。
だけど、なんだか。誰かに抱きつきたくって、抱き締めたくなった。


「ああ、ごめん。これこそセクハラだよねぇ。ごめんごめん、忘れて」


あたしは笑い退けてレジと向き合ったが、左手を萌太くんに掴まれた。


「いいですよ」


にっこりと、萌太くんは笑顔を向けた。ぱちくりと瞬き。
いや、言い出した本人ですけど。美少年を抱き締めるなんて。恐れ多い。
許可をするなんて!プレイボーイか!

「えと……じゃああとで」
「はい」

バイト中なのであとでと答えておいた。萌太くんは涼しい顔であたしの隣に立つ。
あれ?あたし、からかわれたのではないか?うにゃ?


今日のバイトも普通だった。平和だ。昨日と違うのは学校帰りの女子高生が萌太くんを見てきゃーきゃー騒いでいることぐらい。

萌太くんは全くそれに反応せずに冷めた感じに突っ立っていた。
女子高生はタイプじゃないのか。やっぱりもうちょっと上の綺麗なおねえさんが好きなのかな。潤さん辺り。


「すみません、ケー番教えてくれませんか」
「持っていません」
「名前を聞いてもいいですか」
「嫌です」
「一目惚れしました付き合ってください!」
「お断りします」


一時だけ女子高生の人盛りができていたか一時だけで萌太くんは蹴散らした。
すごい。美少年パワー。つうか京都の女子高生積極的だな。あたくしびっくり。

「萌太くん…モテるね」
「接客は本当に面倒くさいですね、友恵さん」

はぁやれやれ、と肩を竦める萌太くんは無理矢理渡された連絡先の書かれた紙を握り潰してゴミ箱にいれた。

プレイボーイとか思ってごめんなさい。
あたしがアプローチしたらグッサグッサと斬り捨てられるだろうな。あはは。

あ、そうか。萌太くんは大事なものしか愛せないんだ。こうゆうのはどうでもいいのか。

んにゃ?こりゃあ恋を教える師匠としては見逃せないのでは!?……戯言です。

恋は勉強するものではなく恋は落ちるものなのです。
あたしは姫ちゃんに恋の素晴らしさを教えているだけだと言い張ってみた。傑作ですね。


バイト終了、夕勤の子と交代。更衣室でエプロンを脱ごうとしたら「うぎゃ…」髪に引っ掛かった。もがけば萌太くんが助けてくれる。

「…髪。綺麗ですね」
「ん?そうかな」

綺麗と言われると首を傾けてしまう。髪が綺麗と思い浮かぶのは子荻ちゃん。あの娘はビューティフルだよね。
そう思っていれば、何かすぐ後ろから聴こえた気がして振り返れば、美少年に微笑みられた。


「抱き締めないのですか?」
「あ、ああ……うん…じゃあ」


忘れてもらってよかったのに。断るのはちょっと勿体無い気がするので(ちゃっかり)抱き締めさせていただくことにした。

正面から向き合って背中に腕を回して、ぎゅう、と抱き締める。

嗚呼、気持ちがいい。人の温もり。落ち着く。

萌太くんの腕があたしの背中に回された。

いい匂い。意外にも煙草の匂いはしない。うん、気持ちがいい。
安堵の息が洩れた。

「こうされると、安心するのですか?」
「うん………萌太くんは違うの?」

肩に頭を置いているから囁き声でもよく聴こえた。


「友恵さんとこうしていると、安心します」
「抱き締められると落ち着く。親に抱き締められた記憶がないから尚更……」


いや、これは言うのはやめておこう。萌太くんもそうかもしれない。


「ありがとう。じゃあ帰ろう」


萌太くんから腕を放して笑顔で促す。萌太くんはうんと頷いて荷物を持った。あたしの鞄まで持つので慌てて自分で持つと掴む。

ほら、護身用武器があるし。あたしは手袋を嵌めて鞄を肩にかけた。



その部屋を、出ようとしたその時。


物音がした。


ガシャンと、騒音に近い音が聴こえた。






 


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