ソラゴトモノクロ
58 優しさ×愛○
そのあとはやっと、眠れた。昨日よりはぐっすりと眠れた。
姫ちゃんが学校に行くので朝食を作って見送る。
「いってきます。気を付けてくださいね、えー姉」
「うん、姫ちゃんも。いってらっしゃい」
いつもと同じように笑顔で学校へと向かった姫ちゃんを見送ったが、不安だった。ちゃんと学校に行くだろうか。ちゃんと理解してくれるだろうか。姫ちゃんは前頭葉が傷付いている。思い立ったら殺し屋を探して殺しに行くんじゃないかと不安になる。
最悪なのは姫ちゃんが死ぬこと。今月死ぬ人間ではない。あたしと関わったことで死ぬなんてことは、絶対に、避けなくてはいけない。
「姫姉さまが心配ですか?友恵姉さん」
「……まぁね。殺しの世界から抜けたばっかだから」
あたしの浮かない顔を見上げて崩子ちゃんが聞いたから頷く。一緒に皿を洗った。
「友恵姉さんがよく言う友達が《零崎人識》ですか?」
急に訊かれてぎょっとしたが「あ、うん…そうだよ」と頷く。なんで人識くんの名前を知っているんだ?あ、昨日口にしたっけ。
「頭痛に魘されてたとき、うわ言のように名前を呼んでいました」
がしゃん。皿を落としてしまった。幸い割れずに済んだ。
「まじですか……」
「まじです」
「……情けない呻き声とあ一緒に恥ずかしい寝言ですか…」
「はい」
嘘をつかずに頷く崩子ちゃん。言わないでほしかった。
「その人が迎えにくる友達ですか?」
「うん…そうだよ」
「………」
「………」
「迎えに来なければいいのにと思います。友恵姉さんはずっとここに住んでほしいです」
崩子ちゃんは手元を見たままそう、言った。ずっとここに…か。
「───うん…。それも、悪くない」
あたしは静かに頷いた。
曲識さんの口癖を使って思い出す。人識くんがあたしを恋人だと言ったこと。
揺れてしまうではないか。期待してしまうではないか。そんなこと、ない。
人識くんと出夢くんをくっつけてあたしはアパートに住み着こうか。うん、悪くない。
悲しい反面、この世界に居場所があるかもしれないことに嬉しがっていた。
傑作だと思う。
崩子ちゃんを残してあたしと萌太くんはバイトへと向かう。それも不安だったがみいこさんがいるので多少は少し安心。みいこさんに剣で挑んで勝てるはずはない。
最高の防御壁だろう。
「友恵さん」
「なぁに、萌太くん」
「不安ですか?」
「勿論だよ。一人の方がまだ気が楽。年長者だし、三人が怪我を負ったらチキンハートがずたぼろだよ」
「ふふ、友恵さんは優しいですね」
バイト先のコンビニの更衣室でエプロンをつけていれば萌太くんがそう言ってきた。作業服やB服以外の萌太くんは新鮮だ。
Yシャツを着たら、ちょっと学ランを着てほしいと思った。長い髪はあたしが結んであげる。
《優しい》はあたしにとってちっとも褒め言葉ではないので顔をしかめた。
「命を狙われているのは自分なのに、僕達が心配ですか」
「当然だよ」
「僕達も当然、友恵さんが心配です」
「萌太くんも優しいね」
これは褒め言葉。だと思う。
「これを優しさと呼ぶには……」と萌太くんは何かを言いかけたが止めた。
「友恵さん、僕はね。大事なものしか愛せません」
「うん?」
「多分、優しさではなく愛です」
髪を結んだが前髪が垂れたままの萌太くんはあたしを振り返って微笑んだ。
《優しさ》ではなく《愛》
「なんてね。さぁ、行きましょう」
萌太くんはクスリと笑ってレジに向かった。
嗚呼、そうか。
《優しさ》じゃなくて《愛》だったのかもしれない。
人識くんに、向けてたのは。
なんて、そう…。
あたしはぼんやりと気付いた。
再会したら、人識くんに訂正してやろう。
傑作だと笑ってくれるね、きっと。
今日は隣には萌太くんがいるので、昨日のように鋏を向けられることはないだろう。
問題は、殺し屋兄弟だ。
狙ってない確証はない。それでも狙われていない可能性は大いにある。
「人類最強…」
ボソリと萌太くんが呟いた。
「ん?」
「哀川潤と知り合いなんですよね」
「うん。この前あたしをラチった赤い人だよ」
「…ああ…あの人ですか」
ラチった赤い人が人類最強だなんて言いたくはないが萌太くんにはそれで通じた。
「その人に助けてもらえないんですか?可愛がってもらっているみたいじゃないですか、服や携帯電話を買って貰っていたり…」
「まぁ…可愛がってもらってるけど。忙しい人だからね、姫ちゃんに頼んだんだよ。暇になったらあの兄弟の方を探ってもらうつもり」
探ってあたしを狙っているかどうかを調べてほしい。潤さんならば危険なく調べられるだろう。
なんでも『死色の真紅』と恐れられているのだから、《零崎》よりも効果的かもしれない。赤を見たら逃げろ。
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