ソラゴトモノクロ
53 我慢強い
「ところでその人識はどこにいる?お前が昨日殺されかけたというのに何をしているんだ」
…人識くんの嘘をバラそうと思ったけど。どうやら曲識さんはあたしを殺そうと思っていないようだ。
皮肉にも人識くんの嘘に守られてる。くっ…!
「あ……彼ならちょっと…ふらーといなくなりました」
「…………」
「あっ!いつものことなんです!なんだかフラッとしたい気分の時があるらしく。でもすぐひょっこり帰ってきます、そうゆう人なんですよ。その時プレゼントをくれたりして…あははは」
「ふむ………人識が帰ってくると信じている。悪くない」
嘘つきました、ごめんなさい…。曲識さんに罪悪感が。
「恐らく、お前を泣かせる為だろう」
「へ?」
「人識はお前の泣き顔が見たいと言っていた」
首を傾げる。泣き顔。
「泣くんじゃねぇ!」と怒られた覚えがあるのに、泣き顔が見たい。そんなわけ。
「我慢強いから泣かないお前を泣かせたいと言っていた。妹も同じ。我慢強いのが人識は我慢ならないそうだ」
「……………」
自由になってもあたしは膝をついたまま。ぽかんとしてしまう。
「殺しかけても、お前は人識を追い掛けたそうだな」
「……あ」
人識くんがあたしを殺しかけた。出会い頭の衝突ではなく、なんでもないある日。ナイフをいじっていた最中。
うっかりと人識くんはあたしを殺しかけた。あたしは無意識に反応して首に刺さろうとしたナイフを掌で受け止めた。
その時、人識くんは謝って、アパートから出ていってしまった。
帰って来なかった。何時間経っても。気に病んでしまったのか気まずくて帰って来ないのかと思ってあたしは急いで迎えに行った。
すぐに見付けた人識くんはあたしを見て、心底驚いていたのを覚えてる。
「なんで、平気に笑ってやがんだよ」
そう人識くんは怒ったように言った。
「なんで俺なんか。放っておけばいいじゃねーか」
苛ついたように言った。
「お前もう少しで死んでたんだぞ。なんでお前は俺にそんな顔ができるんだよ」
そう言って彼があたしの頬に触れたのを覚えてる。
信じられなかったのかもしれない。
一般人なのに殺されかけた相手を、面倒みているあたしが理解できてなかった。
あたしはただ、人識くんが好きなだけだったんだ。
「お前が人識を変えたのだな」
「え」
「悪くない」
そう言った曲識さんの表情は優しげに見えた。そんなの。そんなの勘違いだと言うことも思うことさえできなかった。
流血で繋がった家族。ちゃんと、愛があるのか。下手なそこらへんの家庭よりも、確かなものがあるんだ。そう……思った。
「………あ、昨日の殺し屋はやっぱり…殺してませんよね?」
「僕が殺すのは少女だけだ。お前は…まぁ我慢してやろう」
「あ、ありがとうございます」
やっぱりあの殺し屋は生きている。だけど良かった。なんとか厄介な曲識さんは危険から除外できたよ…ほっ。
立ち上がり埃を払って鞄を肩にかけ直す。
「昨日と今日、助けてくださりありがとうございました」
「礼には及ばない。……が、これは殺さないのか?」
ペコッと頭を下げてお礼を言えば、思い出したように曲識さんはあたしの足元に気を失った男を指差した。
「えっあ……」
「昨日もトドメをささずに逃げ出したりして、危険極まりない。───ああ、お前も条件をつけて殺す殺人鬼なのか。ん?いや…しかし、普通の女子高生だと人識は言っていたはずだ。《零崎》と感じたのは確かだ。何故だろう───」
「そっ、それは今度お話させていただきます!今日は急いで帰らなきゃいけないので失礼します。曲識さん」
なにかややこしい方にいきそうだったのでペコリと頭を下げてそそくさと逃げ出す。その際に男を誤って踏みつけたが、気にせず路地を抜けた。
「…友恵さん」
「っ!?」
抜けたと同時に壁に寄りかかっていた萌太くんに声をかけられた。慌てて路地を見たが、そこに曲識さんの姿はない。
「も、萌太くん……」
萌太くんはずっとそこにいたらしく、黙ってあたしを見据えた目で見る。
─────迂闊だった。
また話を聞かれてしまったらしい。
「どこから聞いてた?」
「殺し屋の話からです。命を狙われているとまではわかっていましたが……殺し屋と《零崎》ですか」
人識くんを愛しているとかの話まで聞いていなくてよかった。一番よかったのは最初から最後まで聞いていなかったことだったが。
時間は戻せない。どうしたものか。
「友恵さん。僕がここまで知ってもなお、話してくれないつもりですか?」
萌太くんは問う。事情を。
もう命を狙っていることはわかっている。どんな経緯で、誰に狙われているかを聞いた。
全く、頑固な子だ。粘り強すぎる。ここはあたしが折れるしかないようだ。
「萌太くん。アパートから近い焼肉屋を知ってる?」
「え?」
「今日は姫ちゃんと崩子ちゃんと一緒に焼肉食べよう」
「友恵さ……?」
「二人が来る前に話すけど。二人には隠してね」
あたしはそう言ってから歩き出した。
あとから理解した萌太くんが追い掛けてあたしの隣に到着して「崩子は肉が食べれませんよ」と教えてくれた。
「ああ、そうだったね。じゃあ…ファミレスにしようか」とあたしは笑って見せる。
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