[携帯モード] [URL送信]

ソラゴトモノクロ
52 零崎再び


「…………」


とりあえずもう黙ろうか。煽るのはやめよう。戯言だったんだけどなぁ。意味ワカメ。
一般人が命を狙ってくるなんて、なんだか危険性が欠けている気がする。

昨日よりは幾千もましだ。

曲絃糸でちょいと脅かして消えてもらおうか。指で糸を貧相な男に向けて振るう。
服を切ってやったが、気付かない。
視認できないのも考えものだ。


「あの…ですねぇ。人を殺したら、殺されます。あなたにその覚悟はできるというのですか?」
「し、しるかっ!そんなもん!」


説得は無理っと。
ここは糸を回収。大振りナイフを出して無様に逃げ帰ってもらおう。
そうしようと鞄に手を入れれば「死ねぇえええっ!!」と腕を鋏を突き出して走ってきた。

その時。別の“何か”に身体が反応した。

次の瞬間、貧相な男は倒れた。

バイオリンの音。

凍り付く身体で恐る恐る振り返れば、いた。
音使い、零崎曲識。


「人を殺す殺されない覚悟、か。悪くない」


そう言いながら歩み寄る。
まずい。まずいまずいまずい。
あたしはじりじりと後退りをする。


「曲絃糸か、悪くない」
「……っ!」


楽器を奪おうと糸を操ったがバレバレのようだ。逃げなくては。


「何故逃げる?」

「!?」


身体が。動かない。
ぴくりとも動かない。


「まるで人識だ。礼儀がなっていない。『跪く』」


身体は自分の意思を無視して跪いた。──殺される!
身体の指揮権を取られた。身体は動かない。


「そういえばお前は昨日、人識を“愛している”と言っていたな」

「っ!?」


目の前にまで辿り着いた零崎曲識からそんな台詞が出てきた。そこまで聞いてたのか。は、恥ずかしい。死ぬ前に恥ずかしい!


「えっと、ああ、あれは…ですね。曲識さん。あの、えっと…人識くんはですね」


言い訳がぐるぐると頭の中で回る。あれやこれ。これやこれ。どれが最適なのか混乱中。


「───《友恵》」
「…にゃ?」


静かに呼ばれてきょとんとする。あれ?なんでこの人。あたしの名前を知っているのだろう。
いや。今のは呼んだんじゃなくて、口にしたという方が正しいのかもしれない。


「お前が人識の言っていた《友恵》か」
「へ?あっはい。友恵です。………人識くんがあたしのことを話したのですか?」
「勿論だ」


…勿論なんだ。え?なんで?何の話をしてたのだろう。


「この間、僕の店に来て義手を貰いに来た時にお前の話を聞いた」


義手。ならば人識くんは《妹》のために曲識さんの店に行った時のことだろう。
義手を欲しがる理由を聞いたらなんと人識くんは。

「恋人だ。実は俺、最近バイト活動を始めてよ」

曲識さん好みの嘘を吐いたらしい。
「友恵ちゃん…つか、俺の恋人の妹がな、事故で両腕を怪我しちまって、切断を余儀なくされたんだ。その妹もバンド仲間でな。音楽家にとって、両手を失うことがどれほど痛手か、あんたならわかるだろう?それで俺の恋人はよ…ショックのあまり声がでなくなっちまって。あいつの声は美声なんだ。俺はあいつの声なしでは生きていけない。だから声を取り戻してやりたいんだ。愛する友恵ちゃんのために!」
………嘘だ。嘘、嘘、嘘だ。

恐らく思い込みの激しい曲識さんは多少話を盛っているはず。
自分の名前が出たのは間違いない。……恋人って…。人識くんが恋人って…。あたしを恋人って…。うわっ。うわわわわっ。恥ず。照れる。嘘でも心臓がバクバク。


「人識は一生、誰のことも好きにならないのだとばかり思っていた。そんな人識を射止めたとは大したものだ、悪くない。人識を愛しているか。ふむ。悪くない」


は、恥ずかしい。人識くんは何故あたしを巻き込んで嘘をついたのだろう。
お兄さんがめっちゃ信じちゃってるよ。あたしまで嘘つかなきゃいけないじゃないか。うおおいっ!

あれれ?可笑しくないかい?義手を手に入れたってことはそのあと原作ではアメリカに行く予定のはず。
…………置いていかれた。
アメリカに行っちゃったのか。人識くん。君はあたしを忘れて《妹》さんといちゃいちゃらぶらぶですか。そうなんですか。
…………人識くんのバカヤロー!!!


「ん?ああ苦しいか。今自由にしてやろう」


違う。違いますよお兄さん。
泣きそうなんだとあたしは。人識が。人識がぁあ。


 


[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!