ソラゴトモノクロ
50 ダメ人間
階段下には、崩子ちゃんがいた。
萌太くんから聞いたのだろうか。
「おはよう、崩子ちゃん」
「おはようございます、猫のお姉さん」
白いワンピが眩しい。階段の一段目にちょこんと座った崩子ちゃんは麦わら帽子の下からあたしを見上げた。あたしは笑いかけてから姫ちゃんの部屋にいき、目的を果たして出てそのまま行こうとしたが。
「萌太が血のにおいとともに深夜を回った頃に戻ってきたのですが……なるほど、お姉さんの怪我を手当てしていたのですか」
Yシャツがないのでシャツ一枚のあたしの左腕を見て、崩子ちゃんは悟った。萌太くんは崩子ちゃんに何も話さなかったらしい。
「うん、そう。じゃああたしは、バイトがあるから」
「何があったのですか?お姉さん」
「…………………ちょっとね」
さっさと逃げようとしたら崩子ちゃんはつかさず、訊いてきた。少しいい返事を考えて短く返す。
「ちょっとってなんですか?友恵お姉さん」
「崩子ちゃん。大丈夫だから。大丈夫だよ」
「っ!……嘘です…そんなの。何があったのですか?お姉さん。そんな顔をしてるのにっ」
「鏡は嫌なの。自分の顔は嫌いなの。ああ……多分、人識くんが言ってた顔だろうね」
そのまま歩き去ろうとしたが崩子ちゃんは言いくるめられない。
振り返り笑いかけたが、崩子ちゃんの顔が歪む。
そんな顔と言われて、左手で目を隠す。
あたしはまた歩き出した。
「いってきます」
その一言を告げて、バイトへと向かう。崩子ちゃんの声は聞こえなかった。聞かなかっただけかもしれない。
「そんな顔をすんじゃねぇ!!」
怒る人識くんの声がする。
人識くんはあたしの“そんな顔”が大嫌いだと言っていた。
「諦めたように笑うな!!」
全力で怒った人識くんを思い出して、笑う。笑ってしまう。
どんな笑みなのかは、自分じゃあわからない。
笑って泣きたくなった。
人識くんの声を思い出して泣きたくなった。
泣きたくなった。
「ねぇ、人識くん」
「ん?」
「君は一番どんな嘘を多く吐いた?」
「嘘?そんなの覚えてらんねーよ、つーか嘘なんかついたことねぇよ。友恵ちゃんは?」
「大丈夫」
Yシャツを購入してレジの立った。今日は大人しい男の人と一緒だ。昨日のギャルと違いあまり会話をしていない。大いに助かる。
レジに立ちながら思考中。
客が来る度に気持ち悪いほどの営業スマイルを向けては、零崎曲識が来たときの対策を考えた。
音使いの対処法。音を聴けば身体の自由は奪われる。耳を塞いでも衝撃波がある。
最強じゃないか?音使い。
あれ…最強と言えばあの人は、哀川潤を……。
それに思い込みが激しい人間ではなかっただろうか。
それを上手く利用して言いくるめる。
……………子荻ちゃんに策の練り方を教わればよかった。
あの子とは頭の構造が根本的に違うからきっとちんぷんかんぷんだろう。
どうしたものだろう。
ほぼ《零崎》を名乗った《一般人》。彼はどう思うだろう。
零崎云々より少女だから殺されることが問題なのだ。
《零崎》を名乗った罪で殺されるのはもっと最悪な問題。
「……死にたくない…」
「えっ?」
さりげない独り言をあろうことか大人しい男の人に聞かれた。しかも反応までされる。
「あ……いや……えっと…ごめんなさい。今のは忘れてください」
にっこり笑顔で誤魔化せば「…はあ」と頷いた。
身長が高いわりには貧相な顔立ちだ。あれだな。ギャルにいじめられるタイプだ。
じめじめしてうざい空気君、という感じだろう。別に貶してないよ?あたしも多分変わらないだろう。
また二人で黙ってレジに立つ。
小さいコンビニなので二人で十分。オーナー達までウィルス感染で倒れたのは、傑作だ。
立ち読みをする客ぐらいしかいないので暇。
さーて、策を考えよう。
耳栓を買って、曲絃糸を利用して、大振りナイフで楽器を壊す。これでいい。シンプルがいい。
心の中でグッチョブ。
多分乱心なのだろう。
そんな上手くいくわけないだろうが。
「……おれは死にたいけれどな……」
いきなりのぼやきに「は?」と間抜けな声を出す。
ぼやいたのは隣にいる男の人。名前はえーっと。うにーわからない。
何言い出すのだこの男。
「生きてて楽しいの?意味ないじゃないかな…つまらないじゃないか……おれは、死にたいと思うよ…」
呟くような声で貧相な男は言う。悲愴を感じる。ドン引きだ。この言葉はこんなにも、こんなにも情けないものなのか。
これを言う人間は恥ずかしい。
今ならそう思えた。
「はぁ…あたしは意味を持っているので生きたいと思いますが…意味を持てばいい話ではないんですか?」
「そんな簡単なのかな。それは本当に意味があるの?」
「ありますよ。多分、生きていて一番価値がある理由ですから」
「ふーん、君は幸せなんだね。おれには到底無理だよ。生きるくらいなら殺されたいくらいだ」
……………。
なんか、ムカつく。
こいつ何言っちゃってんだろう。子荻ちゃんと玉藻ちゃんに聞かせてやりたいものだ。玉藻ちゃんにズタズタにされちまえ。
あたし達が壊れた人間ならばこいつはダメ人間だ。
殺してやりたい。殺してやりたい。
死ぬってことを思い知らせてやろうか。
「あなたが言うと幸せは価値がないように聞こえます」
「そんなことは…」
「あなたは本当に生きることについて考えたことはありますか?」
「生きる…」
「本当は自分が生きていないと思ったことないですか?死んでるんじゃないんです?」
「………っ!」
「殺されたい。ふぅん。代わってほしいものですね。今あたし命を狙われてますから。殺されてみます?」
にっこりと、あたしは、笑いかけた。無邪気なんて欠片もない。純粋なんて欠片もない。優しさだって欠片もない。
冷酷で冷たい氷の笑み。
あたしは、短気なんだ。
あたしの代わりに死ねばいい。
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