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ソラゴトモノクロ
49 壊れた人間

「ねぇ、人識くん」
「始まった、友恵ちゃんの唐突発言」
「にやつくと言いづらいよ」
「お構い無く。なんだ?」
「家族愛を教えてください」
「俺の兄貴に聞いてくれ」





一瞬に眠りかけた。
しかし萌太くんが手当てをしてくれている最中だ。痛みが意識を回復させる。
湿布を貼られた左手で髪を掻き上げて溜め息をつく。
自分で手当てができなかったからあたしは萌太くんに頼んだ。
萌太くんは事情を訊かずに黙って手当てをしてくれた。
眠くて眠くて仕方ない。

「眠っててもいいですよ。僕が看病します」
「…手当てをしたら帰るんじゃないの?」

あたしは冷たく返した。
萌太くんは微笑を崩さない。
この子。何を考えてるのだろうか。わからない。わかんない。
見上げても意味がないと思ったあたしは萌太くんからそっぽを向いた。


「友恵さん。僕はね、友恵さん」


暫くの沈黙のあとに萌太くんが口火を切る。昨日、いや一昨日言いかけた言葉だろうか。


「あなたはいー兄と似てると思います」


いーくん。戯言遣い。欠陥製品。


「崩子に訊いたそうですね、いー兄に似ているかどうか。僕は似てると思います。僕はね、友恵さん。自分を壊れた人間だと思うのです。いー兄は僕より壊れた人間だと思うんですよ。そしていー兄と友恵さんは同じくらい壊れた人間だと思っています」


壊れた……人間?
欠落、欠如、欠陥。
萌太くんがどうして自分を壊れた人間なんていうのだろうか。わからないな。


「壊れた人間は、否定はしない……でもね、萌太くん。あたしは君といーくんと違って、平和な世界で生きてたんだよ。いーくんほどにはそかまでひん曲がってなんかない」


あたしはまだ救われてる。至って普通の暮らしが出来ていた。
生きる世界が違いすぎたのに、比べられるわけない。
萌太くんは首を振った。


「それでも壊れ具合は同等です。でも…そうですね……笑えるだけ、まだましなのでしょうね」


萌太くんは薄く笑う。
いーくんは、笑えない。
あたしと萌太くんは笑える。


「……………あたしは本当に星が好きで見上げてる」
「…はい」
「見上げる時間の静かな空気が好き」
「…そうですか…」
「静かな空気の中で思いに耽るの。いろんな戯言をね。うん、その時のあたしは…壊れた人間に見えたの?」
「…はい。いー兄と似た目をしてました。僕はね…友恵さん。いー兄もそうですが、友恵さんには幸せになってほしいと思っています」


萌太くんが、そう言ったから顔を向けた。いーくんと似てるなんて別に嫌ではない。別に構わないのだ。
どうしていきなり幸せになってほしいなんて言うのだろうか。


「友恵さんは本当に無邪気に笑いますから。心の底から笑っていてほしいんですよ、友恵さん」


何を、言っているのだろうか。
あたしはわからなかった。


「いー兄のように、怪我ばかりして、傷付かないでほしいんです。友恵さん。もう壊れないでほしいんです」


心配する眼差し。穏やかで優しげな美声。
優しすぎる萌太くん。
しかしその優しさは決して自分自身に向けない。
壊れた人間。
萌太くんの壊れた部分。自分を愛せない。
怪我か。いーくんと比べれば可愛いものだというのに。傷付かないでくれ、か。
好きで傷付いてない。不可抗力だ。怪我なんて嫌いだ。痛いではないか。痛いのは嫌いだよ。
壊れたくて壊れてるのではない。


「──────…おやすみ。萌太くん」


あたしは左腕を目を置いて話すのを放棄した。強制的に止めさせる。


「─────…おやすみなさい、友恵さん」







人間らしい人間とはなんだと思う?
夢を持つことだと思う。
キラキラした夢を追うのが人間だと思う。戯言だけど。
目的のないと、生きてる心地はない。死んでいると思う。
今、自分は生きているだろうか?
あたしの今の目的は。人識くんのためだけだ。

「……んっ…ふぅ………ハァ……」

目を覚ました気分は最悪だった。
身体は痣になっているだろう。痛いや。
携帯電話で時間を確認した。身体を拭いてから、着替えて臨時バイトに行こう。
十分だけ布団の上で横たわった。
萌太くん…。顔を合わせづらい。

そんなの、零崎曲識と比べられないか。

起き上がると腹筋が痛む。呻きつつも準備した。
動きやすいズボンを履いて、大振りナイフを2つ鞄に詰め込む。あと無断で悪いが姫ちゃんの糸を借りよう。
髪をくくってからいーくんの部屋を出て、鍵を閉めて階段に向かう。


 


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あきゅろす。
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