[携帯モード] [URL送信]

ソラゴトモノクロ
48 一日目終了



「全くっ…!はぁ…はぁ…!全くっ!!…傑作すぎるってーの!」


アパートまで全力疾走だった。夜道を慣れた道をほぼ無意識に走っていく。
無意識。無為式。


「優秀変質者誘引体質?ハンッ!傑作だな畜生!!」


落ち着いていられず落ち着けないからこそ口にする。だめだ。緊急事態勃発だ。
こんなの。滅茶苦茶すぎる。滅茶苦茶だ。ぐちゃぐちゃだ。
バイトの為に着ていたYシャツを脱いで右腕に巻き付けて止血をする。足を止められないから出血は続く。
身体に走る痛みなんて混乱の前では麻痺して問題にはならない。
問題は、あいつらだ。

「やべーよ、やばいって。首吊高校なんて目じゃないっ」

額を押さえる。あの時は幸運続きだったが、今回は不幸続きだ。

最悪だ。最悪で最悪なのだ。

どうする?どうしなきゃいけない?先ずは何をするべきなんだ?
「うむんーっ、はぁ…はぁ…」走るには流石に嫌になって早歩きに変更する。追手はない。感じない。

迂闊だった。

《零崎》の前で《零崎》を名乗ってしまった。それがボルトキープだなんて。絶望だ。更なる絶望だ。
まだ《匂宮》分家の殺し屋がいい。
ボルトキープ。《少女趣味》。条件をつけて殺しをする殺人鬼。殺す条件を満たすのは、少女だけだ。
一応自分だって少女。殺される。殺されるっての。それは絶望すぎる。
いくら《零崎かもしれない》といっても殺人鬼は殺人鬼だ。怖い。怖い。怖い。

人識にだって殺されかけた。《零崎》はそれなりに知っているつもりだ。じゃれてただけで死にかけたことがある。
掌にナイフが突き刺さるだけで済んだが。零崎曲識は音使い。ナイフは防げても音は防げない。殺される。
《零崎》に殺される。
なるほど。忌み嫌われるわけだな。呟いて後ろを振り返る。誰もいない。誰もついてこない。
「なにか、考えなきゃ」考えろ。考えなくては。

殺し屋。あの劇場。零崎。
思い出すだけでも泣きたくなる。悔いが込み上がる。
臨時バイト先のギャルが死んだ。殺された。あたしは目撃者。殺し屋はあたしを探し出すだろう。

だが零崎曲識の登場であたしを零崎だと信じた可能性がある。もう手出ししないという淡い希望が存在していた。なら、大丈夫かもしれない。

問題は零崎曲識だ。《少女趣味》の《零崎》。《零崎》に《零崎》と名乗るなんて、まずすぎる。
携帯電話を開く。


「えーたん!やっほう!」
「……潤さん。よかった…」


潤さんに電話したら思いの外、早く電話に出てもらえた。元気すぎる潤さんの声にぶっ倒れたいと思った。


「なんだよ?疲れた声なんか出してよー。元気ですかー!?」
「ボロボロですよ。潤さん、暇ですか?助けてください」
「ん?無理。仕事中だ。どうした?」


だよな。仕事中だよね。無理だよな。わかりきっていたから即答はダメージにならない。

「ちょっと……トラブりまして」
「相当まずいトラブルか?一姫に任せろよ」
「姫ちゃん?ああ…あの曲絃糸なら《彼》に勝てる……いやいやいやいや。姫ちゃんをそんな危ない目に逢わせられない。殺しはさせられません」


相性の悪い同士の曲絃糸と音使い。なんとかなるかもしれないが姫ちゃんだって少女。何より殺しから切り離したのに彼女をかり出すなんてことはしたくない。
あたしは子荻ちゃんじゃないのだから。


「殺し?物騒な言葉だなぁえーたん」
「ご心配なく。約束は……死んでも守りましょう」
「……………えーたん」
「お手数かけました。自分でなんとかします。お仕事、無事終えたらまた会いましょう、潤さん」
「……おう。わかった。またな?えーたん。あたしが会いに行ってやるからドタキャンするなよ」
「はい、予定は空けておきます。大好きです、潤さん」


あたしも大好きだぜ。
その返事を聞いてあたしは電話を切った。やはり潤さんの助けは期待できない。
溜め息をついて、やっとついたアパートを見上げる。
一姫ちゃんにバレないように。いーくんの部屋で今夜は眠ろう。
慎重に音を立てないように階段を上がる。そこで扉が開かれる音がした。
上からだ。
焦る。あたしは階段を上がり、いーくんの部屋に向かう。


「友恵さん?」


萌太くんの声だった。
萌太くんでもこんな姿を見られてはだめだ。急いで。急いでいーくんの部屋の扉を空けて入る。
階段を降りる音。足音が聴こえた。
コンコンコン。
ドアが叩かれる。
「はい?誰ですか?」ドアに背を向けながら靴を脱ぎ、声をかける。


「萌太です。友恵さん」


ドア越しに萌太くんが答えた。


「ごめん。今着替え中。どうしたの?」
「…………血の匂いがしたので」


腕に巻き付けるYシャツを解こうとしたが止める。血のにおい。そんなもの。するわけないじゃないか。
右腕は血に染まって指先から伝って落ちる。血痕が落ちたのか。
アパートにつくまでそれを注意して歩いていたのに、息を整えるために突っ立っていたからアパートに落としてしまったのか。一姫ちゃんに気付かれないうちに消さなくては。


「怪我を、しているのですか?」
「……大丈夫だよ。萌太くん。お願いだから帰ってくれるかな?疲れて…へとへとなんだ。帰って」


疲れている。帰ってほしい。
なのに「いれてほしい」と萌太くんが言う。
「お願い、帰って」座り込んだままあたしはぼやく。聞こえなかったらしい。
萌太くんは鍵を閉めていないドアをノブを捻って開けた。

予想外の怪我だったらしく萌太くんは目を丸める。
すぐにしゃがみ、右腕に手を伸ばしたがあたしはその手を左手で掴んで止めた。


「お願いだから、帰って」
「事情を話したくないのなら聞きません。聞きませんから手当てをさせてください」
「…………………」
「手当てをしたら帰ります」


萌太くんは、いつもと同じ。
美少年の笑みで微笑んだ。




《最悪な一日目、終了》

[*前へ]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!