[携帯モード] [URL送信]

ソラゴトモノクロ
44 殺し屋


「女の悲鳴って最悪じゃね?耳障りだよなぁホラー映画のアレとか吐き気するよな。おえっ。ししししししししっ!このギャルと比べていい子だなーアンタ。いい子いい子。ししししししししっ!!」


悲鳴なんて上げられない。あたしはホラー映画の殺され役のように悲鳴をあげたことなんて、ジェットコースターで楽しみながら上げた時しか思い出せない。


「いい子……ですか。じゃあ見逃してもらいませんかね?あたし何も見てません」


鞄を手にもう一度後退りをした。

「んししししししししっ!それ無理!無理無理!面倒だから無理だってーの!目撃者は消すのが限る」

剣を肩にかけて少年は首を振った。
これはまずい。まずいまずい。
やはり軽口は通用しない。さらりと無視された。
どう逃げよう。時間を稼ぎながら考えろ。考えろ。考えろ。死んでたまるか。死にたくない。死ねない。


「あー、でも名前は聞いておくべきだよなぁ。だってさぁ、哀れじゃん?哀れなAさんの名前はなーにかな?おじょーちゃん」


にっこり、と彼はそう笑いかけた。少年から時間稼ぎをしてくれたのは幸い。
少年の言うAさんはギャルのことだ。


「Aさんでいいと思う。…んーとね……あたし今日初めて会って覚えたくもないので…名前は知らないの…」
「うっわあーおじょーちゃん、冷たい。ししししししししっ!しょーがねぇな、じゃあおじょーちゃんの名前だけでも」


かろうじで反応できた。座席を蹴って少年が向かってきた。早すぎて驚きで咄嗟に避ける。
宙が剣によって斬られる音がした。
あたしは座席を飛び越え、二列先の中に落ちた。


「ししししししししっ!!」


笑い声は止まらない。
痛い。なんて言ってられない。すぐに身体を起こして駆け出す。
ビュッビュウ、と追い掛けてくる気配がした。
振り向くようなばかはしない。真っ直ぐにあたしは出口に向かって走ったが、壁を越えて少年はあたしの前に立ち塞がった。


「ししししししししっ!!聞いてんよ。な・ま・えは?おじょーちゃん」
「っ……」


手首を回して剣を振り回す少年。

「……残念だけど」

また後退り。


「名前を名乗るのは好きじゃないんだよね」


頑張れ。気丈に振る舞え。大丈夫だ。震えるな。怯えるな。死ねない。死ねないんだ。死にたくない。
だから。だから。だから。殺されるな。諦めるな。


「ぶはっ!ししししししししっ!なにおじょーちゃん!?殺気なんて出して睨んで……ぷししししししししっ!!名前を名乗んない!?痛め付けて名乗らせてやるよ!!」


心底愉快そうに笑い声を上げた少年は向かってきてあたしに脚を振り上げた。左腕を盾にしたのだが吹き飛ばされる。
なんとか受け身で床に叩きつけられるのは防ぐ。腕は折れていないがじんじんする。


「っ!先ずは自分から名乗るのが礼儀じゃないのっ!?殺し屋!!」


痛みに耐えるため声を上げる。

「ししししししししっ!そりゃそーだ!名前ね!大事だよなぁ!冥土の土産に教えとかなきゃな!」

笑って少年はあたしの言う通りに名乗ることにした。
キレない辺り実力の差が一目瞭然で絶望に追い込まれてしまうがそれでも必死に生き残る術を考える。

こんなはずはなかった。
あたしはこんな危険に遭遇するなんて予定外すぎるのだ。


「…匂宮じゃないことを祈る…」

「しーしし?あれれおじょーちゃん、《匂宮》知ってんのぉ?奇遇だねーししししししっ!なら話は早いや。ししししししししっ、《匂宮》の分家の《竹河》で本家にも並ぶ実力を持つ《殺し屋》!!ししししししししっ!竹河両岸(たけかわりょうがん)!!!ししししししししっ!!あの世でちょー語ってーなっ!!」


呟いた矢先に少年は叫んで名乗りを上げた。
顔がひきつったがそんな休む暇は与えられない。名乗った直後に竹河両岸から攻撃がきた。

振り下ろされる刀を精一杯避ける。避けた。死に物狂いで避ける。
両岸が避けれるよう繰り出す攻撃を死に物狂いで避けた。
あたしを痛め付ける蹴りは喰い、峰打ちも腹に喰う。
峰打ちで飛ばされ、壁に叩き付けられた。


「ぐぅっ……はぁ………傑作だよな…」


攻撃が身体に効きすぎだ。痛みに意識を放そうとしてしまう。それはなんとか我慢して、顔を上げた。
スクリーンは、ヒロインと恋敵が話しているところだ。

匂宮出夢に会う前に分家に殺られるのか。傑作だ。

危険回避の為にいーくんの側にいたのに危険に巻き込まれて、危険回避の為に引き受けたバイトのせいで危険に陥った。
傑作だ。
是非とも笑ってくれ人識くん。


「おいおい、手加減したんだから記憶飛ばすなよー?おじょーちゃん。しししししっ!名前を教えてよー、答えないなら右腕落としちゃうよーん、ししししししししっ!」


目の前に立った両岸が肩に剣を置いて名前を再度聞いた。


「名前……?なま…え…か…」


初めて名乗るのは好きじゃないと言ったのは、人識くんだった。
欠陥製品と呼ばれたのもその時だ。
欠陥してるんだろうな。
この剣は簡単にあたしの肩を切断するだろうと他人事のように思った。死んだらどうなるとかは考えない。
ただ人識くんの反応を想像した。
泣くような人間ではないはず。メソメソできるような世界に生きていないのだからあたしが死んだくらいでは泣かないだろう。冷静かつ悲しい判断だ。
知ったところであっさりした言葉を返す程度だろう。あっさり深く考えることを嫌いいい加減な彼はあたしなんて忘れるだけだろう。
当たり前で当然なのが悲しいことだ。笑っちゃうくらい自分が取るに足らない存在だと改めて理解できた。


「あししー?走馬灯中?はやっ!!ちょっとおじょーちゃん、名前名前。まじで切っていいの?バラバラは趣味じゃないんだけど」


走馬灯。どれが走馬灯かはわからないが今徐々に記憶が遡っているところだ。
「あたしの名前はね…」姫ちゃんと初対面を思い出し潤さんと小唄さんとの買い物。それから潤さんの忠告。
「これからはあんま《零崎》って名乗らない方がいいぜ」
そう言われても、今名乗るしか機会はないだろう。
潤さんか。あの人に電話して助けてもらおうかと思ったが生憎あの人もいーくんと同じ所にいる。無理だ。
そもそも助けてくれるほどお人好しじゃない。自分でなんとかしろと言いそうだ。小唄さんだってきっと御愁傷様などと言って切ってしまうだろう。
零崎か。あたしが初めて零崎を名乗ったのは首吊高校だったな。


 


[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!