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ソラゴトモノクロ
43 映画館


「てかさー、まじでたるくね?」

何度目だよ。あたしは突っ込んだ、勿論心の中で。
化粧の濃いその女はコサージュの髪をいじりつつもあたしに愚痴ってきた。
本当ならば自分のシフトではなかった。人手が足りないから自分が出るはめになった。まじたるい。てか暇じゃね。自分がウィルスにかかりたかった。

あたしはかかって欲しかった。笑顔で愚痴を聞くふりして心の中で毒づく。
名前は忘れた彼女はべったりくっついて離れない。肉体がくっついているわけではないがあたしと同じレジの前に立っている。

潤さんの約束を破ろうかと思った。まじで。零崎になろうかと思った。
それでも耐えたあたしを褒めてほしいものだ。

名前はなんだっけ…。正直名前を覚えるのは苦手だ。どうでもいい人間の名前は特に覚えられない。芸能人の名前だって指で数えるほど覚えていないだろう。
覚える必要はない。彼女とは今日、一緒なだけだ。

明日は別の人で。明後日は萌太くんと一緒だ。

なんであの子はこのバイトをやろうと思い立ったのだろうか。
日払いなのはとてもいいが本業の方は大丈夫だろうか。心配しなくとも休みだからやるのだろう。うん。

「ねっ?いいでしょ」
「うん。いいよ」

適当に聞き流し頷いたが。うん?と瞬きした。何の話だっただろうか。と朧だが数秒前の彼女の台詞を思い出す。

「映画が観たいんだー。でもさ映画って一人でいくのって惨めじゃん。だからさ、付き合ってくんね?もっち、うちがおごっから」

そんな感じだった。あたしはうんうん、頷いていたが。そんな台詞だった。
あれ?あたし映画に行く約束をしてしまったのか?
二回目の後悔だった。
流されるがままあたしはバイトが終わった直後にギャルに連れられて映画館へ。

「ちょー空いてる映画館があるだよ。もう貸切状態てきな?」
「へぇ、京都にもあるんだね。田舎ならありがちそう」

もう下手を踏まないようにある程度話を聞く。どうやら話を聞くあたしを気に入ったらしくベラベラ話してくるようだ。
映画館について、ギャルが券を買いにいっている最中にあたしは姫ちゃんにメールをした。夕飯に間に合わないと。
今から映画を観る。
二時間かかると推測しそれからここからアパートまでの時間を数えると、帰れるのはざっと深夜を回ってしまう。
後悔三回目。

「はいよー、じゃあ入ろうか」
「ありがと。………ラブストーリーか」

ギャルがあたしに券を渡して劇場へと足を早めた。
手にするのは映画券とポップコーンと飲み物。
あたしは買わなかった。二時間スクリーンを観るだけだ。間食はいらない。

でもラブストーリーか。

気が重い。気が重い。
とてもとても。恋しくなるネタではないか。
溜め息を吐いて劇場に入る。

すっからかんだった。本当に貸切状態。
あたしとギャルはスクリーンをど真ん中から見える席にどっかりと座った。
スクリーンは予告を流している。その最中に、男らしい客があたし達の前へと座った。三列先。
男が一人で見るような映画なのだろうか。本当に空いてるなこの映画館。
あたしはそれしか思わなかった。
スクリーンにただ見つめることに専念した。
隣ではポップコーンを食べる音がするが気にしない。気にしないもん。何か言っているが相槌だけ打っておく。
ありがちなラブストーリー。
学園ものだ。

人識くんの学ラン姿見たかったな。と思うと《彼》は人識くんのその姿を見たことを思い出す。

嫉妬がもやあん。

映画のヒロインと意中の男と幼なじみの三角関係に、あたしは自分を重ねてしまい見てられなかった。
降参だ。あたしはスクリーンから目を逸らす。溜め息をつく。
そのあとに。


ブシュウウウウウウッ。


血飛沫が見えた。
前にいた男の体内から傷口から血が吹き出す。吹き出すことは傷口が出来たからで、傷口が出来たのならば、誰かが傷付けたことになる。


「────は?」


声を出したのはギャルだった。あたしと同じで現状が理解できないで目を丸めている。


「んぅ?ししししししししっ!あれっあれれっ!?ぶはっ!哀れな目撃者がいりゃあ!ししししししししっ!!すっからかんな映画館に人がいるなんて思いもしなかった!」


哄笑が響き渡る。スピーカーから出る台詞も掻き消した。
戦慄した。
身体中に駆け巡ったのは間違いなく《恐怖》だ。
現状を理解する必要はない。先ずやるべきことは死に物狂いで《そいつ》から逃げなくてはならない。身体が全身がそう警告した。


「ぎゃあああっ!!!」


三人の中で一番先に動いたのはギャルだった。血を浴びたスクリーン、その血の持ち主の男の前に剣を持つ少年と呼べる体格の男を見て、悲鳴を上げて逃げ出す。

「あん?」

一瞬だった。
彼女が席を抜けて階段を降りるより前に、少年は彼女の前に降り立ち、剣を振り下ろして斬った。


「うるせーよ。………ししししししししっ!!」


冷たく吐いたあとに愉快そうに笑った。笑う。
死んだ。名前は忘れたギャルは死んだ。
そんなことを気に病むほどあたしは彼女と仲良くなった覚えはない。お人好しでもない。自分の状況がヤバイって時に悔やめるか。
慎重に、後退りをする。
逃がすつもりはない少年はすぐにあたしを視界に入れた。
勘弁してくれ。
四度目の後悔。五度目の後悔。六度目の後悔。刹那の間で沢山後悔した。


 


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あきゅろす。
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