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ソラゴトモノクロ
41 曲絃糸と恋愛



「あのー……友恵さん」
「あい?」
「友恵さんも曲絃糸が使えるって本当ですか?潤さんに聞いたです」

いーくんにも手伝ってもらい、大量の服をしまい込むのが完了して、布団を敷いてさぁ寝ようって時に一姫ちゃんが訊いた。

「ああ…あれね。曲絃糸って呼んでいいかわからないよ?あたしが教わった人も三メートルしか使えなくって、あたしは見よう見まね程度、直接かけて林檎を切るぐらいしか」

できないよ、とあたしは枕のシワを伸ばす。
「それも潤さんから聞いたですう」と一姫ちゃん。
くいくいっと指を振りながら続けた。

「それで、ですねー。良ければ姫ちゃんが教えてさしあげようと思うのですが…どうですか?」
「へ?一姫ちゃんが……あたしに…曲絃糸を…?」
「ですですよー。潤さんに言われたんですよーもしも頼まれたら教えてやれって」

にぱっと一姫ちゃんは自分を指差す。あの潤さんが…?
な、なんのために…?一番そこが疑問だ。青ざめていれば一姫ちゃんは

「どうやら友恵さんを期待してるみたいですよー?師匠みたいに」
「……いーくんをどう期待しているかもわからないんだけど」
「さぁ、姫ちゃんにもわからないですよう。とりあえず武器は試しにやってみようですよ」

そう言ってポシェットを取り出した。
武器は試しに…?ものは試しに?かにゃ?

「拘束術なら喜んで教わりたいな。少なくとも身を守る程度を覚えなきゃ…」
「ではこの姫ちゃんが教えてあげましょう!ただし、タダでは教えません、友恵さんも何か教えてください。物々交換です!」

物々…?
なるほど、なるほど。
奪えるだけではなく与える、か。

「あたしが教えれることか………ないような…」
「潤さんはたくさんあると言ってましたけど」

ないと思うのだが。潤さんが言うならあるのかな。心当たりを探してみる。流石に《零崎》のことは話していないだろうから。
………………。

「一姫ちゃん」
「はい」
「恋したことある?」

きょとんと、一姫ちゃんは目を丸めた。子荻ちゃんと同じ反応だ。苦笑が洩れる。
「誰かを、好きになったことある?」と続けて聞いたが一姫ちゃんは答えれない様子だ。考え中だろうか。

「あたしは恋してる顔が可愛いから可愛がられてるみたいなもんなんだ、笑っちゃうよね。多分潤さんが言ったのはそれかと。まぁ、あたしが教えなくても一姫ちゃんは明日から学校でしょう?女の子達とたくさん話すだろうからわかるはずだよ。人を好きになること。異性を好きになること」
「恋愛………ですか」
「そう、恋愛。きゃあきゃあ、女子高生だから黄色い声を上げてうざったいかもしれないけど。それでも自分だって恋するから大目にみてやってね。恋ばななんて、経験したことないかもしれないけれど、羨ましいと思うはずだよ」

首吊高校の彼女達があたしの話に聞き入ったように。この子だって女の子なのだからきっとそうなのだろうと思う。

「あたしは恋の素晴らしさを教えよう。…なんて、実ってもいないのに大したことは教えれないけれど。これで曲絃糸と対等になるかな?」
「……。はい、大丈夫ですよ!では姫ちゃんは曲絃糸を教えます、友恵さんは恋愛を教えてください!」

不安で首を傾げたが、一姫ちゃんは笑顔で頷いた。あたしも笑顔で応える。
本当は。本当は興味ないのだろう。そう感じたがあたしは合わせた。







「なんで───ぼくなのかな?一姫ちゃん、友恵ちゃん」

立ち尽くすいーくんが訊く。というか立ち尽くす以外できない状況なのだ。

「え?だっていーくん以外にこんな役やれるわけないじゃん」
「大丈夫ですよ、師匠。切れる糸ではないのでバラバラのずたずたにはなりませんよう」

悪気もなくあたしは言い、一姫ちゃんは清々しい程の笑顔で言った。
今いーくんの身体には赤い糸が絡み付いている。糸と言っても一姫ちゃんがジグザグに使う糸とは違い触れるだけでは切れない拘束向きの糸だ。あたしがその糸を握っている程度でいーくんの肌は切れない。だがいーくん程度ではその糸から抜け出すことはできない。
毛糸みたいな太い糸でも千切れそうにない上、いーくんは身動き一つできなかった。

「ごめんね?いーくん。ちょっと付き合ってね」

あたしは怒らせないようにもう一度謝る。もう怒っているみたいだが、謝ろう。
一姫ちゃんに拘束の仕方を教わっていたがやはり人を相手に使って見た方がいいと言われたので、今この状況に至る。
一姫ちゃんに貰った黒い手袋から赤い糸は伸びてる。どの指が動くとどの糸が反応していーくんの身体がどうなるかを教えてもらう。

「試しに首絞めてみますか?」
「殺害する気なのかい、君達」

楽しく、それはもう楽しくあたしは曲絃糸を教わった。


そのお礼にしては不足な気がするがあたしは恋愛についてを話した。

「あたしは好きな人がいる。好きになる人は必ずしも理想とは限らない。自分を大切にしてくれるとも限らない」

やっぱりあたしは人識くんを好きになったことを話した。
優しいけれどやっぱりなんか冷たくていい加減でわけわからない、風みたいに捕まえきれない男だが好きだと言うことを話す。
一姫ちゃんは真っ直ぐあたしを見てその話をした。

「恋をしてると思ったらそれは幻だってこともある」
「その区別はどうつけるんです?えー姉」

いつの間にか、一姫ちゃんは《えー姉》と呼ぶようになった。多分、潤さんが《えーたん》と連呼してたからだろう。だからあたしも一姫ちゃんのことは姫ちゃんと呼ぶことにした。

「あたしは思うに……嫌いになれない人だと思う。本当に嫌いになれないから好きだと思うよ。あたしはね、姫ちゃん」
「はい」
「彼が人を殺したりむしゃくしゃするだけで喧嘩をすることをみたことあった」
「……………」
「ダメ男じゃないかって思うけどそうじゃないんだ。子荻ちゃんにはナンパ男なのかって言われたけど。意地悪でもね、人殺しでもね、あたし彼が好きなんだ」

ぽかーんとした姫ちゃんはそのままだ。一般人で殺しもしたことないあたしが殺人鬼を好きなんて傑作なのだろう。

「好きになる気持ちはどうしようもできないんだ。逆に嫌いにもなれない。心がね、好きだって揺れるなら、どうにもできないんだよ」

本当の恋だと自信持って言おう。本気の好きだとはっきり告げよう。
その時、初めて、姫ちゃんはこう言ってくれた。


「恋、してみたいです」


女の子らしく無垢な笑顔で優しげにそう言ってくれた。
好きな人ができたら姫ちゃんをサポートしてくださいね、とそう言ってくれたからあたしは精一杯笑って頷いた。


 


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あきゅろす。
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