ソラゴトモノクロ
40 人格
「友恵ちゃん、なんで人間が死ぬと思う?」
「は……?」
「…そんな顔をされると人識くん傷付くんだけどな」
「あ、ごめん。人間が死ぬのは何故か?生きてるからじゃないの。死んでたら死ねない」
「ふぅん…友恵ちゃんはそう思うんだ、へー。じゃあゾンビはどうよ」
「歩く死者を出すなんてずるいよ」
「じゃあさ、友恵ちゃんは生きてる?」
「はい?」
「俺は生きてるか?」
「生きてると思わなきゃ、死んでるよ」
「…だな。じゃあさ、友恵ちゃん。生きたくなくなって死のうとしたことはあるか?自殺だ。あと数年生きるなんてばからしくって死のうとしたことは?」
「あるよ。未遂で終わった。のうのうと生きちゃってるよ」
「生きててありがとう」
「……ありがとう…」
戯言であり傑作である会話。
零崎人識くんはあたしに初めての言葉を言う。淀みなく躊躇いもなく真っ直ぐ。
そんな、彼が大好きだ。
「ずるいです。ずるいです、友恵お姉さん。萌太だけずるいです」
「……ごめんなさい」
萌太くんと遊びに行って帰ってきたら崩子ちゃんが待ち構えていた。正座をさせられ、お叱りを受けている最中だ。
「黙っていたことに悪意が込められてて許せないです。どうして友恵姉は萌太と二人きりで遊びに行ってしまったのですか?私はどうでもいいのですか?」
「崩子、そんなわがままを言って困らせては…」
「萌太は黙っていてください。あなたこそわがままを言って友恵姉と遊びに行ったのでしょう?お姉さんが断れないからって貢がせたのでしょう」
「いや、崩子ちゃん。違うんだよ?あたしはただドタキャンのお詫びとして」
「友恵お姉さんは萌太の肩を持つのですか。二人して私を除け者にするのですか、そうですか?」
「…………」
「…………」
崩子ちゃんの言葉がのし掛かり頭が上がらない。萌太くんも止められないらしく、隣で黙ってしまった。
もう少し崩子ちゃんの小言を聞く羽目となった。
「ではこの一週間、私に付き合うことを約束してくれますか?友恵姉さん」
「うん、約束する。指切り」
埋め合わせに崩子ちゃんとその約束をした。好かれると本当に可愛いな。自慢な妹だね萌太くん。愛くるしいや。
ぼんやり一緒に夕飯を食べているときにふと、思った。
「人識くんは嫉妬してくれるだろうか」
夜空を見上げ、呟いてみる。
人識くんが嫉妬。嫉妬…ねぇ?
萌太くんと二人で遊びに行った程度で嫉妬するだろうか。
想像してみる。
「あっそ」
と興味零の反応をする人識くんがぽんっと出てきた。
「………妬かねぇな、うん」
溜め息がつきたくなる。ていうか悲しくなるよ。
人識くんか。
嗚呼、問い詰めたい。あたしのこと好きなの!?…なんつって。
「……………人識………」
ぽつりと、名前を呼んでみる。
返事は静寂。
暫くその静寂に浸った。
どこも見ていない瞳に、彼女達の死体が浮かぶ。
感じるのは。感じるのは。感じるのは分かんない。
わからない。
欠陥。
わかるのは、自己嫌悪と重なる罪悪感。
壊れて、修復、不可能。
「………………萌太くん?」
気付いたら、萌太くんがあたしを見上げていた。黙って、見つめるようにあたしを見上げている。
呼び掛けても、暫く黙ったままだった。
やがて、萌太くんはにっこり笑って自分の部屋に入っていく。
煙草、吸ったのかな。気付かなかった。気付かず独り言をぼやいていたのか。恥ずかしい。
なんて戯言を思いつつも、萌太くんが今あたしを見上げて思ったことを考えた。
自分の顔は嫌いだ。表情が嫌いだ。鏡を見ていられない。
客観的にあたしを見る。
醜い。それしかわからない。
自分は大嫌い。自分は愛せない。それでもやはり自殺はできないチキンなのだから、自分が可愛いのだろう。
「─────……傑作だよな…──」
自分が嫌いでありながら自分を生かす。傑作だ。戯言だ。
会って二日目に人識と互いの人格は何なのかを挙げてみた。
臆病、短気、優しい、不器用。だとあたしは言われた。
会って二日目でこんなにも人間と話したのは記憶にない。
一線を引く。否、相手に踏み込まず口を閉じるという人格が出来上がっていたのは多分物事を考えるようになってからだろう。
臆病になったトラウマが“あたし”を作り上げた。
踏み込まない程度に突き飛ばさない程度に、それなりに愛想がいい、いい子の仮面はその頃から被っていたかもしれない。
紫木一姫ちゃんを改めて見た印象はそう、きっとあたしがあの学園に入学していればこんな子になっていただろうということだった。
「目を合わせるのは初めてだね。あたしは友恵。よろしく、一姫ちゃん」
「あっはい!よろしくです!」
あたしに合わせて笑顔で挨拶を返す一姫ちゃん。
嫌な違和感を持った。
空虚を感じる。互いが愛想笑いで無理した感じだった。
元々、人見知り激しいんだよあたし。とか言い訳してみる。
正直、子荻ちゃん達のことを引きずっているのかもしれない。
一姫ちゃんは、人格がない。故に作り物の人格で対人する。
いつだったか───…人識くんにこれ以上ないくらいの衝撃的な一言を言われた。
「友恵ちゃん。アンタ、人によって人格作るんだな」
直球で言われたその言葉にただただ絶句した。
そんなつもりはなかった。無意識だったのだ。誰だってやってるだろう。愛想笑い。
[次へ#]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!