ソラゴトモノクロ
122 大事だから居てください
「何が怖いんですか?友恵さん」
萌太くんは手を差し出したまま問う。
「…………傷が怖い。トラウマが怖い。君達に会わなければよかったと思うのが怖い」
「それは──何です?」
「君達の死だ」
君達の死が怖い。
この世界で人間の死を幾度も何人も見たが。
きっと、君達の死は、大きな傷をつける。
大事だから。
きっと、その時は崩れ落ちる。
大事だから。
今度こそ、誰からも距離を置いてしまう。
もう二度とあたたかい場所に入らないように避けて逃げ続ける。
「僕達が、大事だからですか」
萌太くんは微笑んだ。愛しそうに優しげに微笑みかける。
「友恵さんは予言しましたね、僕は死ぬと。死にませんよ、友恵さん。僕が死んだらあなたが壊れてしまうのならば、僕は意地でも無様でも生きましょう」
あの日言った言葉を覚えていたのか。予言よりも確かな《未来》。それでも断言してくれる優しさにすがり付きたい。
壊れてほしくないから。
自分の死で壊れるくらいなら足掻いても生きる。
「……好きだから?」
「好きだから」
「……大事だから?」
「大事だから」
「愛してるから?」
「愛してるから、です」
「……あたしに縛られてもいいの?」
「いいです。僕はそれを望みます」
好意を利用。いーくんが理澄ちゃんに言ったこと。
それを望むと萌太くんが頷く。これが愛され肌の効果だっていうの?友ちゃん。
まっしぐらな想いにあたしは怯えてしまう。
怯えつつも、あたしはその手を握り締めた。人のぬくもり。凍えるから求める。ギュウッと握り締めた。
「死なないと、約束してね」
「神に逆らってでも生きると約束しましょう」
あたしはまた萌太くんに甘えた。好意に甘えた。愛情に甘えた。
「すっきりしました。友恵さんが異世界から舞い降りた天使だったんですね」
「侮辱だよ、萌太くん。普通に異世界から来た住人と言って」
アパートに帰ろうと道を歩いても手は繋いでいた。どちらも離すことはせずにごく自然に手を繋いでいる。
「他言しないでね」
「二人だけの秘密ですか?」
「いや、いーくんと人識くんが知ってる」
そう言えば楽しげだった萌太くんは「えー」と気だるそうに漏らす。
「ん、そうか。零崎人識があなたを連れてきたんでしたっけ。……んー、会ってみたいですね」
「え?どうして?」
萌太くんがそんなことを言うなんて驚きだ。人識くんに会いたいってなんでまた?
「友恵さんの愛する人ですから、興味があります。どうなんでしょう、僕は敵対視したりするんでしょうか?」
ふふっと萌太くんは笑いを漏らしてはあたしに問うが答えを必要としているわけではないらしい。
「恋っていいですね」と笑った。
好意を向ける相手の好きな人を、敵対視するかどうか。
あたしの場合、敵対視はしなかった。と思う。嫉妬もしたし八つ当たりもしたが、敗北は認めていて勝とうと思っていもなかったりする。
人識くんを拒否し続けることは激しくムカつくが、友達として好きだと思う。
友ちゃんの言う同一人物を愛した女友達、みたいになりたいなとか思ったりした。
でもあの夜での激戦の幕引きからしてきっと、無理なんだろう。
切り替えて木賀峰のバイトについて策を考えようと思っていた矢先だった。
炎天下の夏空の下。真っ黒の長い髪に真っ黒のマントの少女は待ち構えているようにアパートの前に立っていた。
眼鏡をかけている。その様子からして、勘だが多分──理澄ちゃんだろう。
出夢くんなら、このアパートを貫いてでも登場するだろうからとの予測だったりする。
多分。殺しに来たわけではないはず。
用心に越したことはない。十全ではないがナイフをズボンの背中に忍ばせてあたしは向かった。
「理澄ちゃん」
あたしは呼ぶ。ちょっとだけ緊張を含んだ口調で疑問形の口調で呼べば、少女はばっと顔を上げて、ぱっとあたしを視界に捉えるなり眼を輝かせた。
「お姉さん大好き!!」
第一声はそれで決定しまっているのか?お決まりになった友ちゃんよりは衝撃の強いボディアタックを喰う。
いくら出夢くんのロケットスタートよりも威力は弱いとはいえ、一応病み上がりなのだ。傷が開きそう。
「うにゃ、どうしたの?こんなところで」
とりあえず訊くことにした。まさか出夢くんがチクったわけじゃあないだろう。いくらなんでも《零崎》の元に送ったりしないだろ。
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