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ソラゴトモノクロ
120 利用


「うきゃあ!?」


気付いたら萌太くんの顔が間近にあってそれが近すぎてあたしは悲鳴を上げて離れた。


「友恵さん……かなりまずい状況に陥っているんですか?そんな素振りはまるきり感じなかったんですが、まぁ恋は盲目と言いますからそのせいですね。今度こそは力になりますので、お話しください」


萌太くんは少し心を痛んだような表情をしてからほんわかと穏やかに微笑んで手を差し伸べた。


「………恋は盲目…。大丈夫、君は盲目になってなんかないよ」
「友恵さん。まさかと思いますが、僕があなたを好きだってことを信じてないんですか?信じられないという顔ですね。…仕方ありません、信じてもらえるように身体でしめ」
「すなーっ!!」


落ち込んだように眼を伏せたかと思えば清々しい笑顔で萌太くんはあたしの肩に手を置いて顔を近付けた。あたしは全力で止める。


「今のはね!まじでまずい状況に陥っていないって意味!先月みたいな事件はないないっ!」


狙われてるかもしれない。どうだろうか。出夢くんの出方次第。どうあれ、絶対に萌太くんを巻き込むことは避けてやるが。
心情がバレバレなのか萌太くんは「嘘をつかないでください」と大袈裟に首を振るう。


「大丈夫ですよ、友恵さん。僕はあなたと主従契約を結びたいし早々死ぬ気なんてありませんよ」


本当に主従契約の約束をする気だ。十月まで生きていたら主人になるとの約束。

十月。石凪萌太くん──君は。
ズキン。胸に痛み。
十月じゃない。もっと早い時期──八月にも…──。
ズキン。

「えーちゃん。消えるには、この世界に居すぎたんだよ」

友ちゃんの台詞を思い出す。留まるべきではない、来るべきではなかったんだ。

あたしは。本当に。大事なものを守れるんだろうか。

あたしが足掻いたって、《物語そのものが元のあるべき正常な姿に戻ろうとする》んではないのか。あたしの存在が誤植。誤植の存在が産み出した物語の誤植。あたしはただ、誤植というなの傷を負うだけではないのか!?


「友恵さん!」


無理矢理、意識を戻された。萌太くんがあたしの頬を両手で押さえつけ呼んだ。
今までにないくらいの現実に、不安に、恐怖に、駈られて危うく崩れ落ちるところだった。萌太くんの作業着を掴み、なんとか踏みとどまる。


「今のは違う…」
「え?」
「今のは違う……怪我とは違う」


握り締めてあたしは顔を伏せながら言う。萌太くんが無理矢理顔を見ようとするから、表情を見ようとするから伏せる。

きっと情けない表情だ。


「腕の怪我は…恋敵との些細な取っ組み合いで出来たもの。それより……君に話してもいいかな?」


好意を利用しちゃえば?向けてくれる好意はえーちゃんのものなんだから利用しちゃいなよ。


「萌太くん。君の好意を利用してもいいかな?今、ちょっと…崩れそう…。のし掛かっても、いいかな?萌太くん。話を聞くだけでいいよ、きっと聞いたら馬鹿らしくてあたしへの気持ちは冷める。あたしの魂が周りとは別な理由を話しても……いいかな?」


いいかな?君の好きだという気持ちを利用しても。
そんなの。そんなの。駄目に決まってるじゃないか。

駄目だって思ってるのに、萌太くんにすがりついてしまう。優しさに、すがりついてしまう。利用。嫌な言葉だ。最悪な言葉だ。恋の素晴らしさを語るあたしがなんて最低なことをほざいている。最悪だ最低だと思っていても萌太くんから離れられない程に、一人で勝手に落ち込んでしまった。

一抹の不安が爆発して瓦礫の下に生き埋めになった気分。


「あなたのことならば、全てを聞きます。友恵さんへの気持ちは、世界が凍りついたって冷めたりはしません」


抱き締められた。優しげな蝋燭の炎のようにゆらりあたたかい言葉をかけながら、萌太くんはあたしを甘やかす。

甘やかされたらもっとあたしは甘えてしまう。
人識くんならきっと「ぐだぐだ言ってねーで早く言えよ!聞いてやるから!」とかなんとか怒りつつも泣かないようにあれこれ慌てるんだろうな。

そんな彼は──居なくて。


あたしはきっと、萌太くんを代理品にしようとしている。それでもいいの?萌太くん。


 


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