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ソラゴトモノクロ
100 《零崎人識》


「《零崎恋識》はあくまで身を守るための名前。信じてもらえなければお兄ちゃんが来るまでソレで対応。正直、そっち側の世界とは関わりはあんまりないの。敵じゃないって信じてくれたかな?」


出夢くんは冷たくあたしを見据える。あたしも強がって構えた。

「敵じゃない───ねぇ。ぎゃははっ!心配しなくても敵視なんてしてねーよ!殺気が皆無だった仔猫ちゃんが僕らを殺す気だったなんてぜーんぜん思ってないぜ!ぎゃははっ!」

「………………じゃあ、あたしを喰うって言ったのはなに?」

「ん?そんなこと言ったっけ?ぎゃははっ!」

急に冷めた視線を送るのをやめて出夢くんは笑う。
笑ってばっかしだ。人識くん以上に笑う。


「もう《お兄ちゃん》を探してる理由はわかったろ?なーんで、また僕んところに来たんだよ。仔猫ちゃん。僕に惚れちゃった?ぎゃははっ!やっべ!それもいいかもな!」
「…出夢くんに話したいことがあるから。てか、元はそれが目的で君に近付いたんだ」
「僕のファン?ぎゃはははははははっ!」


出夢くんは余裕に茶化して椅子に倒れるように腰を下ろした。どうやら話を聞いてくれるらしい。
ふぅ。遠回しに。遠回しに話を持っていこう。


「その前に。いいかな?竹河兄弟は今どうしてる?よく《零崎》と衝突したことが君の耳に届いたね」
「それは妹が調べたんだよ。丁度《匂宮》の分家である《早蕨》が《零崎人識》達と衝突してんのを調べてる頃に、同じく分家の《竹河》が京都で仕事直後に音沙汰がねえってわかったから調べたら《零崎》とぶつかってたってわけだ!今はまだ数人しか知らないトップシークレットだが…その内《竹河兄弟》は《零崎恋識》に殺されたって噂が流れるだろうよ」


聞き間違いか?今。あたしに殺されたって言ったか?


「アンタに殺されたってことにして殺し屋をやめるんだとよ。僕に平謝りしやがったぜ、ぎゃははっ!」
「えっ…!?あの二人、殺し屋を辞めるの!?」


思わず身を乗り出した。


「ん?…………嬉しそうな顔じゃあねーか…」
「だっ、だって………」


それはいいニュースだ。あたしに殺されたなんてことにするのは癪だが、辞めてくれるならそれでいい。嬉しい。
よかった。安堵が広がる。

「……………」

気付けば出夢くんは理解しがたい表情をしていた。

「な、なに?」と訊いてみる。「仔猫ちゃん、あいつらとどんな関係?」と問われた。


「どんな関係って……ちょっと喧嘩した仲だよ」
「…ふぅーうぅうん。手を出すな、と言ってやがったからもっとイチャイチャとべちゃべちゃとした仲かと思った」
「やめてくれ、切り刻んだ仲ではあるが仲良しではない」


どんな勘違いだ。勘違いにもほどがあるぞ、出夢くん。


「《零崎》と衝突したことがバレたら死亡決定だから隠遁しても可笑しくないが──なんでアンタが喜ぶんだ?」
「あたしが唆したからだよ。辞めろって。悪い?」


ツンッとした口調で言ったら出夢くんが眼を見開いた。

ちょっとした沈黙。
それから割れんばかりの大笑いが部屋に木霊した。


「ぎゃはっ!ぎゃははっ!ぎゃはははははははっ!!唆した!?ぎゃはははははははっ!ぎゃはははははははっ!腹っ、痛い、ぎゃはははははははっ!」


腹が捩れるほど笑うとはこのこと。暴れまわって出夢くんは愉快そうに笑う。


「……そんなに傑作なのかな」


そこまで笑うほど殺し屋を辞めろと唆すのは傑作なのだろうか。
呟いた途端に、ピタリと笑い声が止まった。

「…………………」
「…………………」

いきなり静寂に包まれる部屋。

ズキッとした。
反応したんだ。零崎人識に反応した。
改めて、恋敵だということを思い出して、心が反応する。


「零崎人識…」


出夢くんは彼の名前を口にした。


「いいお兄ちゃんなのかい?」


穏やかな声音であたしに訊いた。

驚いた。なんだろう。
こんな顔をするのか、彼は。
過保護な兄の表情だ。《妹》がいい、効果を出したらしい。


「──うん。すごく過保護なお兄ちゃんなの。出夢くんみたいに、妹を想ってくれるんだ。優しいんだよ」


あたしはまた安堵に満ちた溜め息を溢して、答えた。


どんな風に可愛がるのかを訊かれたので、調子に乗って実話を引っ張り込んで話す。


例えばバイト先の同僚に誘われ断りきれずにいたら代わりに断ってくれたり、片頭痛の時はおぶってくれたり看病してくれたり、落ち込んでいれば怒ってくれたり、ガミガミ煩くてもなんだかんだで世話してくれたことを話した。


逆に出夢くんの妹愛についても聞けた。友達がいないこと。
出夢くんはニヤニヤして聞いていた。時折、懐かしそうな微笑を浮かべる。


嗚呼、そっか。───両想いなんだ。


 


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あきゅろす。
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