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楽しむ黒猫
159 キス



どうせなら時間が許す限り、椿を抱き締めていたかったが、それ以上密着していたら堪え切れず余計なことを口走るかもしれない。


まだ、手を繋ぐこの距離でいなくては。そう理性が言う。


「よし、じゃあ帰ろっか!」

「え?」


椿はあっさり立ち上がり、手は離れてしまった。


「…あの、やはりアオイさん達と遊びに行きませんか?」

「えー?もう断ったし…恭弥不機嫌だったから帰ってあげなきゃ。ケーキ買いにいきましょっか?」


クルッと片足を軸に華麗に回って笑顔で提案した。

恭弥。その名前を口にした途端、骸は不機嫌に眉間にシワを寄せる。
何故呼び捨てなのだ。


アオイより雲雀を取るのか。


恭弥と言う名前が好きだとか、雲雀がタイプだとか。
そんな椿の発言を思い出してますます不機嫌になる。

椿は雲雀に甘すぎる。


「むーくろ君っ?」


弾んだ声で骸を待つ椿が首を傾げた。


「骸君が好きならばケーキ二つ買ってあげるよ?」


ニッと笑いピースをしてから唇に人差し指を当てる。

そうだ、今日は優しくしてくれるはずだ。

骸は腰をあげて歩み寄った。


「ケーキはいいので…椿さん。我儘なお願いをきいてくれませんか?」


目の前で立ち止まり、熱く見つめながら言ってみる。


「なぁに?」


無邪気な笑顔で首を傾げる椿は間違いなく上機嫌。

可愛らしすぎてつい、頭を撫でた。


キス、させてもらえませんか?


そう瞳の奥を覗き込んで言えば、太陽の下で明るく見える栗色の瞳が見開いた。


「え、と…?キス、ですか?」

「はい、キスです」


流石にこの前のようには条件がないとすんなり頷いてくれないようだ。

困ったように考える。
飢えてる、なんてまた言われなかったのが幸い。


「だめ……ですか…?」


眉毛を下げてちょっと悲しげにじっと見つめれば椿は慌てて首を振る。


「あ、ううん!いいよ!」


勢いで言ってしまった。
椿は平然を装ってキスを了承する。

内心では心臓が張り裂けそうなほど暴れていた。
骸とのこの前のキスを思い出して、どぎまぎしている。

思わず気持ちよくて受け入れてしまった骸のキスを、また受けるとは。

こっちが有難い。
骸に利益があるかは知らないが。


「はい、どうぞ」


骸の目の前で目を閉じた。

しん、とするこの無防備な時間がハラハラする。


肩に骸の左手が置かれ、もう片方が顎にそえられた。

上げられて驚き目を開けばもう骸の顔は間近にあった。

細めたオッドアイが妖艶に煌めく。唇が近付いてくる。

骸の匂い。あの唇があともう少し。

あともう少し。


 


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あきゅろす。
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