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【二次創作】零崎漆識の人間歓待
覚醒−前編−
 鉄を打つ。鉄を鍛つ。熱とはきっと終焉と再生の神だ。全てを生まれ変わらせる至上の存在だ。
熱して溶かして、終わらせる。型にはめて打ち直し、黄泉返らせる。
 そんな存在に触れられる自分は、きっと特別なのだろう。
そんな存在と会話を許される自分は、なんと幸せなのだろう。
きっと、幸せなのだろう。
一体、幸せなのだろうか……?
 無心で鉄を鍛っていた作務衣姿の罪口白墨は、ふう、と息を吐いて鎚を置いた。
雑音が混じった。こんな心持ちのままではどうせ禄な物は出来ないだろう。せいぜいが鎧を断つ程度で欠ける刀なら、打たない方がまだマシという物だ。
 近頃はどうも心が落ち着かない。雑音が走り、良い得物が打てない。物心付く前から続けてきた事なのに、武器を作れなければ罪口に居場所は無いのに。そうなったら『終わり』だと悟っているのに―――それを全く『終わり』と感じられない自分が居る。武器作り以外に出来ることなど無いのに、それでも『終わり』とは程遠い、と感じてしまう。
 まるで、もっと絶望的な絶望を知って居る様な。
まるで、もっと行き詰まった終焉を知って居る様な。そんな感覚が拭えない。

「全く……何と言ったら良いんでしょうね、この感覚は。」

 独り言ちて、自分が以前打った短刀を拾い上げる。
瞬間、脳裏を掠める場面。自分がその短刀で人を刺している所を夢想する。撫で斬り、突き刺し、引き抜いて薙ぎ、掻き切る。手に感触が残るほどのリアルさで、その惨状を幻想する。
「ぐっ……!」
 慌てて短刀を置く。未だ手に纏わりつく血脂の幻覚に、口の端が上がっている事を自覚する。その事を当たり前の様に感じている自分を自覚して、白墨は愕然とした。
最近の自分はおかしい。何時如何なる時も、殺人を夢想している。特に武器を打っている時はそうだ。その武器に殺意を押し込めようとするかの様に、人を殺す幻想があふれ出て止まらなくなる。

「よう、白墨。どした? 具合でも悪いのか?」

 蹲っていると、不意に声を掛けられた。
睨み付ける様な目つきと、腰まで届く三つ編み。腕組みをしながら見下ろして来る、少年とも少女ともつかない友人に、白墨は苦笑してみせる。
「何でも無いですよ、除煤。それよりどうしたんです? 今日はまだ、打てていないんですが」
 彼女の名は、薄野除煤という。最も公権力に近い性格を持つ殺人集団、薄野武隊の見習いであり、未だ固有武装を持たないプロのプレイヤーとして、武器の試し振りのため罪口に招かれている。
髄破逐流とかいう流派を修めている彼女は、何故か白墨の打つ武器をいたく気に入り、頻繁に彼の元を訪れている―――彼にとっては唯一の、友人だった。

「や、ちょっと挨拶にな。暫く来れなくなりそうなんで。」

 それこそ何でも無い事の様に放たれた言葉に、白墨は目を剥いた。
「……え?」
「何かいきなり、武隊から帰って来いって指令が出てさ。全く勝手だよな。ま、オレとしちゃオマエって友人が出来たから、まあ良いかって感じだけど。」
 歯を見せて笑う友が遠い。その言葉が、意味を成さない。
「え、ちょっと、待っ……」
「あん? 何だよそんな顔して。もう二度と会えねぇってワケでも有るまいしよ。まあ、今よか会いづらくはなるかも知れねえけど……次会う時はお互い一人前、とかどうよ?」
 違う。違う。そんな言葉を聞きたい訳じゃない。
俺は。
俺は、君と会えているから、殺人を我慢出来ているのに。
「……んだよ、やめろよな、今生の別れみたいじゃんよ。」
 待ってくれ。
「そんじゃあ、もう行くわ。慌しくて悪いな。」
 置いて行かないで。
「また会おうぜ、白墨。今度は外で、な。」
 俺は、外なんて、知らない。

 バタン、と音をたてて扉が閉まる。
白墨は、今度こそ『終わり』が来た様な感覚と共に、工房の床に座り込んでいた。

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あきゅろす。
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